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第四話 つむぎ

私は、路地裏で膝を抱えていた。


「世界を征服して、笑顔にするって、言ってたくせに……」


「うん! ぜ~ったい、笑顔にするよ♪」


後ろから、幼い声。


振り向くと


真っ黒なパーカーに、ねこ耳フード。

首には、月と黒猫のネックレスに、ヘッドホン。

ヨルくんが、立っていた。


「え……?」

「ね、本当!?本当に、世界征服に、協力してくれるの!?」


幼い瞳を、輝かせるヨルくん。


「う、うん」


頷くと、ヨルくんは両手を挙げて飛び跳ねた。


「やった~! はじめての共犯者さんだ♪」


共犯者?


「ね、協力って、何をすればいいの?」


「世界征服!」


……


「笑顔に、してくれるんだよね?」


「もっちろん!ぼくね、世界中をね、笑顔にしたいんだ!だからね、すっごくすっごく、がんばってるんだよ♪」


胸を張るヨルくん。


「じゃあ、お姉ちゃんと、お母さんも、助けてくれる?」


「えー? お姉ちゃんと、お母さん?」


「うん。ちゃんと、協力するって約束するから、お願い。二人を助けて!」


ヨルくんの両肩を掴むと

彼は虚空を見つめ、うんうんと頷き始めた。


やがて、金色の瞳を私に向けると


「うん、いいよ!」


ほっと安心したのも束の間

右手を差し出して来た。


「えっと……おかね……?」


「うん!ぜ~んぶ、だよ!お姉ちゃんと、お母さんのも、ぜ~んぶ、頂戴♪」


また、お金……?

結局、お金……


もし

足りなければ

すずちゃんの、お姉さん、りんさんみたいに、されるの……?


ヨルが突然、目を丸くした。


「えー!ぼくそんな事しないよ!?」


……?


それでも、今は……


「うん……いいよ」


おずおずと財布から3枚の銀貨を取り出し

その手の平に乗せる。


「これで、全部?」


「うん」


「ほんとう?」


「……うん。本当にね、これしかないの」


金色の瞳で私をじっと見た後


「やったあ!ぜ~んぶ、貰っちゃった♪ これでキミ達は、正式に共犯者だね!」


身体を大の字にして、飛び跳ねるヨルくん。


相変わらず共犯者はよくわからないけど

これで、助けてくれるの?

こんな、何の役にも立たないお金で?


「もっちろん、任せてよ!」


誇らしげに胸を叩くヨル。


もしかしてだけど

心を詠まれている……?

そんなわけ、ないよね……?


「それじゃ、掴まって!」


ヨルくんはまた、私に手を差し出す。

少しだけ戸惑い


その手を握った。

熱い、手だった。


「ぜ~ったい、放さないでね!」


ゆっくりと、首を縦に振る。


「それじゃ、いっくよ~にゃんにゃんてれぽーと!!」


ヨルくんは空いた手を翳し

暗い路地の中、首から下げた月とねこのネックレスが

輝いた。


だけど


冷たいビル風が吹いただけで

何も

起きない。


ヨルくんの顔が青くなる。


「うわーん!なんでぇ!? 月影ぇ! どうしよう!?」


私の手を握ったまま、独り言を始めるヨルくん。


月影?

誰かの名前?

だけど、そこには誰もいない。


もしかしてだけど

ただの、痛い子……じゃ、ない。よね……?


不安になっていると、ヨルくんは元気一杯に頷いた。


「わかった!」


首のヘッドホンを装着するヨルさん。


「わー、ほんとだ。いけそう♪」


次の瞬間


視界が揺れ

暗闇に

包まれた。



第4話 つむぎ



空気が、変わっていた。

森のような、木と土の匂い。

暖かい、心地いい風が髪を揺らす。


ゆっくりと瞼を開けると


夜だった。


だけど、妙に明るい。


空には、大きなお月様。


今まで見た中で

一番くっきりと浮かんでいた。


照らされる、山々

足元には、揺れる草花。


「……ヨルくん、ここは?」


返事はなく


水の流れる音や

木々のざわめきだけが聞こえる。


「ヨルくん? どこなの?」


辺りを見回しても、その姿は無い。


ただ、山には灯りが燈っていた。

正確にいえば

山の中に、大きな家が埋まっているみたいだった。


いくつもの出窓とベランダが飛び出していて

その一つに、灯りが燈っている。


誘われるように、足を向ける。


どこから、入るんだろう?


