第二話 莉愛の日常
今回は莉愛の日常が少しずつ見えてくる回です。
少し胸が苦しくなる場面もありますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
少しくたびれた校舎の二階。
一番奥の教室はいつも通り、生徒達の話し声に溢れていた。
窓際に集まってコスメについて話し込む女子生徒。
頭を突き合わせてゲームの話をする男子生徒たち。
「おはよう。」
「............」
一瞬時が止まり、たくさんの見えない視線が返ってくる。
挨拶しても誰からも返事はない。
このクラスの中で、私に話しかける人もいない。
いつも通りの展開に胸をなで下ろす。
今日もチャイムぎりぎりで正解ね。
無視される方が楽......。
廊下側の一番後ろの席でよかった......。
席に着くと同時に朝のチャイムが鳴り響いた。
担任の新川が教室に入ってくると、教室を見渡した。
いかにも面倒くさそうな様子で、出席確認をし始めた。
「......全員いるな。」
「先生、有賀君はお休みなんですか?」
「先生、晴人がまだ来てないけど。」
「有賀は三日間、家の用事で休みだそうだ。」
晴人、今日休みなんだ......。
「晴人君いないとか最悪じゃん......。やる気でないんだけど。」
「マジかよ......。」
「三日間もいないとか。部活の試合終わったじゃん......。」
「来週テストなのにノート借りられないじゃん!」
「ってか、あの隅っこの席いらないから晴人来てほしいんだけど。」
「も~!やめなって~!事実なんだからかわいそうだよ~。」
教室中が晴人の欠席を悔やむ声と、莉愛を攻撃する話し声で溢れかえる。
担任の新川は気にかける様子もなく、出席簿を眺めていた。
俯きながら、本に視線を落とすものの、あからさまな悪口に胸が軋んでいく。
「先生、授業始めましょうよ。みんなも、時間がもったいないって!」
「さすが!みずきちゃん!今日も可愛いね!」
痛めつけられるような生徒達の話題は、クラスの中心的な女子生徒の一言で終わりを告げた。
「......じゃあ、授業始めるぞ。」
昼休みを告げるチャイムが校舎に鳴り響いた。
教室が一瞬で騒がしくなる。
急いで鞄を抱きかかえ、一人教室を後にする。
駆け足で階段を上ると、鞄に入った水筒がチャプチャプ音を立てた。
「誰かに見られる前に急がなきゃ......。」
四階の理科準備室
鍵を開けると湿った薬品のような臭いが鼻を刺激した。
「失礼します。」
鍵を掛け、誰もいない準備室の隅に座り込み、床にお弁当を広げる。
希望に胸を膨らませながら入った高校で、私はこの学校生活に馴染むことができなかった。
毎日、白髪の老婆のようだと蔑まれ、紫色の瞳も気持ち悪いと攻撃される。
幼馴染みの晴人だけは莉愛のことを気にかけ、クラスメイトを止めてくれるものの、晴人がいない時を狙い、酷い時は教科書がバケツの中で水浸しにされていることや、体育の授業でわざとボールをぶつけられることもあった。
そんな時、担任の新川がこの理科準備室の鍵を渡してくれた。
「これを使え。ただし、人に見つかるな。目に見える傷を作られると俺が困る。見た目を変えないお前が悪いんだから。」
事なかれ主義の新川は、”いじめではない”ということにしたいらしい。
「......ふうぅ。お腹いっぱい。」
......最初はどうなることかと思ったけど、最近怪我はせずに済んでるし。
あと二年耐えればいいだけだもの。
時計の針を眺めながら、廊下から聞こえてくる生徒たちの賑やかな声をどこか遠くの世界に感じていた。
午後の日差しが差し込み、カーテンが風に揺れている。
放課後の教室では、三人の女子生徒が掃除をしていた。
......このゴミをゴミ袋に入れたい......。
莉愛は掃き集めたゴミを捨てられずに、綺麗になってからも箒を動かし続けていた。
――あぁ!!ゴミ袋が持って行かれちゃう......!
