第一話 夢の中の世界
初めまして。
数ある作品の中から見つけてくださってありがとうございます。
幼い頃の記憶がない少女、莉愛の物語です。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
優しい声が聞こえた。
「......お兄様。」
白銀の髪の男の子が、私に向かって微笑みかけてくれている。
「あっちに行ってみよう!」
伸ばされた手に私も手を伸ばーー
「ーーっ!!」
目が覚めると、見慣れた天井が視界いっぱいに広がっていた。
抱きしめている犬のぬいぐるみもいつも通り。
机の上の参考書も、壁に掛かっている絵もいつも通り。
「またこの夢......。」
私には十歳より前の記憶が何もない。
両親の顔も、自分がどこの誰なのかも分からないまま生きてきた。
最近やたらとあの夢を見ることが多い気がする......。
あの家族、どこかで見たことある気がするんだよなぁ......。
映画かな?......でも何の映画だっけ......。
「って!そんなことより!今日のお弁当どうするか考えなきゃ!!」
少し軋む階段を慌てて降りながら、今日のお弁当のおかずを考える。
リビングへ入ると、開けた窓から庭でお爺ちゃんが花の手入れをしている姿が目に入った。
「おはよう!お爺ちゃん!!」
「おや。おはよう莉愛。起きたか。」
雲の隙間から朝日が差し込み、庭のほぼ半分を占める百合の葉が、眩しく輝いていた。
「みてみぃ莉愛。百合の花ももうすぐ咲く頃じゃよ」
「お爺ちゃん、毎日手入れしているもんね。百合たちもご機嫌みたいね。」
「莉愛の好きな花だからのぉ。手入れも念入りにせにゃ。ふぉっふぉっふぉ。」
「ありがと、お爺ちゃん。今年も花が咲くのを楽しみにしてるね!」
私が十歳の時、お爺ちゃんは身寄りのない私を引き取ってくれた。
以来、この家で二人で暮らしている。
近所に畑を借りて野菜を育て、庭の百合の手入れをするのがお爺ちゃんの日課だ。
ぐうぅぅぅ......
「............。」
持っていたホースを置き、目を潤ませ莉愛に向けてお祈りのポーズをとる老人。
「莉愛!さっき畑でトマトを採ってきたから、例のオムレツ作ってくれんか!後生の頼みじゃ!!」
「毎日後生じゃない。ふふっ。も~仕方ないなぁ~。お爺ちゃんだから特別だよ!」
「莉愛~っ!!!!!」
このやりとりは我が家の日常の風景だ。
お爺ちゃんは器用なくせに料理だけはからっきしで、出来るのは食材を切ることだけ。
パンをトーストするだけでもなぜか黒焦げになってしまう有様なので、料理は私の担当になっている。
他の家事はお爺ちゃんと分担制。
あの料理スキルで、今までどうやって生活してきたんだろう......。
キッチンに入ると、籠いっぱいのトマトが置かれていた。
冷蔵庫にはお爺ちゃん特製の野菜たちがびっしり入っている。
「今朝はこのトマトを使って、オムレツと......あとは昨日の鶏肉でも焼いて持っていきますかね。」
トマトを刻み、卵とチーズを合わせる。
フライパンでふんわり焼き上げると、ぷるぷるオムレツの完成だ。
昨日からマリネ液につけていた鶏肉は、一緒に漬けていた野菜と共にフライパンでこんがり焼く。
食卓にはふんわりぷるぷるオムレツと皮をパリッと焼いた鶏肉。
そしてトーストと野菜スープが並んだ。
お弁当箱にも、焼いた鶏肉とトマトたっぷりのサンドイッチ。
そしてオムレツの卵焼きバージョンも詰め込んでみた。
「良い匂いじゃな......。」
料理を前に目を輝かせるお爺ちゃんと一緒に、食卓に着く。
「「いただきます!」」
食卓には五人前はありそうな料理が並んでいたが、用意していたオムレツのおかわりもあっという間に消えてしまった。
この人は本当にこれで八十歳なのかしら......。
白髪で、魔法使いと言われたら大半の人が納得しそうな風貌のこの老人は、庭仕事と莉愛を愛でることに全力を注ぐ老人なのだが、食欲だけはその辺の高校生にも負けないであろう量を食べるのだ。
「ねぇ、お爺ちゃん。おんなじ夢を何度も見ることってある?」
「夢か?」
「そう。髪と目の色が私に似ている男の子が出てくるんだけど、草原のような場所で遊んでて、近くにその両親もいて。多分ピクニックしている夢。」
「.......。」
「いっつも途中で起きちゃうの......。観たことある映画な気もするんだけど......。」
お爺ちゃんは私の問いかけに答えることなく、ただ紅茶を啜っていた。
「莉愛」
「ん?」
老人はティーカップを静かに置いた。
「学校は楽しいか?」
飲んでいた紅茶が喉を強く鳴らす。
家中の音が止まったような気がした。
「ーーうんっ!楽しいよ......!」
続く言葉が出てこなかった。
「......そろそろ時間だ!電車が来ちゃうからもう行くね!お皿お願いね!!」
慌ててバッグをつかみ取り、玄関へ急いだ。
「......気をつけていっておいで。」
靴を履き、家を飛び出す。
お爺ちゃん......気付いてるのかな......。
きっと気付いてるんだよね......。
思案げな目を向けた老人を思い出しながら、自転車を漕いでいた。
一方、時計の音が静かに時を刻むリビングで、老人は紅茶を片手に、壁に掛かる一つの絵を眺めていた。
ソファに沈む感覚に、昔を思い返しながら。
「ーーそろそろ、か。」
その時、自転車を漕ぐ私は知らなかった。
この日がいつも通りでないことを。
第一話を読んでいただき、ありがとうございました。
莉愛とお爺ちゃんの「いつも通り」の日常。
第二話では、莉愛の学校での様子も描いています。
また次のお話でも、お会いできたら嬉しいです。




