46話 豊麗の徒
「何だって?」
カルヴァスの問いに、インターリは前髪を掻き上げると舌打ちした。
「噂……噂ね。その手引きしてる奴……慈雨の町をそそのかした奴なら判ったよ」
「は?」
インターリはすぐには答えず、苛々と掻き上げた前髪を掴み、顔を歪めた。
「おい、そう苛々してもオレ達には何も判らねぇだろ。何だっていうんだ」
「僕がいた組織だよ。アイツ等、半壊してやった後も地味に国でよろしくやってるのかと思ったら……裏大陸とはね。それは流石に考えてなかったよ」
インターリはラクルムに顔を向けると、不機嫌そうに目を細めた。
「アンタ、〈流浪の暗殺者インターリ〉または〈災厄のインターリ〉について、何を知ってる?」
突然の問いにラクルムは目を瞬くと、真剣な顔で記憶を辿るようにして答えた。
「豊麗の徒──彼等は、富を得る為にどんな非道なことでも行うということで知られていますが、〈災厄のインターリ〉といえば、その姿を見たものには死が与えられるという逸話があります。その姿はとても美しく──」
そこでラクルムはちらとインターリを見やり、すぐに手元に目線を戻した。
「しかし、名だけが知られており、実際にその姿を見る者は、豊麗の徒でも限られた者だけであったとか。そして、今その名は、豊麗の徒自体にも災厄をもたらしたものを表していると言われています」
「他には?」
皆が様々に考えを巡らせる中、インターリは未だ苛々としたまま話の続きを促した。
ラクルムは再び考え込むようにして、続けた。
「〈災厄のインターリ〉は豊麗の徒の宝を奪って姿を消し、それ以来二度と現れることはなかった。これは、豊麗の徒の者が〈インターリ〉を始末したのだということでしょう」
ラクルムが言い終えると、インターリは吐き捨てるように笑った。
「まぁ、アイツ等には体面が重要だからね。颪の国からこっちを支配しようとしてたんだ。その妨げになるものは消えてて貰った方が良い。で、〈流浪の暗殺者インターリ〉は?」
「それは、別の者が〈災厄のインターリ〉を真似て語ったものだと、聞いています。他にも噂はあるのでしょうが……私は、そう聞いています。仕事を依頼すれば、その名の通りどんな内容でも瞬く間に完遂する、とも。──獣族の末裔だということも、耳にしたことがありますが」
恐る恐るといった様子で言ったラクルムは、一瞬だけベッロを見やってから、困惑したようにマリーエルを見つめた。
インターリは可笑しそうに笑い、突然「はぁ」と息を吐いて、背もたれに寄り掛かった。
「……で? 一人で勝手に盛り上がってたけど、何をそんなに興奮してんだ。というか、お前颪の国の出だったのか」
颪の国とは、霜夜の国の先にある小国である。霜夜の国に鬼が出現してから他国との関りが殆ど絶たれたものの、現在は僅かな華発の国の支援により辛うじて国として保っている地であり、元より山から吹き下ろす風に悩まされる以外は、国内でそれなりの物が賄える為に、鬼による深刻な影響は受けていない土地だった。
「元々颪の国に居たのかは知らない。組織に入る前のことはあんまり覚えてないもん、僕」
その言葉に、僅かに気まずい雰囲気が漂ったが、インターリはそれを気にせず、妙に感心したような明るい声で続けた。
「僕が抜けた一件で、アイツ等の立場は一気に悪くなった。結構重要な爺を僕が殺しちゃったからね。だから──」
その時、ジャンナが小さく呻いて口元を押さえた。慌てたラクルムが水の入った器を差し出すと、ゆっくりとそれを口に運んだジャンナは、薄く笑みを浮かべて皆を見回した。
「ごめんなさいね……。あまりに、驚く話が続くものだから。私もグランディウスの子孫として、その……色々覚悟をしていたつもりだったのだけれど」
「いえ、申し訳ございません。配慮が欠けていました」
