95話 続いていく
十二月になった。
冬が本格的になった。
ルシェムの霜が、厚くなった。
朝、窓を開けると、白い息が出た。
エリナは毎朝、台所の窓を開けた。
今日の空気を確認した。
今日も、冬の空気だった。
それが、当たり前になっていた。
当たり前になったことが、続いていることだと、今は知っていた。
レインが学院に帰って、一週間が経っていた。
手紙が届いた。
エリナへ
帰ってきた。
学院の石畳は、今日も霜が降りていた。朝、歩きながら、今年もエリナと一緒に歩いた、と思った。
それが、今年の霜の石畳の重みだと思う。来年も、一緒に歩く。その積み重ねが、続くことだと思っている。
一つだけ、今日感じたことを届けたい。
図書室に行った。いつもの席に座った。光がいつも通り入ってきた。でも、少し違った。
なぜ違うかを考えた。
エリナが、この光を見たから、かもしれない。一緒に見たから、自分一人で見る時も、一緒に見ている感じがする。
それが、続けることで起きることだと思う。
手紙を書く。
――レイン――
エリナはレインの手紙を読んで、少しだけ目を閉じた。
一緒に見たから、自分一人で見る時も、一緒に見ている感じがする。
それが、続けることで起きること。
開けた。
レインへ
「一緒に見たから、一人で見る時も一緒に見ている感じがする」という言葉を受け取りました。
私も、同じです。今朝、ルシェムの霜を見た時、学院の石畳を思い出しました。一緒に歩いたから、一人で見る霜の中に、あなたがいます。
それが、続けることで起きることですね。
来年の冬も、一緒に歩きます。約束しました。それが、今から楽しみです。
農地の年末報告を、来週ベルトとルナがまとめます。来年の計画が、少し見えてきそうです。
――エリナ――
その週、ダリウスから手紙が来た。
エリナ・アッシュフォード殿へ
名誉回復について、最終的な決定が年明けになる見込みだ。委員会の審議が、最終段階に入っている。
もう少しだ。
それと、地方の学校三カ所への衛生教育の展開が、来年四月から正式に始まることが決まった。フィオナ殿が現場の確認に行く予定と聞いている。
二つ目の提案も、形になってきた。
三つ目の提案は、決定が出てから、また話す。
――ダリウス・クロヴェル――
エリナはゴードンを呼んだ。
「年明けに、名誉回復の決定が出る見込みです。記録の準備をしておいてください」
「わかりました。どういう形で決定が出るか、事前に確認しておきます」
「よろしくお願いします」
「一点だけ」
「何ですか?」
「これが決まった時、どういう形でセレーナさんに伝えますか?」
エリナは少しだけ考えた。
「正式な書類が届いた時に、一緒に読む。それが、一番いい形だと思います」
「そうですね。一緒に読む。それが、届けることになる」
フィオナに伝えた。
「地方の学校への展開が、来年四月から正式に始まることが決まりました」
「そう。「四月から、動く」
「準備はできていますか?」
「できている。三カ所の場所は、もう確認してある。どういう規模の学校か、何が必要かも、ある程度わかっている」
「さすがですね」
「王都で動いてきた七年間の積み重ねだ。情報を集めることが、自分の仕事だと思ってきた。それが、こういう時に使える」
「フィオナがルシェムに拠点を作ってくれたことが、こういう時に活きていますね。帰ってくる場所があるから、遠くに行ける」
「そうだな。あなたから聞いた言葉が、今の自分を動かしている」
「私から聞いた、というより、フィオナが自分で見つけた言葉だと思います」
「そういうことを言うんだよな、あなたは。でも、今日は受け取っておく」
マリオに、全体の状況を話した。
「年明けに名誉回復が決まりそうで、地方の学校への展開も始まる。農地の薬草も来年から本格的になる」
「全部が動いているな」
「そうですね」
「七年前、豆のペーストを食べた時には、想像もしていなかった」
「毎年、同じことを言いますね」
「毎年、本当のことだから言う。で、お前は?」
「私は、ですか」
「全部が動いている中で、お前自身は、どうだ」
エリナは少しだけ考えた。
「動いていると思います。全部と一緒に」
「全部と一緒に、か。それがお前らしい答えだな」
「そうですか」
「自分だけが動いているとは言わない。全部と一緒に、と言う。それが、お前のやり方だ。最初からそうだった」
「そうでしたか」
「そうだよ。最初に豆のペーストを食べた時、お前は一人じゃなくて、みんなと一緒にやろうとしていた。あの頃から変わっていない」
ルナとベルトが、年末の農地報告書をまとめた。
エリナがゴードンと一緒に読んだ。
「一年目の結果です」
エリナが報告書を読んだ。
三種類のうち、二種類は順調に育っていた。腐葉土を混ぜた効果が出て、一種類の育ちも改善していた。
「来年から、試験栽培の規模を少し広げられそうです」
「そうですね。供給が安定すれば、今まで量が足りなかった薬草も、届けられるようになります」
「ベルトとルナの一年間の積み重ねが、この数字になりました」
「そうです。数字の奥に、二人の仕事がある」
ルナに報告書の結果を伝えた。
