第七話 白銀の少女と黒衣の男
誰もいない森の中で、一人生きる少女。
彼女は、優しさを忘れず、そして自ら手を差し伸べることをやめなかった。
日中の日差しもいくばくか和らぎ、カラッとした心地よい風が吹き抜ける季節になった。
莉愛が毎日付けている正の字のカウントも徐々に増えつつある。
「今日でちょうど十八個。だいたい三カ月ってところかしら。」
この家の主が未だ現れてはいない。
莉愛は家主が戻るまでこの家を守るべく、この日も朝からせっせと働いていた。
畑に蒔かれた水が、朝日を浴びて実る野菜たちを煌めかせる。
「このキュウリもどきも立派に育ったわね。朝はサラダでも作ろうかしら。」
井戸から汲んだ水を畑に蒔き終えた後、莉愛は野菜を収穫し、キッチンに向かった。
「いただきます!」
手を合わせ、採れたてのサラダとサンドイッチを頬張っていく。
「ん~!!!!美味しい!!」
沢山の陽を浴びた家庭菜園の野菜はどれも瑞々しく、老人の作った野菜を思い起こさせる。
......お爺ちゃん元気かな。
窓の向こうの景色へ目を向けると、窓際に飾った一輪の花が日光浴をしていた。
「......さてと。今日もお仕事頑張りますか!」
家中の窓を開け、埃を落とし、床と窓を拭いていく。
家の中に清涼な空気が流れ込んできた。
「次はお洗濯!」
借りている服を洗濯するために裏庭に移動し、盥に井戸の水を入れ服を洗っていく。
二階の洋室にある洋服箪笥には、莉愛の背丈にちょうどいいサイズのワンピース等が納められており、莉愛はその数着を借りていた。
「ほんと......洗濯機ほしい。もうこのくらいでもいいかしら......」
ーーっダメダメ!借りているお洋服だもの!!
この家にある女性用の服はどれも裾が長く、水を絞るのも力が必要だ。
「ふぅ。」
裏庭に莉愛の存在を示すかのように、洗濯物が賑やかにはためく。
空を見上げると、遠くの空が暗く立ちこめていた。
「さてと。なんだか天気が悪くなりそうだし、今のうちに魚でも捕りに行こうかな。」
祖父と過ごした時間が、知らない世界で莉愛を支えていた。
川の水面が散りばめられた宝石のように輝いている。
長いスカートを膝上で結び、莉愛は川の中へ入っていった。
昨日仕掛けておいた簗に、魚が数匹かかっている。
「あ!何匹か入ってる!」
老人に教わった経験を頼りに、魚をしめ、莉愛は桶を抱えて家へ戻った。
キッチンで魚の下処理をしながら、莉愛は午後の予定を考えていた。
「雨も降りそうだし、今日も物置部屋の片付けでもしようかしら。居候させてもらうんですもの、少しくらい片付けても大丈夫よね。」
数カ月かけて少しずつ片付けていた二階の物置部屋は、やっと床が見えたものの、未だ物で溢れかえっている。
「本は全部本棚に入れてと。」
集め終わった本を本棚に並べていくと、一冊の使い込まれた本が目に留まった。
『魔法薬学 薬草調合術』
著:オーガスト・レオニス・アルディア
「ここにもオーガストさん。」
窓際に置いていた椅子に座り、本をめくっていくと、かなり読み込まれ端が千切れかかっているページを見つけた。
「白百合?」
『白百合の効能 白百合はとても貴重な植物で、聖域のみでしか生息できない神聖な花である。白百合の葉は丁寧にすり潰すことで傷薬となる。茎は乾燥させ粉末状にすることで強力な解毒薬となり、魔素で犯された解毒をもすることが出来る。また、花は煎じることで病や体力の回復に効果が期待できる。』
......なんて万能薬なのかしら。。
「ん?白百合って......この挿絵の花、あの花畑の花よね......え!?聖域......?」
開け放たれた窓から流れ込む白百合の香りが、莉愛の髪を弄んだ。