カルヴァスが立ち上がり、ラクルムに問うような視線を向ける。ひとつ頷いたラクルムは、「私の部屋へ」と扉を示した。
「あら、大丈夫よ。マリーエルだって聞いているのだから。私だって、この地を治める者の妻として──」
「いや、今はその時ではない。すまなかった。少し休むといい」
ジャンナは夫からマリーエルへと視線を移したが、既に立ち上がっていたマリーエルはジャンナへと歩み寄り、そっと手を撫でた。
「今は私達に任せて、お姉様。──アーチェ、お姉様についていてくれる?」
マリーエルがアーチェを振り返ると「お任せ下さい」とアーチェは頭を垂れた。
「そう、ね……。少し休もうかしらね。あぁ、アーチェ、お茶を淹れてくれない? 貴女の淹れたお茶が美味しいってマリーエルが教えてくれたの。こんな気分の時に良いお茶を淹れて頂戴」
「かしこまりました」
アーチェが荷を取りに行き、戻って来るのを待ってからマリーエル達はラクルムの部屋へと移動した。
移動する間黙りこくっていたインターリに、ラクルムが申し訳なさそうにする。
「あの、お気になさらないで下さい。私が、出産を終えたばかりの妻にする話ではないと気に掛けるべきでした。彼女はとても気丈なので、以前と変わらず接してしまって」
ちらとラクルムに視線をやったインターリは、口をもごもごとさせてから「悪かったね」と呟いた。
気まずげなその様子に微笑んでから、マリーエルはジャンナのことを想った。
「あのね、あまり気遣い過ぎるとお姉様も余計気にしちゃうと思うの。だから、この話はここまで。本当はお姉様もこの話に加わりたかったと思う。この町のこと……凄く大切に想ってるって伝わってきたから。それは、この町の方達も同じですよね。盛大にお祝いされていて、お互いに大切に想っているんだって判りました」
マリーエルの言葉に、ラクルムは嬉しそうに笑みで応えた。
部屋へと入り、各々椅子に腰掛けてすぐ、ずっと考え込んでいたカルヴァスが「まさか、そんな訳……」と呟いた。
インターリがじとりとした目を向ける。
「お前こそ何だよ」
その問いに少しだけ考え込み、カルヴァスは思わずといった風にマリーエルを見つめながら言った。
「インターリ、お前が組織を抜けたのが十年程前だったよな」
「……そうだね、そのくらいかな」
「そして、鬼が最初に姿を現わしたのもそのくらいだ」
カルヴァスの言おうとしていることに気が付いたマリーエルは息を呑んだ。気遣うようにカルヴァスが目を細める。
「……マルケスお兄様も、関わっているということ?」
「判らない……。でも、その可能性はあると思う」
十年程前に大陸で命を失った二番目の兄。霜夜の国女王テネレイドが関係を仄めかした兄、マルケス・グラウス・ディウス。
「豊麗の徒は、何をしようとしていたんだ?」
その問いに、インターリは顔を顰めた。
「悪いけど、詳しくは判らない。僕はただ使われてただけだから。〈災厄のインターリ〉なんていったって、別に僕は取り換えの利くただの駒のひとつ。もげれば拾われないし、体面の為になかったことにされる。まぁ、さっきも言ったけど、結構重要な爺を殺したから、組織が半壊したのは事実。それに──」
深く考えるようにしたインターリは、ぐりぐりとこめかみを押した。
「多分、あの時戦を仕掛けようとしてたんだよ。恐らく華発の国にね。それ程に組織は勢いに乗ってたんだ。颪の国という体を装ってね。実際は組織に支配されて、どの集落も搾取されてた。余計なことをすれば、僕みたいな奴がやって来て、見せしめで焼かれるか殺されるか売られるか……まぁ良いことは起きない。小さな国だから成り立ってたようなものだけど、華発とやり合おうっていうなら、やっぱり間の霜夜の国の者も関わっていたんだろうし、何かをやろうとしたせいで鬼が湧いた……って所かな。獣族の群れを襲ったのは、戦の為の繋がりとか、武器、資材、人材……そういったものを手に入れようとしてたんだよ。そういう組織だから」
