第十一話 月夜の里5~里の掟~
「あの、お願いします」
あたしは、もう一度頭を下げた。
「本当に、何でもします。掃除でも、洗濯でも、畑でも、重い物を運ぶのでも。あたし、工場でずっと働いてました。だから、その、体力には、自信があるんです……なんなら、マッサージだって……頑張ります」
「いや、それは嬉しいが、そういうことではなくての」
「お願いします!」
声が大きくなった。
「その代わり、妹のひまりには、普通の仕事をさせてあげてください」
隣で、ひまりが息を飲む気配がした。
「お姉ちゃん……?」
「この子はまだ小さいんです。だから、あたしがこの子の分まで働きます。寝る時間も、ご飯も少なくていいです。だから、どうか――」
「やめ、やめえ!」
村長が慌てて手を振った。
「そんな訳にいかんわ! お主ら姉妹共々な!」
そんな――
頭の中が、真っ白になった。
やっぱり
やっぱり、食べるんじゃなかった。
大人なんて、信じるんじゃなかった。
「私も!」
ひまりが、隣で頭を下げていた。
「私も、ちゃんと働きますから!」
「ひまりは黙ってて!」
ひまりの肩がびくっと震える。
思わず、きつい声が出ていた。
チクリと、胸が痛んだ。
けど、今は――
更に深く、腰を曲げた。
「お願いします、村長さん。あたしが、この子の分までしっかり働きますから!……本当に、何でも、しますから!」
「お姉ちゃん! やだよ、私も働く!」
「ひまりは解ってない!」
ひまりは、まだきっと、その意味を理解していない。
「お主ら、いい加減に――」
村長が言い掛けた、その時だった。
「おんどりゃあああ!!」
背後から、猛獣のような声が響いた。
聞き覚えのある、恐ろしい声に
びくん、と身体が跳ねた。
村長の顔から、みるみる血の気が引き
ガタガタと、杖を持つ手も震えだす。
「おのれら、この里で労働しようちゅうんか!?」
振り返ると
そこにいたのは、さっきのライオンと虎だった。
虎が鋭い牙で怒鳴った。
「おまん等、労働禁止法も知らんちゅうがか!?」
「……え?」
ろうどう、きんしほう??
村長が、あたし達の間に入った。
「ガンテツ、ダイクン、この子達は、ここに来たばかりで何も――」
「おのれは、すっこんどれ!!」
「やっぱり人間は信用出来ん是よ!!」
あっさりと跳ね除けられる村長。
「あ、あの」
あたしは、顔を引きつらせながら言った。
「それって、あの……労働基準法のこと、ですか……?」
ライオンと虎は、ゆっくりと顔を見合わせ
シンと
広場が静まり返った。
もしかして
虎の尾を踏んだ?
ライオンが、空に向かって雄たけびを上げた。
「ヨル! 出てこいや、ヨル!」
虎も続けて咆哮する。
「おまん、こん小娘共に、どげん説明したがか!?」
ヨル?
ひまりの言っていた少年だよね?
「あ、あの……」
ひまりが、ライオンと虎の前に立っていた。
「ひまり、ダメ!!」
咄嗟に、ひまりに抱き付き、覆い隠す。
「ああ!?」
「なんじゃい!?」
近付く、野獣のような二つの顔。
「こ、これ、ヨルくんが貼ってて……」
ひまりが震える手で紙切れを差し出した。
ライオンが髭をなぞる。
「おお、流石ヨルじゃ、ええ絵じゃのぉ」
虎も、うんうんと頷く。
「ほうじゃのぉ、暖かい絵じゃき」
え?
あたしは、それをそっと覗き見た。
……
それは
人と動物達が手を繋ぎ、笑顔になっている……少し、アレな絵だった。
まあ、でも、なんだか暖かいのは解り実が深いかもしれない。
和んだのも一瞬、すぐさま怒鳴り声が響いた。
「おんどりゃ! どこにも労働せいなんぞ書いとらんがな!」
「こんむすめども、一体何を考えちょるんじゃ!?」
そりゃ、勧誘するのに、そんな事書かないでしょ!
拳を鳴らし、迫るライオンと虎
咄嗟にひまりを抱き締めた。
その時だった。
「何してるの!?」
凛とした、女性の声が響いた。
誰もが、その声に注目する。
「もう、ダメじゃない!二人を怖がらせちゃ!」
そこにいたのは、落ち着いた雰囲気のお姉さんだった。
ただし
耳と、尻尾があった。
「つむぎさん!」
ひまりの目が、ぱあっと明るくなる。
「ごめんねひまり、もう、大丈夫だからね」
この人が、つむぎ……?
