第二話 ヨル
第2話 ヨル
「んっとね、世界征服!」
その幼い声に、誰もが振り向いていた。
そこで怒鳴られていたのは、私より少し年下くらいの男の子だった。
ビルの壁に、何かを一枚一枚、真剣な表情で貼っている。
私は慌てて元の場所に引っ込み、目だけを出す。
男の子は全身ほぼ黒ずくめ。
パーカーにねこ耳フード。
そこから、真っ黒なくせっ毛がはみ出している。
首には大きなヘッドホン。
下は、だぼだぼのずぼんに素足。
胸の、大きな月と黒猫のネックレスが
やたらと煌めいている。
二人の警備員が、男の子を挟み込む。
「おい!止めろと言ってるのが聞こえないのか!?」
「何だそれは!?」
手を止めず、自慢げに微笑む男の子。
「これ? ぼくが造ったんだよ、上手でしょ~♪」
警備員二人は、顔を見合わせる。
「なんだこれ、せかい、せいふく……?」
「ごっこ遊びなら、他所でやりなさい」
「えー、どうして~?ぼくがね、世界征服すればね、み~んな笑顔になるんだよ♪」
「イヤ、だから――って、貼るのを止めろ!!」
「脳無しのガキが!」
警備員の一人が、男の子の腕を掴んだ。
「え?痛いっ、邪魔しないでよ! ぼくね、まおうなんだよ!」
男の子は、二人を見た。
金色の瞳が怪しく光る。
「は? 何だ、このガキ」
「ちっ、痛めつけるか」
もう一人の警備員が、光る警棒を振り上げる。
「え、やめてよ!」
男の子の瞳が、みるみる怯えた色に染まっていく。
「世界征服の前に、ルールってやつを教えてやるよ」
(だ、ダメ!)
私は、手を伸ばしていた。
けれど
無慈悲に、振り下ろされる警棒。
咄嗟に、顔を覆った。
響く
乾いた破裂音。
足元に、何かが跳ねてきた。
砕けた、アスファルトの欠片だった。
恐る恐る
手の隙間から覗き見る。
地を叩いた警棒から、青白い電流が迸っている。
「あ、あっっぶなっ!!」
男の子は数歩離れた場所で
黒い尻尾を逆立てていた。
ほっと、胸を撫で降ろす。
あれ?
……尻尾?
何度も、目を擦る。
やっぱり、尻尾だった。
「も~怒った!魂の牢獄で反省してよね!」
男の子は両手を翳し、金色の瞳を光らせた。
「夢幻牢獄!!」
冷たい風が吹き
空き缶が、転がった。
「なんだ、この痛いガキは」
「イカレテんだろ。やっぱワカらせないとダメだな」
警棒を手に、にじり寄る二人。
涙目になる男の子。
「ま、待ってヨ! な、何で~!?」
「現実って奴を教えてやるよ」
「身体にな」
迸る、青い電流
二本の警棒が、男の子の頭に振り下ろされていた。
「うわ~~~ん! 痛いよぉぉ! ごしゅじ~~~ん!」
真っ赤なたんこぶを二つ腫らし
滝みたいな涙を撒き散らし、駆け出す男の子。
「なっ、熊でも気絶する威力だぞ!?」
「待てコラ!!」
追い駆ける警備員。
だけど男の子は飛ぶように、壁や屋根の上を駆けていく。
まるで
ねこみたいだった。
でも、あれなら逃げられる。
そう、思ったのも束の間
「わ~、いいにお~い♪」
間近で響く、幼い声。
男の子は
さっきの屋台の前に、飛び降りていた。
「はぁ!? 何だテメ、あっちいけ!」
店主が手で追い払おうとするも
「わー! とっっても美味しそうだね♪」
既にその手には、串焼き。
「おい!返せ!!」
舌なめずりをし、大きく口を開く男の子。
「いっただっきま~っす♪」
勢いよくかぶりつき――
「あっつ!!!」
真っ赤な舌を出し、飛び跳ねた。
「おい! 金はあんだろうな!?」
「お金って何!? それより、お水、お水頂戴!!」
「テメッ、ふざけんな! 金だよ金っ!!」
茹でタコみたいに赤くなる店主。
その手には、出刃包丁。
「うわ~ん、待って、待って!コレ!コレあげるから!!」
差し出されたのは
どんぐりだった。
「こんの……脳無しが! 覚悟しやがれ!!」
飛び出す店主。
「な、何で!? うわーん、熱い、熱いよおおお!!」
真っ赤な舌を出し
砂ぼこりを巻き上げながら
私の潜む路地へと駆け込んでくる男の子。
え?
咄嗟に、身構えた。
ここは暗い。
きっと、私が見えてない
このままじゃ、ぶつかっちゃう!
目をきつく閉じた。
だけど
その瞬間は訪れず
「あれ~?」
響く、幼い声。
瞼を開くと
そこには、揺れる金色の瞳。
不思議そうに首を傾ける男の子。
その顔は、思っていた以上に幼い。
「あ……」
そこでようやく、我に返った。
「ご、ごめんなさい!」
咄嗟に、壁へ身体を押し付ける。
蟹みたいに
これ以上ないくらい、張り付く。
「これで、通れるよね?」
だけど、男の子は動かない。
手の中の串焼きを見て
もう一度、私を見る。
「あ、わかった!」
後ろからは、包丁を掲げた店主と
警棒を握った警備員達が迫っている。
「は、はやく! はやく行って!」
スッと、それを差し出してきた。
「これ、あげる♪」
目の前には
熱い音を立てるお肉。
一番上には、2つの小さな跡が付いている。
気付けば
その串を、握っていた。
「あり、がとう」
男の子の瞳が、パッと輝く。
「ぼくね、ヨルってゆうんだよ!」
白く、鋭い歯を見せる、ヨルと名乗った男の子。
だけど、そのすぐ後ろに店主の影。
「一生コキ使ってやるからな、観念しろ!」
振りかざした包丁が、鉛色に光る。
「危ない!」
だけどヨルは動かず、右足を私と壁の隙間に振り上げ――
「へっへ~ん、これでもくらえ~!」
瞬間
巻き上がる、土煙。
「ぐぎゃ!目が、目がああ!!」
「ぐへっ、くそ、なんもみえねえ!」
「ペペッ! 口の中に!!」
一瞬にして、騒然となる通り。
「にんげんさ~ん、こっこまでおいで~♪」
いつの間に移動したのか
3人から離れた場所で、お尻を叩くヨル。
黒い尻尾が、ゆらゆらと揺れている。
「こんのコソ泥が!」
「くそ、追うぞ!」
「おう!」
目を血走らせ、人込みへと消えていく3人。
唖然と見送る、人々。
やがて
ざわめきは収まり、通りは元の日常へと戻って行った。
まるで、さっきの出来事が幻だったかのように。
何だったんだろ……
ゆめ?
一瞬、そう思ったけど
肉汁の、弾ける音と匂い。
手には、美味しそうな串焼き。
足元には、紙切れが落ちている。
摘まんでみて
つい、噴き出した。
人とよくわからない動物達が
手を繋いで、笑っている
決して上手ではないけど、暖かいイラスト。
だけど
書かれている文字は、よくわからない。
『ぼくに、せかいをせいふくしてほしいにんげんさん大募集!
ぜ~ったい、笑顔になるよ♪』
※そのかわり、ぜ~んぶさしだしてね
ぜ~んぶ、だよ!
よくわからないけど
――これ、あげる♪
冷たい視線とこがらしが吹く中
幼い声が
やたらはっきりと耳に残っていた。