言い終えたインターリは、はぁと息を吐き、ふいに疲れた顔をした。
「フリドレードのことも裏大陸が関わっていたのだろうか。今、華発の国でも同じようなことが起きている……そう考えると、フリドレードでも十年程前に?」
真剣な顔で言ったカナメに、カルヴァスは慎重に考えながら答えた。
「そっちはどうだろうな。代替わりは十年前じゃない。勿論、その時から国外からの修養者も巡礼者も受け入れていた。ランドシの許につく前のルドラが影響を受けていてもおかしくはない……が、今となってはそれを確かめる術はないからな。どのみち、裏大陸の者が何かを企てているのだとしても、実際にその相手が判らなければ、手の打ちようもない」
カルヴァスはガシガシと頭を掻いた。
「当然、華発の国……ジョイエルス王は、不必要な戦を起こすつもりはないし、他国に支配させるつもりもない。その為に、妙な動きの見られる慈雨の町を、この明色の町と共に抑えたい……そうですよね?」
「ええ、勿論。私としても、この町を何者かに渡すつもりはありませんし、荒らされるつもりもありません。そして、華発の者としてというよりは、妻の故郷である精霊国も同じ危険に晒したくない。そう思います。誤解を恐れずに言うならば、ジョイエルス王の利と、この明色の町の利であれば、私は迷わず後者を取る。そして、明色の町には当然妻のジャンナの利が含まれる。それだけは、今お伝えしておきたい」
ラクルムは淀みなく言うと、マリーエルを真摯な瞳で見つめた。
マリーエルは心強い気持ちで頷いて応え、カルヴァスを窺った。
「この後、どうする?」
じっと考え込んでいたカルヴァスは、眉間に寄せていた皺をふっと和らげた。
「ひとまず、霜夜の国に向かおう。マルケス様のことを訊きに。あの時一体何があったのか。国内でそれ程騒がれた記憶もないからな……。今思えば、可笑しな話でもある。それで……必要があれば颪の国にも行く、か……」
カルヴァスが視線を向けると、インターリはふんと鼻を鳴らした。
「僕も行くよ。もう一度災厄をお見舞いしてやるよ。でも、ベッロは──」
インターリが話している途中で、ベッロが勢いよく袖を引っ張った。ぐるると唸り、インターリを睨み付ける。
その鼻面を押して、袖を引き抜いてから、大げさに溜め息を吐いた。
「仕方のない奴だな。判ってるよ、お前も一緒だよ。というか、お前は精霊隊でしょ。僕の一存じゃ何処にも連れて行けないんだけど」
そう言って、マリーエルをちらと見やる。
マリーエルはベッロを見つめ、強い瞳で見つめ返すベッロに微笑んだ。
「勿論、ベッロも一緒。暫くはその〈走る姿〉で居て貰わないといけないとは思うけど……。置いて行ったりしないよ。それに、えーと……結局ベッロはそこまで危険があるって訳じゃないんだよね? 今まで通り狼だっていうことにして行動していれば問題ない……っていうことで大丈夫?」
カルヴァスが考えながら頷いた。
「まぁ、慈雨の町のアジスについては注意しなくちゃならねぇとは思うけど。その辺りはムシカが上手くやるだろう。あとは、これ以上の不注意に気を付ければ何とかなる、か。どっちかと言えば、インターリの方が気懸りだけど、そこはインターリ自身に十分働いて貰わないとな。ま、オレ達はこれだけ居るんだ。いざとなったら、今は大陸に精霊国の者が多く居るし、ジョイエルス王やムシカもマリーの身に何かが起きるようなことは避けたいだろう。何より、精霊隊はマリーを支える為にあるんだからな」
カルヴァスはこれからの精霊隊の目的を、鏡を通してクッザールへと伝え、マリーエルは霜夜の国のテネレイド宛に文を書いた。
そして、霜夜の国からの返事がくるまで、明色の町へと留まることとなった。