「つむぎは黙っとれ! どう考えてもこいつらが悪じゃろが!」
「ほうじゃ、人間を付け上がらせると碌な事にならんきに!」
女性は、野獣の剣幕に一歩も引かず、あたし達の間に割って入った。
「いいからもう、正座!」
そんな、ライオンと虎が正座なんてするはずが――
「はぁ!?まあええがな!」
「しゃあないのぉ」
大人しく膝を折るライオンと虎。
……つむぎさん?
「もう、二人には近づかないでって、あれ程言っておいたのに」
「近付いちょらせん、こん娘からきたんじゃ。なあ、ダイクン」
「ほうじゃ、ワシ等見回りしよっただけぜよ。のお、ガンテツ」
「もう、言い訳しない!」
「おんどりゃ、ワシャ言い訳なんぞしとらんわい!」
ブチ切れるライオンに対して、虎が豪快に笑い出した。
「ダッハッハ! まだまだ青いのうガンテツ。やっぱオイが兄貴是よ!」
「なんじゃと!?」
「兄たるモンは、どんな言い訳もせんもん是よ。オイらがこん娘共を怖がらせたんは事実、違うか?」
「……た、確かに、じゃがな……兄はワシじゃ、ぼけえええ!!」
「ああ!?」
取っ組み合いを始めるライオンと虎。
つむぎさんはため息を付くと、あたし達を見た。
「大丈夫?ごめんなさいね。二人には、後でちゃんと言っておくから」
「は、はぁ……」
「本当、悪く思わないでね、あの二人ああ見てすごくいいねこなのよ?」
ねこ?
ライオンと虎がねこ?
「つむぎさんっ!」
ひまりが、つむぎさんに飛びついた。
「よしよし、怖かったね。もう、大丈夫よ、ひまり」
ひまりを抱きとめ、頭を撫でるつむぎさん。
妙な、感じだった。
その姿も、声も、初めてのはずなのに
どこか、懐かしいのだ。
チクリと、嫌な予感が駆け巡る。
それでも――
あたしは、頭を下げた。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
「いいのよ、本当に、悪いのは、あの子達なんだから」
ライオンと虎を、あの子達扱い……
この人、もしかしてルナって人よりも、恐ろしいのでは……
あたしは、恐る恐る尋ねた。
「あの、それで……おかあさんは、どこに?」
「あら、ひまりから聞いていないの?おかあ様はね――」
「病気、なんですよね?」
「ええ、そうよ」
「本当に? あたし、昨日、お母さんに逢ってるんですけど?」
「え、そんなはず……」
慌てる様子は全くない。
ただ、困っているといった感じだ。
あたしの予感は、確信になりつつあった。
「もしかして」と、つむぎさんは言いづらそうに切り出した。
――その内容はこうだった。
「あら、起きたの?」
「おかあ、さん……」
「ごめんなさい、お母さまではないけれど、これ、食べれそう?」
おじやの乗ったスプーンを近付けるつむぎ。
「美味しいよ、おかあさん」
―――
「なんてことがあったのだけれど……もしかして、私の事……」
それは
あたしが望んだ展開だった。
全ては、自分の勘違い。
それが、何よりの
ハズだった――
でも
穴があったら入りたい!
そう、思わずにはいられなかった。
―――
「つむぎさん、本当に、すみませんでした」
「本当にもう、気にしなくていいのよ」
あの後、何度となく彼女に頭を下げていた。
「それにね」
「はい……」
「私達はもう、家族なんだから、本当に私の事をお母さんだと思ってくれてもいいのよ?」
後光が射して見えた。
そして、あたし達はお母さんの様子を見に行くことになったのだ。
そこは、さっきのエレベーターの反対側
一番奥の金属の扉だった。
そして
引き戸でも、開閉でもなく
その扉は
上と下に開いた。
……相当、悪戯好きな人が造ったのかもしれない。
ガラス張りの向こうには――
眠っている母の姿。
「お母さん!」
張り付くひまり。
だけど
あたしはほっとしていた。
本当に全部、現実の事だと、これではっきりと解かったから。
でも、母は相変わらず、苦しそうだった。
「心配するな。今、ヨルが薬の材料を集めている」
そこに居たのは、黒髪の美しい女性だった。
……今更驚きはしないけど
耳と尻尾が普通にあって
普通に動いている。
「ヨルくんが?」
訪ねたのは、ひまりだった。
ヨル
世界征服を企む少年
一体、どんな子なんだろう?
ていうか
一体、どうやって世界征服するつもりなんだろう?
ガラスの向こうで、母の胸が小さく上下している。
世界征服
その言葉は、怖いものだと思っていた。
悪い大人達が使う、汚い言葉だと。
だけど
もし、その世界征服がお母さんを助けてくれて
ひまりを笑顔にしてくれて
あたし達に、ご飯を食べていいと言ってくれるものなら――
少しだけ
ほんの少しだけ
その世界を、見てみたいと思ってしまった。




