第十話 月夜の里4~里の謎とはるねの覚悟~
『いただきます♪』
元気いっぱいの声が、広場に響いた。
大きな炭火台では、串に刺さった魚がじゅうじゅうと音を立てている。
狐色の皮がぱりっと焼け、匂いが煙に乗り、今にも涎が溢れ出そうになっていた。
「山女魚じゃよ。頭から食えるけぇ、よく噛んで食べんさい」
笑顔で教えてくれるおばあさん。
「はい、ありがとう、ございます」
別の台では、焼き鳥、肉と野菜の串焼き、焼きおにぎり
醤油を塗られるたび、じゅっと音がして、焦げた匂いが広がってくる。
まだ信じられなかった。
これを、本当に食べていいのか。
怒られないのか。
お金を払えと言われないのか。
ひまりは、こくりと喉を鳴らした。
「お姉ちゃん……」
「うん」
あたしも、自分に言い聞かせるみたいに頷く。
「食べよう」
ひまりは、おそるおそる焼きおにぎりを持ち上げた。
はむ、と小さくかじる。
黒い瞳が、まんまるになった。
「お姉ちゃん、これ、すごくおいしい……!」
あたしも、かぶりつく。
口に入れた瞬間
炭の香りと、焦げた醤油と米の甘さが広がった。
「……おいしい」
思わず、ひまりと同じ顔になる。
いつも食べているご飯が、ここまで美味しくなるなんて
青天の霹靂だった。
「お姉ちゃん、ヤマメさん、すごくおいしいよ!」
ためらうことなく、頭からかぶりつき
幸せそうに、頬に手を当てるひまり。
「ほんと、何でこんなに美味しいんだろうね?」
二人で笑った。
あたしも
ひまりも
少しだけ涙を浮かべていた。
こんな事は、本当に久しぶりだったのだ。
あたしの知る限り、ひまりは初めての経験だろう。
時間を気にすることなく
同い年くらいの子達と
好きな物を、好きなだけ食べるなんて。
笑い声と、炭が焼ける音と
煙のいい匂いだけが、広場に溶けていた。
少しだけ、肩の力が抜けたのだと思う。
あたしは周りを見回した。
変な光景だった。
おかしいくらい、めちゃくちゃだった。
くまも、馬も、鶏も、ねこ達も
それぞれ好きな場所で、夢中で何かを食べている。
喧嘩一つせず、仲良く。
少し離れた場所には、キラキラとした大きな池。
水は底まで見えそうなくらい澄んでいて
どこかから湧き出しているのか
時折、ぽこぽこと小さな音を立てて、水面が盛り上がっている。
馬が首を下げて、その水を飲む。
牛が、ンモ~と鳴く。
ウリ坊とひよこが、追いかけっこを始める。
ねこが、寝転ぶ。
日の下は暑い。
炭火の近くも熱い。
だけど、あたし達の座る場所は木陰で
心地良い風が、頬を撫でていく。
見上げると、そこには大きな木があった。
葉っぱが作る影は
広場をまるごと包み込むほど大きい。
その下には、真新しい神社。
その前の広場で
ひまりが笑う。
みんなが笑う。
……ここは、何なんだろう。
「ねえねえ、ひまりちゃんたちは、どこから来たの?」
ひまりの隣に座っていた、幼い女の子
さっき「かな」と自己紹介してくれた子が、にこにこと聞いてきた。
「私達はね、バングラディッシュってところにいたんだよ」
「ばんぐらでしゅ?」
「うん」
「へえーっ、かなはね、ねこさんの惑星から来たんだよ」
「ねこさんの惑星……?」
「うん!月のね、裏側にあるんだよ!」
「えー、お月様の裏側?すご~い!」
きゃっきゃとはしゃぐひまりとかなちゃん。
てか、月の裏側に、惑星??
