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灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える  作者: 白石マサル


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34/37

34話 三つの手紙と、ダリウスの選択

明日から作品タイトルを変更します。

『灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える』

こちらに変更しますので、お間違えにお気をつけてください(-_-)

 三日後の朝、三通の返事が同じ日に届いた。

 フィオナから。ベルダンから。レインから。

 エリナは封筒を三つ並べて、少しだけ見た。

 順番を考えた。

 報告書として読むべきものから先に読む。それが合理的だ。

 フィオナ、ベルダン、レインの順で開けた。


 フィオナの手紙は、二枚だった。


 エリナへ

 

 師匠の発言の件、アルバ殿下に確認した。殿下は「学院の代表として正式に発言する形を作れる」と言った。ただし、事前に発言内容の骨子を殿下に共有する必要がある。王宮の場での発言は、完全な自由ではない。でも、発言できることは確かだ。

 これは大きい。学院の人間が王宮で直接話すことで、「一地方の話だ」という反論を封じられる。

 ベルダンへの打診、良い判断だと思う。民間の商会が持つ記録は、クロヴェルが直接コントロールできない。それが重要だ。

 それと、「あなたがいてくれることがどれだけ大きいかわからなくなってきた」と書いてくれた。

 私も同じことを思っている。王都に来て、一人で動いていて、正直に言えば、孤独を感じることもある。でも、あなたたちがルシェムで動いているのを手紙で知るたびに、それが消える。

 だから、ありがとう。こちらこそ。

 

 追伸。ダリウスの動きに、変化がある。別紙に書いた。

 

                                         ――フィオナ――


 別紙を開けた。


 ダリウスについて。

 今週、ダリウスが私に直接会いに来た。

 父親の動きを、教えてくれた。

 内容は以下。

 クロヴェル侯爵が、最終報告の場を「無効化」しようとしている。具体的には、報告の場そのものを開かせないよう、国王への働きかけを強めている。「一年の任を与えたのは軽率だった」「アッシュフォード商会への肩入れは王権の公平性を損なう」という論理で、陛下に圧力をかけているらしい。

 ダリウスは「これ以上は言えない」と言ってその場を離れた。父親に知られると、立場がなくなると判断したのだと思う。

 でも、来てくれた。教えてくれた。

 それだけで、今は十分だと思っている。

 対策が必要。今夜中に考える。

 

                                         ――フィオナ――


 エリナはフィオナの別紙を、三度読んだ。

 最終報告の場を開かせない。

 『一年の任を与えたのは軽率だった』という論理で、陛下に圧力をかけている。

 エリナは少しだけ、目を閉じた。

 想定していなかった、とは言えない。

 クロヴェルが最終報告を恐れているなら、報告の場そのものを消そうとするのは、論理的な手段だ。

 でも、想定していたより、早く来た。

 残り四ヶ月で、すでにこの手が来た。

 目を開けた。

 ベルダンの手紙とレインの手紙は、後で読む。まず、フィオナへの返事を書いてから判断する。

 エリナはゴードンを呼んだ。


「フィオナから緊急の情報が来ました」

 

 ゴードンに別紙を見せた。

 ゴードンが黙って読んだ。

 

「……これは、想定より早い動きですね」

「そうです。最終報告の場を開かせないという手を、もう打ってきた」

「対策として、考えられることは」

「陛下に直接、圧力に負けないでほしいとお願いすることはできない。それは筋が違う。陛下が自分で判断されることです」

「では、陛下が判断する材料を、より強いものにすることが必要ですね」

「そうです。陛下が『この報告の場を開くだけの価値がある』と判断できる材料を、残り四ヶ月で積み上げる」

「学院の師匠の発言の形が確保できた、というフィオナさんの情報は、タイミングとして良かった。王都にいる学院の代表が発言できるなら、それは地方の話ではなくなる」

「アルバ殿下が動いてくださっている。それも、陛下の判断を支える材料になります」

「ベルダン会頭の記録も、早めに確定させた方がいいですね」

「そうです。今日中に、ベルダンの手紙を読んで返事を書きます」


 ゴードンが出ていった後、エリナはベルダンの手紙を開けた。


 アッシュフォード商会 エリナ殿へ

 

 記録の件、承諾する。ロッソ商会として、アッシュフォード商会の商品を採用した経緯と、それによる効果を、独自に記録する。日付入りで、商会の印を押した形で残す。

 ただし、一つ条件を追加する。前回と同じく、条件だ。

 その記録を、王宮への報告の場で使う際には、事前に私に知らせること。どういう形で使われるかを知りたい。自分の記録がどう扱われるかを、把握しておきたい。

 それだけだ。他の条件はない。

 一年後を待っている。

 

                                     ――ベルダン・ロッソ――


 エリナはベルダンの手紙を読んで、少しだけ、胸の奥が温かくなった。

 一年後を待っている。

 その一行が、シンプルだった。

 条件を付けながら、でも付けた条件は「把握しておきたい」という、信頼を担保するための条件だ。排除するための条件ではない。

 返事は短くした。

 

 ベルダン会頭へ

 

 条件、承知しました。記録を使う際には必ず事前にご連絡します。

 一年後、必ずご報告します。

 

                                 ――エリナ・アッシュフォード――


 レインの手紙を最後に開けた。


 エリナへ

 

