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灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える  作者: 白石マサル


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81話 波紋と、それぞれの反応

 ダリウスが帰った翌日から、波紋が広がり始めた。

 エリナが速達を出した二通の手紙が、それぞれの場所に届いた。

 最初に返事が来たのは、フィオナからだった。

 翌日の夕方に届いた。


 エリナへ


 読んだ。

 三回読んだ。

 クロヴェル家の方針転換が、書類として残る形で決まった、ということの意味を、少し整理している。

 王都での影響を、正直に書く。

 これは、宮廷の空気を大きく変える可能性がある。クロヴェルは、長年、魔法省の実質的な黒幕だった。その家が方針を変えれば、魔法省内の力の均衡が変わる。クロヴェルを後ろ盾にしていた人間が、判断を変えなければならなくなる。

 一緒に動く、という提案は、正しいと思う。でも、慎重に進める必要がある。ダリウスが変わったとしても、クロヴェル家の全員が変わったわけではない。書類として残る方針でも、実際の行動が伴うかどうかは、これから見ていく必要がある。

 私は、王都で動きを見続ける。何かあれば、すぐに連絡する。

 それと、エリナ。

 今日、少し泣いた。理由は、うまく言葉にできない。でも、長い時間がかかったことが、形になった、という感覚があって。


                                     ――フィオナ――


 エリナはフィオナの手紙を読んで、最後の数行を少しだけ見た。


 少し泣いた。


 フィオナが、そういうことを書いた。


 フィオナへ


 手紙を読んだ。慎重に進めることが正しいと、私も思っています。書類になっても、実際の行動が伴うかどうかを、引き続き見ていく必要がある。あなたが王都で動き続けてくれることが、一番大事です。

「少し泣いた」という言葉を受け取りました。うまく言葉にできないと書いてくれた。それで十分です。

 私は、泣かなかった。でも、眠れなかった。それが、私の反応だったと思います。


                                    ――エリナ――


 レインからの返事は、三日後に来た。


 エリナへ


「見えてきた気がします」という言葉を受け取った。

 師匠に、今日の話をした。師匠は少しだけ黙ってから、「そうか」と言った。それだけだった。でも、師匠が「そうか」と言う時は、受け取った、という意味だとわかっている。

 一つ、学院側から報告する。

 先週、魔法省の新副長官から、学院に連絡があった。衛生教育の拡張について、魔法省として正式に支援することを、文書で確認したいとのことだった。

 これは、ダリウスの動きと、タイミングが近い。偶然ではないかもしれない。

 クロヴェル家が方針を変えたことで、魔法省内の空気が変わってきているのかもしれない。フィオナが言っていたことが、学院にまで届いてきている。

『父の改革案が形になろうとしている』という言葉。

 俺も、そう感じている。

 来年の冬、また行く。その時に、もっと話せると思う。


                                     ――レイン――


 エリナはレインの手紙を読んで、「俺も、そう感じている」という一行を少しだけ見た。

 別々の場所で、同じことを感じている。

 それが、今という時間だった。

 ゴードンに、フィオナとレインの手紙の内容を共有した。


「魔法省が正式な文書で支援を確認したいと言ってきた、という話は、大事な動きですね」

「そうです。ダリウスの動きと連動している可能性があります」

「書類として残る形で物事が動くことが、続いています。クロヴェル家の方針転換が書類になった。魔法省の支援が文書になる。こういう積み重ねが、後から覆しにくくなる」

「記録は、消えない」

「そうです。今、私たちがやるべきことは、この動きをきちんと記録しておくことです。何がいつ起きたかを、正確に」

「お願いします」

「もう始めています。ダリウス殿が来た日の記録も、すでに書き始めました」


 マリオに、状況を共有した。


「要するに、クロヴェルが降りた、ということか」

「降りた、というより、方向を変えた」

「どう違うんだ?」

「降りたのなら、関係が終わる。方向を変えたのなら、これから新しい関係になる可能性がある」

「なるほど。じゃあ、敵でなくなった、ということか」

「今は、どちらでもない段階です。でも、一緒に動く可能性が、生まれた」

「一緒に動く。あのダリウスが、一緒に動く。それは、すごいことじゃないか!」

「すごいことだと思います」

「お前が、すごいことだと思う、と言うのは珍しいな」

「そうですか?」

「いつもは、当然のことが形になった、とか言うから」

「今回は、当然とは思っていません。時間がかかった。難しかった。だから、すごいことだと思っています」


 ルナに話すと、一言だけ言った。


「ダリウスは、見てきた人だ」

「見てきた?」

「自分の家が、何をしてきたかを、見てきた。見てきたから、変わろうとしている。見ていない人は、変われない」

「そうかもしれませんね」

「それで十分。見てきた人が、変わろうとしている。それが、一番大事なこと」


 一週間後、アルバ殿下から手紙が来た。


 エリナ殿へ


 クロヴェルの動きについて、父上から聞いた。父上は、「良い方向だ」と言っていた。

 ただ、一つだけ伝えておきたいことがある。

 クロヴェル家の方針転換は、宮廷内でも話題になっている。これを歓迎する立場と、様子を見る立場と、警戒する立場が混在している。

 歓迎する立場は、主に実務派の官僚と、学院側の人間だ。様子を見る立場は、動向を見極めようとしている中間の人間だ。警戒する立場は、これまでクロヴェルと利益を共有していた人間だ。

