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灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える  作者: 白石マサル


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73/120

73話 年の瀬と、振り返ること

 十二月の終わりになった。

 年の瀬が来ていた。

 ルシェムでは、年末に向けて市場が少し賑やかになった。保存食を買い込む人、来年の準備をする人、家族に会いに遠くから帰ってくる人。

 エリナは毎朝、窓を開けて空気を確認した。

 冷たかった。

 でも、もう冷たいことに慣れていた。

 冬の空気が、当たり前になっていた。

 年末の一週間、エリナはゴードンと一緒に、今年一年の記録を整理した。

 商会の帳簿。各町への供給量。倉庫の稼働状況。学院への供給開始。新しい薬草の供給状況。

 全部を一冊にまとめた。


「今年は、動きが多かった」


 ゴードンが帳簿を見ながら言った。


「そうですね」

「昨年と比べると、供給量が約二倍になっています」

「倉庫が動き始めたから、ですね」

「それだけでなく、各町の需要が増えています。石鹸の使い方が広まったことで、追加で注文してくれる人が増えた」

「子どもが親に教えた、という話がありましたね」

「そういう流れが、数字に出ている。教えてもらった人が、また買いに来る。その繰り返しが、数字を増やしている」

「ゴードンさんは、数字の中に、そういうものが見えますか?」

「見えます。数字は、事実だけでなく、その背後にある動きも見せてくれます。読み方を知っていれば」


 一年の帳簿を見ながら、エリナは今年一年を少し振り返った。

 年明けに、残り三ヶ月だと思っていた。

 最終報告の準備をしていた。

 品質基準を作った。フィオナが王都で動いた。レインが学院で動いた。ダリウスが一票を入れた。


 謁見があった。届いた。


 その後、商会の代表が正式に自分の名前になった。倉庫を使えるようになった。学院の衛生教育が始まった。新しい薬草の供給が始まった。マグダが子どもたちに教える活動を始めた。ジルカのところで漁師の傷が膿まなくなった。

 レインが何度もルシェムに来た。フィオナが何度もルシェムに来た。

 学院に行って、霜の石畳の音を聞いた。

 それが、今年だった。


「ゴードンさん」

「はい」

「一年間、ありがとうございました」

「こちらこそ、今年もよくやれたと思います」

「ゴードンさんが数字を積み上げてくれたから、動けました」

「エリナさんが方向を決めてくれたから、積み上げる数字がありました。どちらも必要でした」

「そうですね」

「来年は、どんな年になりそうですか?」

「予測はできません。でも、続けることが大事だとわかっています」

「続けること」

「今年気づいたことです。続けることが、繋がることかもしれない」

「それは、今年一番大事な気づきかもしれませんね」


 年末に、マリオが事務室に来た。


「なあ、エリナ」

「何?」

「一年を振り返って、どうだったと思う?」

「良かったと思います」

「良かった、か。俺は、すごかったと思う」

「すごかった?」

「いや、一年前にはわからなかったことがたくさんあった。謁見があって、倉庫ができて、学院に石鹸が届いて、お前が学院に行って。一年前には、想像できなかったことが全部起きた」