『今日、笑った』という一行を受け取った。

 マリオが「さりげなくが苦手」と言った時、か。それは笑う。マリオという人間を直接知らないが、手紙から伝わってくる人物像と、その言葉が合っている気がした。

 ルナが確認してくれたという話も、読んだ。ルナという人間も、少しずつわかってきた気がする。手紙の中の人間だが、その人間らしさが伝わってくる。

 笑ったことを知らせてくれてありがとう。楽しみにしていた通りだった。

 

 それから、一つ報告がある。

 師匠が、最終報告の場で発言する形について、自分から王宮に打診することにした、と言った。アルバ殿下を通じてではなく、師匠自身が直接、魔法師団長に話を通す、という判断だ。

 理由を聞いたら、「俺も一年後を見届けたい」と言った。師匠が、そういうことを言う人だとは思っていなかった。

 俺も、同じことを思っている。

 一年後を、見届けたい。

 

                                          ――レイン――


 エリナは三枚目の手紙を読み終えて、少しだけ止まった。

 

 「一年後を、見届けたい」

 

 師匠がそう言った。レインも同じことを思っていると書いた。

 ベルダンも「一年後を待っている」と書いた。

 フィオナは王都で動き続けている。

 見届けようとしている人たちが、いる。

 その事実が、今日のフィオナの別紙に書かれていた「最終報告の場を開かせない」という情報と、頭の中で並んだ。

 クロヴェルが場を消そうとしている。

 でも、その場を見届けようとしている人たちが、複数いる。

 どちらの力が大きいか、今はまだわからない。

 でも、見届けようとしている人たちの数が増えていることは確かだ。


 夕方、マリオが事務室に入ってきた。

 

「何かあったか? 雰囲気が少し違う」

「フィオナから緊急の情報が来た」

「どんな」

 

 エリナは状況を簡単に説明した。最終報告の場を開かせないという動きが来ていること。

 マリオが少し黙ってから言った。

 

「それって、俺たちが積み上げてきたものを、全部なかったことにしようとしてるってことか」

「場が開かれなければ、そうなる可能性があります」

「腹が立つな」

「立ちます」

「珍しいな、お前が腹が立つって言うの」

「立ちます。ただ、立てている場合ではないから後回しにします」

 

 マリオが少しだけ笑った。

 

「お前らしいな。で、どうする」

「残り四ヶ月で、陛下が場を開く価値があると判断できる材料を積み上げる。それしかない」

「それって、今までやってきたことと同じだろ?」

「同じです」

「じゃあ、続けるだけか?」

「そうです」

 

 マリオがしばらくエリナを見た。

 

「お前、怖くないのか?」

「怖いです」

「怖くても、続けるのか?」

「続けます。続けないという選択肢が、今の私にはない」

「わかった。俺も続ける」

「ありがとう」

「礼はいらないよ」


 マリオが立ち上がった。


「ただ、一つだけ言っていいか?」

「どうぞ」

「お前が続けるなら、俺も続ける。それだけだ。理由とか、計算とかじゃなくて」

 

 エリナは少しだけ、マリオを見た。

 理由とか、計算とかじゃなくて。

 そういう言葉を、マリオは自然に言える。

 エリナには、なかなか言えない言葉だった。

 

「……うん」

 

 短く答えた。

 でも、その「うん」に、たくさんのものが入っていた気がした。


 夜、エリナはレインへの返事を書いた。

 

 レインへ

 

『一年後を、見届けたい』という言葉を受け取った。師匠もそう言ってくれたと聞いた。

 同じ日に、ベルダンから『一年後を待っている』という手紙が来た。フィオナが王都で動き続けている。マリオが『理由とか計算とかじゃなくて、続ける』と言った。

 クロヴェルが、最終報告の場を開かせないよう動いていることを、今日知った。フィオナ経由で、ダリウスが教えてくれた。

 場を消そうとしている人と、場を見届けようとしている人が、同時にいる。

 どちらが勝つかは、まだわからない。でも、見届けようとしている人の数が増えていることは確かだ。

 一つだけ、正直に書く。

 今日、フィオナの手紙を読んだ後で、少しだけ怖かった。でも、レインの手紙を読んだ後で、その怖さが少し変わった。怖いことには変わらないが、一人で怖いのとは、少し違う。

 それが何なのか、まだうまく言葉にできない。でも、あることは確かだ。

 残り四ヶ月。続ける。

 

                                          ――エリナ――

 

 書いて、封をした。

 

 「一人で怖いのとは、少し違う」という一行を、書く前に少し迷った。

 でも、本当のことだから書いた。

 レインが『重い時は重いと言っていい』と言った。

 怖い時も、怖いと言っていい気がした。


 机の上に四通の封筒が並んだ。

 

 フィオナへ。ベルダンへ。レインへ。

 そしてゴードンへの明日の作業指示書。

 

 四方向に、それぞれのものを届ける。

 エリナはランプを吹き消した。

 暗くなった部屋で、少しだけ目を開けていた。

 ダリウスが来てくれた。教えてくれた。

 一票を入れてくれた時と同じく、できることをやった。

 『これ以上は言えない』と言って去った。

 その背中が、どういうものだったか、フィオナの文章から想像した。

 複雑な人だ、とフィオナは最初に言っていた。

 複雑なまま、動いた。

 それで、今夜は十分だ。

 

 エリナ・アッシュフォード、八歳。

 

 最終報告の場を、消そうとしている人がいる。

 でも、見届けようとしている人も、いる。

 残り四ヶ月。

 続ける。

読んでいただきありがとうございます。

明日から作品タイトルを変更します。

『灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える』

こちらに変更しますので、お間違えにお気をつけてください(-_-)


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