 警戒する立場の人間が、次の動きを考えている可能性がある。クロヴェルが退いた後の権力の空白を、誰かが埋めようとする動きが出てくるかもしれない。

 エリナ殿、油断しないでほしい。


                              ――アルバ・ヴァルデリア――


 エリナはアルバ殿下の手紙を読んで、ゴードンに見せた。


「権力の空白を埋めようとする動き、ですか」

「殿下が警戒しているということは、具体的な動きがあるということかもしれません」

「クロヴェル以外の誰かが、同じことをしようとする可能性がある」

「そうです。クロヴェルが退いても、構造が変わらなければ意味がない」

「構造を変えるために、何が必要ですか?」

「記録と、数字と、人だと思います。記録は、ゴードンさんが積み上げてくれている。数字は、学院と各町が積み上げてくれている。人は、フィオナが王都で見ていてくれている」

「では、今やるべきことは、その三つを続けることですね」

「そうです。急がない。でも、止まらない」


 フィオナへの返信に、アルバ殿下の手紙の内容を共有した。


 フィオナへ


 アルバ殿下から手紙が来た。権力の空白を埋めようとする動きが出てくる可能性を、警戒してほしいとのこと。

 あなたが一番、そういう動きを把握できる場所にいます。引き続き、見ていてください。

 それと、一つ。フィオナが泣いた話を受け取った後、ずっと考えていた。長い時間がかかったことが形になった、という言葉を、私も同じように感じていたと思います。

 形になったことが、終わりではなく、次の始まりだと思っています。


                                    ――エリナ――


 ダリウスへの手紙も書いた。


 ダリウス様へ


 アルバ殿下から、宮廷内の動きについて連絡を受けました。クロヴェル家の方針転換を受けて、権力の空白を埋めようとする動きが出てくる可能性があるとのことです。

 あなたが、そういう動きについて、何か把握していることがあれば、教えてください。

 一緒に動くことについて、考えてきてくれると言っていました。急がなくていいです。でも、待っています。


                            ――エリナ・アッシュフォード――


 夕方、エリナは作業場の前に立った。

 夏の夕方の光が、西に傾いていた。

 一週間前、ダリウスが来た。

 その一週間で、フィオナから。レインから。ゴードンから。マリオから。ルナから。アルバ殿下から。それぞれの反応が届いた。


 全員が、違う言葉で、同じことを受け取っていた。

 これが、大きな動きだということを、全員が感じていた。

 でも、全員が言っていたことは、同じだった。


 続けること。

 急がないこと。

 見ていること。


 それが、これからも変わらないことだった。

 ルナが作業場から出てきた。


「エリナ」

「何?」

「一つだけ言っていい?」

「どうぞ」

「今、大事なことが動いている」


 ルナが静かに言った。


「そうですね」

「でも、薬草は変わらない」

「どういう意味ですか?」

「大事なことが動いても、薬草は毎日同じように育つ。私は、毎日見る。それは変わらない」

「変わらないことが、大事だということですか?」

「そう。大きなことが動く時ほど、変わらないことが必要だ。変わらないものがあると、動いても戻れる」


 エリナは、その言葉を受け取った。

 変わらないものがあると、動いても戻れる。

 帰ってくる場所がある、という言葉に似ていた。


「ルナ」

「何?」

「それは、今の私に一番必要な言葉でした」

「そう。なら、よかった」


 その夜、エリナはレインへの手紙を書いた。


 レインへ


 一週間で、たくさんの反応が届いた。フィオナが泣いた。あなたが「俺も感じている」と言ってくれた。ゴードンさんが記録を始めた。マリオが「すごいことだ」と言ってくれた。ルナが「変わらないものが必要だ」と言ってくれた。アルバ殿下が警戒を促してくれた。

 全員が、違う言葉で、同じものを受け取っていた。

 でも、全員が言っていたことは同じだった。続けること、急がないこと、見ていること。

 ルナが言いました。「大きなことが動く時ほど、変わらないことが必要だ。変わらないものがあると、動いても戻れる」と。

 あなたがいることが、私にとっての変わらないものの一つです。

 うまく言葉にできないが、あることは確かだ。


                                    ――エリナ――


 書いて、封をした。

 「あなたがいることが、変わらないものの一つです」という一行を、書く前に少し迷った。

 でも、本当のことだから書いた。

 ランプを吹き消した。


 夏の夜が、窓の外にあった。

 虫の声が、にぎやかだった。

 大きなことが動いていた。

 でも、薬草は明日も育つ。

 ルシェムは明日も、ここにある。


 エリナ・アッシュフォード、九歳。


 今日、波紋が広がった。

 でも、変わらないものが、ここにある。

 それが今夜、一番確かなことだった。

読んでいただきありがとうございます。

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