「そうですね」

「お前は、一年前にこうなると思っていたか?」

「全部は思っていなかった。でも、動いていたらこうなった」

「動いていたら、こうなった、か。それが、お前のやり方だな」

「そうかもしれません」

「俺は、それに付き合ってきた。来年も付き合う」

「ありがとうございます」

「礼はいらないけど、言ってくれると嬉しい」


 ルナに、一年の振り返りを聞いた。


「ルナにとって、今年はどんな年でしたか」

「忙しかった」


 ルナが棚を見ながら言った。


「良い意味で?」

「良い意味で。やることがたくさんあった。それが良かった」

「一番大事だと思うことは何でしたか?」


 ルナが少し考えた。


「新しい薬草。知らなかったものを、知れた」

「シェナと一緒に確認したやつですね」

「そう。急がなかったから、確かめられた。それが、今年一番大事なことだった」

「急がないことが、大事だと」

「そう。植物は、急いでいる人を待ってくれない。でも、ゆっくり見ている人には、いろんなことを教えてくれる」

「植物が、教えてくれる」

「そう。だから、私はゆっくり見る」


 年末の最後の日、セレーナがいつもより手の込んだ夕食を作った。

 全員で食べた。

 セレーナ、マリオ、ルナ、ゴードン、エリナ。

 テーブルに、今年最後の夕食が並んだ。


「今年も、一年が終わります」


 セレーナが言った。


「そうですね」


 エリナが答えた。


「去年の今頃と、比べてどう?」

「去年の今頃、残り三ヶ月、と思っていた頃ですね」

「そうよ」

「今年は、残り三ヶ月という感覚がない。続いている、という感覚があります」

「続いている、というのが、良かったことよね」


 セレーナが穏やかに言った。


「そう思います」

「来年も続く?」

「続きます。続けることが大事だとわかったから」

「それが、今年エリナが変わったことかしら」

「どういう意味ですか?」

「以前のエリナは、次の目標に向かっていた。でも、最近は、続けることそのものが大事だとわかっているように見える」


 エリナは少しだけ、その言葉を考えた。


「そうかもしれません。次の目標もあります。でも、続けることの方が、大事だとわかってきた」

「それが、大人になることかもしれない」


 マリオが言った。


「大人、ですか」

「ゴールを目指すのではなく、道を歩くこと自体が大事だとわかること。誰かに言われた言葉だけど」

「誰に言われたんですか?」

「父ちゃんに。昔、言われた。覚えていたから、使ってみた」

「ハンスさんが、そういうことを言うんですか?」

「たまに、いいことを言う」

「ルナが言っていましたね。たまにいいことを言う人の言葉は重い、と」

「俺のことを言っていた時の話か。父ちゃんもそうかもしれない」


 食事が終わった後、エリナは一人で机に向かった。

 今夜は、手紙ではなく、長いメモを書こうと思った。

 一年間の振り返りを、自分のために書く。


 『今年、起きたこと』


 謁見があって、届いた。商会の代表が正式に自分の名前になった。倉庫が使えるようになった。学院の衛生 教育が始まった。新しい薬草の供給が始まった。マグダさんが子どもたちに教える活動を始めた。ジルカのところで漁師の傷が膿まなくなった。フィオナが何度もルシェムに来た。レインが何度も来た。学院に行って、霜の石畳の音を聞いた。来年の冬も行く約束をした。


『今年、気づいたこと』


 続けることが、繋がることかもしれない。

 目に見えない積み重ねが、力になる。

 正直なやり方が、同じ方向に動く人を集める。

 始まりの場所があると、遠くに行ける。

 届けたいと思うことが、増えた。


『今年、変わったこと』


「悪くない」という言葉を使うようになった。感覚を言葉にするようになった。整理できないことを、整理しなくていいと思えるようになった。「よかった」と言えるようになった。

 言えなかった言葉が、言えるようになった。

「あなたといる時間が、好きです」と言えた。

 最後の一行を書いて、少しだけ見た。

 今年、一番大きく変わったことかもしれない。

 言えなかった言葉が、言えるようになった。


 書いて、引き出しに入れた。

 机の引き出しを開けた。

 今年届いたレインからの手紙が、全部入っていた。

 一枚ずつ、順番に見た。

 最初の手紙は、消毒液の件だった。

 次の手紙は、学院のデータの話だった。

 その次は、「一年後の約束」が最初に出てきた手紙だった。

 それから、重い時は重いと言っていいと書いた手紙。楽しみにしていると書いた手紙。覚えているという一枚の手紙。お前のことが大事だと書いた手紙。来年も来てほしいと書いた手紙。


 全部、ある。

 引き出しを閉めた。

 今年、これだけの手紙をもらった。

 来年も、届くだろう。

 レインへの手紙を書いた。


 レインへ


 今年最後の手紙を書きます。

 一年間、手紙を書いてくれてありがとうございました。全部、引き出しの中にあります。一枚も、捨てていません。

 今年を振り返って、一番大事だと思ったことを届けます。

 今年、言えなかった言葉が言えるようになりました。それが、今年一番変わったことだと思っています。

 続けることが繋がることかもしれない、という言葉は、あなたと手紙を書き続けた一年だったから、気づけたと思っています。

 来年も、手紙を書き続けます。来年の冬に、また行きます。霜の石畳の音を、また聞きます。

 来年も、よろしくお願いします。

 

                                    ――エリナ――


 フィオナへの手紙も書いた。


 フィオナへ


 今年最後の手紙を書きます。

 今年一年、ありがとうございました。王都で動いてくれて、何度もルシェムに来てくれて、正直な言葉を届けてくれた。全部、大事でした。

 今年、一番大事だと思ったことを一つ。続けることが、繋がることかもしれない。

 フィオナが、来た、の中に帰ってきた、が少し混じってきたと言っていた。それが、続けたことで起きたことだと思います。

 春に来てください。待っています。


                                     ――エリナ――


 二通の封筒を並べた。


 レインへ。フィオナへ。


 来年も、この二人に手紙を書く。

 それは、確かだ。

 ランプを吹き消した。

 年の瀬の夜が、窓の外にあった。

 冷たくて、静かだった。

 今年が、終わろうとしていた。

 来年が、来ようとしていた。

 どちらも、同じ夜の中にあった。


 エリナ・アッシュフォード、八歳。


 今年、言えなかった言葉が言えるようになった。

 それが今夜、一番大事なことだった。

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