「――あの。ごめん。このゴミも一緒に捨てていいかな?私もゴミ置き場まで持って行くから!」
「......え。ならあとはあんたがやって。」
「......う、うん。わかった。」
「あと、私たちに話しかけないでもらえる?」
「......うん。ごめんね。」
二人の女子生徒は鞄を持って、そのまま教室を出て行ってしまった。
廊下から莉愛の悪口を話す声が微かに聞こえる。
「......話しかけることもないんだけどね......。」
静まりかえった教室で莉愛が小さく呟いた。
夕方に向かう日差しが、自転車の陰をつくりだす。
じんわり背中にかく汗を、柔らかな風が涼しくしてくれる。
リビングに入ると、テーブルの上に一通のメモが置かれていた。
【莉愛へ 仕事を思い出したんで、三日間ほど出掛けてくる。その間は晴人に留守を頼んでおいた。たくさん食べてちゃんと寝るんじゃぞ!お土産も持って帰るからの~】
【追伸 帰ったらトマトオムレツを食べたい。じいちゃんより】
「もう!お爺ちゃんったら!また急に行っちゃうんだから......」
お爺ちゃんはたまにこうして数日間家を空けることがある。
......何の仕事なんだか。こないだは一週間だったからまだ短い方かしら......。
ソファの上で丸くなり、棚のガラス扉に映る自分の姿を眺める。
白い髪、紫色の瞳。
暗いガラスに映る自分は、街で見かける誰とも違っていた。
「ほんと。老婆みたい......。」
黒髪に黒い瞳が多いこの国では、私の容姿は異質だ。
救いを求めて他の国を調べたこともある。
けれど、この容姿はこの世界のどこにも当てはまらなかった。
開けた窓から風が吹き抜け、慰めるように、莉愛の髪を優しく撫でる。
窓の外を見ると、百合の花に蕾ができていた。
「クラスのやつらになんか言われたのか?」
庭に面した窓から晴人がリビングに入ってきた。
「晴人!?ちょっと!玄関から来てよ!!」
「何度もチャイム鳴らしたけど出てこないから。庭覗いたらここにいたからさ。」
「チャイム?......全然気付かなかった。」
「いや。今日学校行けなくて悪かった。なんか嫌なことされたか?」
「......ううん。何もないよ。大丈夫!」
「......そうか。」
「うん......。」
お爺ちゃんは家を空ける時、何故か晴人に留守を任せる。
晴人はお爺ちゃんの親戚らしいのだが、どういう親戚なのかはいつも教えてくれない。
「じいちゃんが莉愛と夕飯食べてくれってさ。一人より二人だろ?」
「ふふっ。ありがとう晴人。一人より二人ってお爺ちゃんよく言ってるもんね。」
がらんとしていた食卓に二人分の食事が並ぶ。
暗くなった庭にダイニングからの明かりが漏れ、二人の笑い合いが聞こえていた。
お爺ちゃんが育てたオレンジをデザートに食べていると、今日のことはすっかり忘れていた。
「......じゃあ、また明日な。学校、無理するなよ?」
家々の玄関に明かりが灯り、街灯が道路を照らしている。
玄関の前で晴人が難しげな顔で、莉愛を気遣ってくれた。
「うん。ありがとう晴人。大丈夫、なるべく出席したいんだ。」
「そうか......。じゃ。お休み。」
「うん、お休み。晴人。」
玄関の鍵が閉まる。
鍵の音を確認して晴人が門を振り返ると、家がかすかに白いドームのような靄に覆われていた。
「......うわ。ったく。過保護すぎだろ、爺ちゃん......。俺も大概だけど......。」
お風呂から上がり、まだ少し暑さを感じながらベットに寝転んだ。
老人が貸してくれた、どこかの国の本の続きを読み進める。
全く字が分からず、昔は老人特製の辞書と一緒に読んでいたが、今やすらすら読めるようになった。
「この百合の花の挿絵、いつ見ても綺麗。」
......もうちょっと読みたいけど......あぁ......もう無理だ......。
眠り欠けた意識の中、夢の続きか、外の喧騒か、
どこか遠いところで、誰かが泣いている声が聞こえた気がした。
第二話を読んでいただき、ありがとうございました。
幼馴染みの晴人が初登場しました。
また次のお話でも、お会いできたら嬉しいです。