「かなちゃん達は、どうやってここまで来たの?」
ひまりが尋ねると、かなちゃんはあごに手を添え、視線を上げた。
「んっとね、リリねえが唄うとね、光ってね、気付いたらね、とっても高い、お山の頂上にいたんだよ!」
リリねえ?
光った?
山の頂上?
まるで解らないけど、嘘を付いているようには思えない。
かなちゃんは無邪気に続けた。
「でね、振り返ったらね、知らない男の子とね、ルナねえが居たんだよ!」
「それってもしかして、ヨルくんの事?」
「え、ひまりちゃんすごい!よくわかったね!」
そしてまたきゃっきゃとはしゃぐ二人。
ルナ
その名前には、聞き覚えがあった。
半年程前だったか、テレビも職場も、その話題でもちきりだったのだ。
あたしと同い年位の「非搭載」の少女で
凶悪マフィアから市民を護る警官隊の前で唄い
大混乱に陥れ
結局、そのマフィアをたった一人で壊滅させた謎の少女。
しかも
微笑み、気持ちの悪いねこを抱き、唄いながら。
付いたあだ名が「狂気の歌姫」
画面の中の彼女は、月の光みたいな髪を揺らし、微笑んでいた。
男達が悲鳴を上げ、転がる中、幼くも、綺麗に。
それが逆に恐ろしかったのを、今でもよく覚えている。
その後、世界政府に捕まり消息を絶った。
噂では、処刑されたらしいけど……
「ね、ルナねえって人、どんな人なの?」
気付けば、そう尋ねていた。
「ルナねえはね、とっても綺麗で、とっても唄が上手なんだよ♪」
……
「もしかして、髪は月色で、あたしと同い年くらい?」
「そう!はるねえも、よくわかったね!」
胸の奥が、冷たくなった。
女の子ばかり。
知らない場所から集められた子供達。
ねこさんの星。
凶悪犯。
世界征服。
まさか
この子達は、本当に助けられたの?
それとも
集められたの?
そういう計画の為
世界征服の為
資金を作る為
少女ばかりを集めて、笑わせて、信じ込ませて。
そんな考えが、頭に浮かんでしまった。
「お姉ちゃん?」
ひまりが、あたしの顔を覗き込む。
ほっぺに、ご飯粒が付いていた。
「……なんでもない」
「ほんと?」
指で拭い、口に入れた。
「うん。ひまり……美味しいね」
「うんっありがと!」
ひまりは、嬉しそうに焼き鳥を手にした。
子供達は笑っている。
お年寄り達も笑っている。
動物達も、のんびりしている。
誰も、泣いていない。
ここが何なのかは、解らない。
この人達が何を考えているのかも、解らない。
お母さんが病気だなんて、どうして嘘を付いたのかも
どうして、女の子ばかりなのかも
解らない事だらけだ。
だけど、一つだけ解っている事がある。
ここは
あそこよりマシ
全然
遥かに
確かなのは、それだけ
でもそれで、充分だった。
だって、あそこでは
辛い事ばかりで
他には
何も、無いのだ。
もし、ここが危ない場所だったとして
もし、ルナという人が本当は悪い人だったとして
今この瞬間
ひまりは、笑っている。
それで
それだけで
あたしは
充分だ。
「あの、村長さん、ですよね」
「ん? おお、そうじゃが……どうしたんじゃ?」
深く頭を下げた。
「お願いします」
声が、少し震えた。
「ちゃんと、ちゃんと働きますから。どうか、ここに置いてください」
これでいい。
きっと、優しく迎えてくれるはずだ。
さっきまで、あんなに笑ってくれていたのだから。
「お、おまえさん……」
その声は、裏返っていた。
「そ、そんなこと、出来るはずなかろう……」
頭を上げると
村長は、信じられないものを見る目で、あたしを見ていた。
――やっぱり
胸の奥が、また冷えていく。
ただ、働くだけじゃ、駄目。
女の子しかいない。
その意味は、きっと、一つしかない。
あたしは
覚悟を決めた。