入り口らしきものは見当たらない。

そっと下から、中のようすを伺うと

見覚えのある黒くて短い髪が、ベッドに寝かされている。


「おねえちゃん!?」


急ぎ足で回り込み、入り口を探していると

石の階段が見えてきた。


登った先には、大きな木の扉。


入口に、間違いは無さそうだけど……


そこにあったのは、家ではなく山。

どう考えても、山の中へと続いている。


トンネル。が、一番しっくりくるかもしれない。


「ヨルくん、いる?」


返事はなく、黒鉄のドアノブに力を込める。

ゆっくりと、音もなく扉が開いていく。

木の香りが漂ってきた。


「どなたか、いませんか……?」


覗いてみて、息を呑んだ。


トンネルというよりは、長い廊下だったのだ。

床は木製で、色鮮やかな赤い絨毯が敷かれている。


壁と天井は丸太で出来ており

左右には、お洒落なランプが付けられ

優しい灯りが燈っている。


いつかテレビで見た、ログハウスのようだった。


素足の汚れを手で払い、足を踏み入れる。


「お邪魔、しますね……」


恐る恐る進む。

外と違い、少し肌寒い。

だけど、赤い絨毯は素足でも暖かかった。


右側にいくつもの、丸い木の扉

その一つに、張り紙があり、歪な文字だったけど、私でも読む事が出来た。


きっと、ヨルくんだ。


足早に向かい、「はるね」と書かれた扉のドアノブを回す。

動かない。

押しても、ビクともしない。


「鍵……?」


「あら、貴方。ひまり、よね?」


突然響く、女性の声。

長い通路には、誰も居なかったし、近付く足音すらも無かった。


「すみません、あの、私――」


振り向くと

そこには20代程の、落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。


その両手には、土鍋。

湯気が立っている。


「入らないの?」


声は、驚くくらい柔らかかった。


叱られると思った。

知らない場所に勝手に入り込んで、扉の前で固まっていたのだから。


「あ、あの……扉が、開かなくて……」


「ええ?鍵なんて、掛けて無いはずだけれど」


女性は足音一つ立てずドアの前に立つと、尻尾を掛けた。

扉は、静かに横へとスライドしていく。


「良かった、開くわね」


そのまま、中に入っていく女性。

また、尻尾……?


でも


……今は、それどころじゃ、ない、よね。


急ぎ、その後に続く。

部屋は暖かく、煉瓦造りの暖炉が、パチパチと音を立てていた。


「お姉ちゃん!」


部屋の奥

窓の前のベッドに寝かされていたのは、やはり姉だった。

駆け寄るも、その瞼は開かない。


「心配しないで。じきに目が覚めるはずよ」


やわらかく微笑む女性。


確かに、姉の寝顔は穏やかだ。

掛けられた布団も、うちのボロ布とはまるで違い、清潔で、いい匂いがする。


私は、深々と頭を下げた。


「あの、姉を助けて頂いて、ありがとうございます」


「そんな、気にしなくていいのよ?」


にっこりと微笑む女性。

改めて見ると、その恰好はとても清潔感があり

私とはまるで違う。


「あの、それで、貴方は……?」


「あら、私ったら、自己紹介がまだだったわね。ごめんなさい」


女性は頭を下げ


「私はつむぎよ。宜しくね」


青く、澄んだ瞳で微笑んだ。


慌てて私も、頭を下げる。


「初めまして。ひまりって言います。こちらこそ、宜しくお願いします」


「も~、そんなにかしこまらないで。私達は、もう家族なんだから」


家族?


「あの、共犯者なんじゃ……?」


つむぎさんは頬に手を添え、首を傾けた。


「共犯者? もしかして、ヨルがそう言ったの?」


「はい。初めての共犯者だって」


「あ~、あの子の言う事は真に受けなくていいからね。 あの子、ちょっと、アレな子でしょ?」


クスクスと笑うつむぎさん。


「もしかして、世界征服っていうのも……冗談、だったり?」


「あ、それは本当よ。私は別に興味ないのだけれど、ここに居る人たちはみんな、世界を征服するんだって本気で息巻いてるのよ? 応援したくなっちゃうわよね」


そしてまた笑う。

なんというか、つかみどころはないけど、よく笑う人だ。

吊られるように、口元が緩んだ、その時だった。


盛大に


鳴る、お腹の音。


思わず、顔を伏せた。


「あら、私ったらごめんなさい。これ、貴方の分よ。口に合うといいのだけれど」


つむぎさんが、暖炉の上に置かれた土鍋の蓋を開けると


ひどく、懐かしい匂いが立ち込めた。

幼い頃、何度か食べた……鰹や昆布の香り。

それは

卵と野菜の、彩の良いおじやだった。


「それじゃ、私はこれで失礼するわね。何かあったら、いつでも呼んで頂戴」


つむぎさんはにっこり微笑み、外に出ていった。

けど、閉まった扉はすぐまた開いた。


「お姉さんは、さっきしっかり食べたからね。もし、まだ足りなかったら、遠慮せずに言ってね」


それだけ言って去ろうとする後ろ姿

私は慌ててドアから飛び出した。


「あの、ありがとうございます!」


「あら、さっきも言ったけれど、本当に気にしなくていいのよ?」


「あの……おかあ、さんは?」


「あらやだ、私ったら」


口元に手のひらを当てるつむぎさん。


「ごめんなさいね。私、いつもうっかりしていて」


穏やかに笑っていたその表情が、少しだけ真面目になる。


「お母様はね、今、別の部屋で手当てを受けているの」


「別の、部屋……?」


「ええ。少し危なかったけれど、きっと大丈夫。今は、私達に任せて」


危ない?


暖かかった胸の奥が、また冷たくなっていく。


「お母さん……いつも、無理、して、それで――」


ふわっと。

柔らかくて、いい匂いに包まれた。


「大丈夫。今は、貴方もしっかり休んで。ね?」


背中に回されたその手は、暖かかった。


「お母さまが起きた時、貴方達が倒れていたら、きっと気に病んでしまうわ。だから、まずは食べて、眠りましょう。ね?」


「うん……」


我慢していたものが、全部ほどけていく。


「……ありがとう、つむぎさん」


言えたのは、そこまでだった。


気付けば


幼い子供みたいに縋り付いていた。


何も言わず、ただ背中を撫でてくれた。


その手があまりにも優しくて。



彼女の胸の中で、泣き続けた。






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