ざわめく心を落ち着かせるように、ネックレスを握りしめる。
「落ち着かなきゃ。」
「......ん?ちょっと待って。あれが白百合なら薬が作れる!!」
軋む階段を慌てて降り、リビングに飾ってあった一輪の白い花を本の挿絵と見比べた。
「同じ......。」
......百合に似てる花なのね。
「白百合、ごめんなさい。あなたの力を貸してください。」
莉愛はキッチンで、花と葉と茎を丁寧に分け、本を頼りに薬を作るべく取りかかった。
花の甘い香りとは対照的な、どこか苦く青々しい香りがキッチンを満たす。
「これで、できたのかしら......。」
小さなガラスの容器には、少量の軟膏と、汚れを取り除いた花弁。
茎は丁寧に汚れを拭き取り乾燥させることにした。
......でもさすがに使うのは怖いな。うん、ちょっと手を切った時とかに使ってみればいいか。
物置部屋にあった小箱に薬をしまい込み、客間の机に置いておく。
「これでもしもの時は一応......大丈夫なはず。」
次の日の朝、莉愛は薬の状態を確かめていた。
「特に変化はなさそうだけど......どれくらい保つか分からないから、白百合をもう少し頂きに行こうかしら。」
物置部屋で見つけた巾着を持って、莉愛は白百合畑に向かった。
爽やかな風がスカートをそっと靡かせる。
白銀色の少女の髪は、白い花畑に溶け込んでいた。
「いつ来ても綺麗ね。」
雲の間から差し込む光が、花々に淡くスポットライトを浴びせている。
白い絨毯を見渡しながらゆっくりと歩を進めた。
「白百合さん達。あなた達の力を少しいただいてもいいかしら?」
その言葉に呼応するかのように、風が花弁を揺らす。
その時だった。
どこからか爆発音のような音が聞こえた。
森の中から鳥達が飛び立ち、動物が騒ぐ声が聞こえてくる。
ーーーー!
「家に戻らなきゃ!」
長いスカートに足が縺れる。
駆け足で来た道を戻る途中、音のした方角を振り返ると、森の入り口の近くに落ちている黒い物体が目に入った。
「......何かしら、あれ。」
いつでも逃げ出せるようにスカートを結び、恐る恐る近づいていくと、黒い塊は黒いマントを纏った人間であった。
「あの......大丈夫ですか?」
ーーこの三カ月で初めて目にする人間が、まさか倒れている人だなんて。
「..................。」
反応のなさに胸騒ぎを覚え、恐る恐る肩を叩く
「あの、だいじょーー大変!!」
うつ伏せに倒れた腹の部分から血が滲んでいた。
とっさに駆け寄り、仰向けにする。
「大丈夫ですか!聞こえますか!!」
腹部を押さえながら何度か声を掛けるも、反応はない。
スカートを裂き、腹部を圧迫する。
着ているマントを脱がせ、スカートの切れ端で腹部を固定した。
「う゛ぅ......。」
「ーーあの!聞こえますか!!大丈夫ですか!」
圧迫された痛みからか、微かに開かれた瞳は、透き通るエメラルドグリーンであった。
澄んだ瞳の色に莉愛は思わず息を飲む。
エメラルドグリーンの瞳は白銀色の少女を映し出していた。
男の表情が僅かに揺れる。
「............アス...セ......ナ?」
囁くように紡がれた声は低い男性のものだった。
「あの!大丈夫ですか!?」
血の滲む腹部を押さえ、声を掛けるも、男は意識を手放していた。
白い花畑には、
黒いマントの男へ問いかける、白銀色の少女の声が響いていた。
第七話を読んでいただき、ありがとうございました。
新たな出会いによって、莉愛の日々は少しずつ変化していきます。
白百合が導いた縁が、どんな未来へ繋がるのか。
また次のお話でもお会いできたら嬉しいです。