「一年目、よくやってくれました」
「思っていたより良かった」
「そうですか」
「最初は、農地で育つかどうか、自信がなかった。でも、ベルトが山の知識を持ってきてくれた。それで、うまくいった」
「ベルトさんがいてくれたから、ですね」
「そう。一人でやっていたら、腐葉土の話に気づかなかった。一緒にやったから、わかった」
「一緒にやること、ですね」
「一人でできることと、一緒でできることが、違う。どちらが大事かではなく、両方が必要だ」
ベルトが横で聞いていた。
「来年は、もう少し広げられる」
「どのくらい広げますか」
「慎重に、急がない」
「ルナの言葉ですね」
「ルナから学んだ」
ルナが少しだけ、口の端を動かした。
年末の夜、全員で夕食を食べた。
セレーナ、マリオ、ルナ、ゴードン、フィオナ、ベルト、エリナ。
レインは学院にいた。
でも、いつも手紙の中にいた。
マリオが言った。
「今年も、一年が終わる」
「そうですね」
「今年は、どんな年だったか、一人ずつ言ってみるか」
「面白いですね。マリオから」
「俺から?」
マリオが少し考えた。
「今年は、レインとエリナが、大事なことを言えた年だった」
「なぜそれを知っているんですか?」
「わかる。顔を見ていれば」
「ゴードンさんは」
エリナが言った。
「今年は、数字が積み上がった年でした。供給が二十三の町に広がり、農地の記録が始まり、名誉回復の審議の記録が積み上がった」
「ルナは」
「良い薬草が育った年。新しい薬草が四十二件以上の事例で効果を示した。農地の試みが、一年目でここまで来た」
「ベルトさんは」
「慣れた年」
「慣れた、ですか」
マリオが笑った。
「この場所に、慣れた。それが、今年一番大事なことだった」
「フィオナは」
「来年の準備をした年。地方の学校への展開が始まる。ダリウスとの連携が形になってきた。帰ってくる場所がある、ということが、どういうことかが、今年完全にわかった」
「お母さんは」
「エリナが十六歳になった年。それだけでいい。それが、今年一番大事なことだった」
エリナは少しだけ、セレーナを見た。
「お母さんらしいですね」
「そうよ。あなたは?」
「私は」
エリナが少し考えた。
「続けてきたことが、形になってきた年でした」
「それだけ?」
マリオが言った。
「それが、全部です。続けてきたことが、形になった。農地が動いた。名誉回復が動いた。言えなかった言葉が言えた。全部が、続けてきたことの形になった年でした」
食事が終わった後、フィオナとエリナが台所に残った。
「今年を振り返って、一つだけ言っていいか」
「どうぞ」
「七年前、最初にルシェムに来た時、エリナがこう言った『フィオナは、いつか帰ってくる場所ができると思います』と」
「言いましたか」
「言った。その言葉が、今年完全に本当になった」
「気づいたらそうなっていた、という形で」
「そう。気づいたらそうなっていた。でも、なるためには、来続けなければならなかった。来続けたから、なった」
「続けることで、なった」
「そう。あなたがここにいたから、来ることができた。来続けたから、ここが帰ってくる場所になった。その繋がりが、今年はっきりした気がする」
その夜、エリナは机に向かった。
レインへの手紙を書いた。
レインへ
今年の最後の手紙を書きます。
今年は、続けてきたことが形になった年でした。農地が動いた。名誉回復が動いた。言えなかった言葉が言えた。フィオナが、帰ってくる場所が完全にわかった年だったと言っていました。
今夜、みんなで今年を振り返りました。全員が、違う言葉で、でも同じ方向のことを言っていました。
あなたも、その言葉の中にいます。ここにはいなかったけれど、続けてきた一人だから。
来年も、手紙を書きます。来年の冬に、また霜の石畳を歩きます。約束しました。
それが、来年を楽しみにしている理由の一つです。
今年も、ありがとうございました。
続けることが繋がることかもしれない、という言葉を、最初に考えてから、何年も経ちました。でも、今もそうだと思っています。
来年も、続けます。
――エリナ――
書いて、封をした。
「来年も、続けます」という最後の一行を、書いてから少しだけ見た。
毎年、同じことを言っている気がした。
でも、毎年本当のことだった。
だから、また言った。
机の引き出しを開けた。
レインからの手紙が、全部入っていた。
九歳から十六歳まで、七年分の手紙。
一枚も、捨てていなかった。
今年届いた手紙が、今年分として積み上がっていた。
来年も、また積み上がっていく。
引き出しを閉めた。
ランプを吹き消した。
冬の夜が、窓の外にあった。
霜が、また降りているかもしれなかった。
明日の朝、窓を開けて確認する。
それが、変わらない習慣だった。
来年も、窓を開ける。
来年も、手紙を書く。
来年も、霜の石畳を歩く。
全部が、続いていく。
エリナ・アッシュフォード、十六歳。
今年も、続けた。
来年も、続ける。
それが今夜、一番確かなことだった。
そして、それだけで十分だった。
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