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灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える  作者: 白石マサル


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71話 冬のルシェムと、届く手紙

 十二月になった。

 ルシェムに、本格的な冬が来た。

 朝の窓を開けると、息が白くなった。

 霜が降りることもあった。

 でも、学院の石畳ほどではなかった。

 ルシェムの霜は、薄くて、少しはかなかった。

 朝のうちに溶けてしまう。


 でも、あった。


 エリナは毎朝、その薄い霜を見て、少し思い出した。

 学院の石畳の音を。

 十二月になってから、手紙が増えた。

 レインから。フィオナから。マグダから。シェナから。ジルカから。ダリウスから。

 それぞれが、年末に向けた動きを届けてくれた。

 レインからの最初の手紙が、帰ってきてから一週間後に届いた。


 エリナへ


「遠くに行ったから、帰ってくる場所がわかった」という言葉を、何度か読んだ。

 俺も、同じかもしれない。孤児院を出て学院に来た時、初めて帰ってくる場所、という感覚がわかった。出たことで、わかった。

 お前が来てくれてから、図書室の感じが少し変わった。前に書いた通り、いつもより綺麗に見える時がある。それが続いている。

 なぜそうなるかを考えた。たぶん、お前がそこで見ていたことを、俺も知っているから、一緒に見ている感じがするのかもしれない。

 うまく言葉にできないが、あることは確かだ。

 来年の冬を、楽しみにしている。

 それまで、手紙を書き続ける。


                                      ――レイン――


 エリナは「一緒に見ている感じがする」という一行を、少しだけ見た。

 別々の場所にいるのに、一緒に見ている。

 それは、手紙というものの形かもしれない。


 レインへ


「一緒に見ている感じがする」という言葉を受け取りました。

 私も、ルシェムで霜を見る時、学院の石畳を思い出します。薄くてはかない霜ですが、あの音を思い出します。

 別々の場所にいるのに、同じものを見ている。それが、手紙というものかもしれない、と思いました。

 こちらは、冬になりました。倉庫の稼働が、順調に進んでいます。ルナが薬草の冬の保管を、完璧に管理してくれています。

 マリオが先日、「エリナが学院から帰ってきてから、少し違う」と言っていました。どう違うかは、うまく説明できないと言っていました。

 私も、自分ではわかりません。でも、何かが変わったかもしれない、とは思っています。


                                     ――エリナ――


 フィオナから手紙が来た。


 エリナへ


「思っていたより綺麗だった」「本当だと確かめられた」という言葉を受け取った。

 それが答えだと思う。

 ところで、一つ報告がある。

 来週、ルシェムに行く。今回は、少し長くいるつもりだ。二週間か、もう少し。

 王都での仕事が、一段落してきた。ダリウスが方針を変えつつあって、宮廷の空気が落ち着いてきている。私がずっと張り付いている必要がある状況ではなくなってきた。

 ルシェムで、少し、ゆっくりしたい。

 マリオに伝えておいてほしい。部屋を用意してくれるよう。


                                    ――フィオナ――


 

「マリオ」

「何だ」

「フィオナが来週来ます。二週間か、もう少し」

 

 マリオが少しだけ、動かなかった。


「二週間か」

「そうです」

「そうか。じゃあ、部屋をちゃんと準備する」

「前回より長いから、使いやすいように」

「わかった。他に、何か準備することはあるか」

「フィオナが、ゆっくりしたいと言っていました」

「ゆっくり、か」


 マリオが少し考えた。


「では、俺は騒がしくしないようにする」

「マリオが騒がしくしないのは、難しいですか」

「難しい」


 マリオが正直に言った。


「でも、やってみる」

「フィオナは、騒がしくなくてもいいと思います。マリオがいることが大事だから」

「そうか」


 マリオが少し照れた顔をした。


「そういうこと、さらっと言うな」

「本当のことだから」


 マグダから手紙が来た。


 エリナちゃん、元気かい。


 ヴァロウの子どもたちへの活動、始まった。先月から、学校で月に一回、石鹸の使い方を教えている。先生が一緒にやってくれて、子どもたちが楽しそうにやっている。

 一つ、面白いことがあった。授業の後、子どもが家に帰って、親に教えたらしい。子どもが親に教える、という逆転が起きた。

 それが、一番いいことかもしれないと思った。


                                      ――マグダ――


 エリナは手紙を読んで、少しだけ目を細めた。

 子どもが親に教える。

 逆転が起きた。

 それを、マグダが「一番いいことかもしれない」と書いた。


 マグダさんへ


 子どもが親に教える、という話を読んで、少しだけ止まりました。

 それは、確かに一番いいことかもしれません。上から下に伝わるだけでなく、下から上にも伝わる。どちらの方向にも動ける知識が、一番強い知識です。

 マグダさんが始めてくれた活動が、そういう形になっている。ありがとうございます。


                                     ――エリナ――


 シェナから手紙が来た。


 エリナ殿へ


 新しい薬草の供給が始まって、一ヶ月が経ちました。最初の報告をします。

 キーシュとヴァロウで、試験的に使用してもらいました。長引く咳への効果について、三件の事例で良い結果が出ています。副作用は、今のところ確認されていません。

 ルナさんと話して、来月から供給量を少し増やすことにしました。

 急がないで確かめてきたことが、少しずつ形になっています。


                                    ――シェナ――


 ルナを呼んで、シェナの手紙を共有した。


「三件で効果が確認された」

「少ない」

「少ない?」

「三件では、まだ少ない。でも、良い始まり。急がない。もっと集める」

「来月から量を増やすのは、問題ありませんか?」

「問題ない。でも、記録を続けてもらうようにシェナに伝えてほしい。副作用が出た時に、すぐ教えてもらう必要がある」

「伝えます」

「それと、レインの師匠にも、三件の事例を送ってほしい。学院側でも記録を増やしてもらう」

「そうします」


 ジルカから手紙が来た。


 エリナ殿へ


消毒液の供給を増やしてから、二ヶ月が経ちました。報告します。

漁師たちの間で、傷の化膿が減ってきています。全員ではありませんが、使っている人たちの中では、明らかに変化があります。

一人の漁師が言っていました。「これまで、冬になると必ず傷が膿んだ。今年は、まだ膿んでいない」と。

その言葉を、そのまま届けたいと思って、書きました。


                                     ――ジルカ――


 エリナはジルカの手紙を読んで、少しだけ目が熱くなった。

 冬になると必ず傷が膿んだ。今年は、まだ膿んでいない。

 その言葉が、数字よりも重かった。


 ジルカさんへ


漁師の方の言葉を、そのまま届けてくれてありがとうございます。

数字も大事ですが、こういう言葉も大事です。数字の奥に、こういう言葉がある。それを知っていると、続けられます。

来年も、続けましょう。


                                     ――エリナ――


 ダリウスから手紙が来た。


 エリナ・アッシュフォード殿へ


 倉庫の賃貸の書類が整った。ゴードン殿から確認が取れた。正式に動き始めている。

 一つ、近況を書く。

 クロヴェル家として、来年の方針を、少しずつ決めてきた。具体的なことは、まだ言えない部分もある。でも、一つだけ言える。

 商会の邪魔を、しない。それだけは、確実だ。

 それ以上のことが言えるようになったら、また書く。


                              ――ダリウス・クロヴェル――


 ダリウス様へ


 書類の件、ありがとうございます。

 商会の邪魔をしない、という言葉を受け取りました。

 それだけで、十分です。

 それ以上のことが言えるようになったら、教えてください。待ちます。


                            ――エリナ・アッシュフォード――


 夜、エリナは机に向かって、今月届いた手紙のことを少し考えた。


 レイン、フィオナ、マグダ、シェナ、ジルカ、ダリウス。


 六人が、六つの場所から届けてくれた。

 内容は全部違った。

 でも、全部が同じ方向に向かっている気がした。

 続けていること。

 動いていること。

 それぞれの場所で、それぞれのやり方で、続けている。

 エリナは短いメモを書いた。


 十二月。手紙が届いた。

 子どもが親に教えた。漁師の傷が膿まなかった。図書室がいつもより綺麗に見える。倉庫が動いている。邪魔をしない、と言ってくれた。

 全部、別々のことだ。でも、全部繋がっている。

 続けることが、繋がることかもしれない。


 書いて、引き出しに入れた。

 ランプを吹き消した。

 冬のルシェムの夜が、窓の外にあった。

 静かで、冷たかった。

 でも、布団は温かかった。

 来週、フィオナが来る。

 レインが来年の冬を楽しみにしている。

 手紙が届き続けている。


 エリナ・アッシュフォード、八歳。


 今日、六通の手紙のことを考えた。

 続けることが、繋がることかもしれない。

 それが今夜、一番確かなことだった。

読んでいただきありがとうございます。

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