47話 疑い
明色の館で部屋を与えられたマリーエル達は、改めて状況と目的、今後の行路を確認し、ムシカにも報せを送った。
「お前が知ってる限りのことを教えてくれ」
カルヴァスの問いに、鏡の向こうでアントニオが難しい顔をした。
『マルケス様……まさか、今そのお名前を耳にするとは』
「あの頃はまだ、僕も霜夜の辺りに居たけど、精霊人が来てるなんて噂は聞いたことなかったけどな」
口を挟んだインターリに、アントニオは眉間を押さえた。
『そうでしょうね。私からこのようなことをお話するのは気が引けますが、マルケス様と霜夜のテネレイド様は、良い仲であったということだったようですから』
「良い仲……」
繰り返したマリーエルは、あっと小さく声を上げた。
初めてテネレイドと顔を合わせた時、何処か感じていた温かい違和感。あの時はアメリアのことがあったせいで、細かいことに気が向かなかったが、今考えれば親愛以上の気持ちや戸惑いのようなものが込められていたのに気が付く。
「そっか、全然気づかなかった……って言っても、マルケスお兄様が亡くなったのは、私が七歳くらいの時だから、気付かないのも当たり前かも、しれないけど……」
「お姫様は、それだけじゃないと思うけどね」
ニヤリと笑うインターリに、頬を膨らませると、鏡の向こうで咳払いが響く。
『とにかく、そういう事情でマルケス様が霜夜の国へと訪れることはかなり慎重に扱われていたようです。あの頃は鬼も居ませんでしたし、霜夜がそれよりも以前から戦の多い国であったとしても、今のように戦続きということはありませんでしたから』
「あ、確か寒さで厳しい土地だから、住む場所や食べ物を求めて集落同士の争いがあったんだよね」
マリーエルが言うと、アントニオは言葉を詰まらせ、目頭を押さえた。
『私は……あぁ……私は、感激しております』
その大げさな反応に、マリーエルは再び頬を膨らませた。
「も、もう……感激しないでよ。本当に、私が全然学んでこなかったみたいじゃない……」
『みたいでは……ありません……。貴女は本当に国史などには特に無関心で……』
「うっ……」
スンっと鼻を鳴らし十分に喜びを噛みしめたアントニオは、表情を引き締めると、何度か頷いてから話を続けた。
『先程聞いた話から考えると、十分に裏大陸の関与が。そして、それを主導しているのがインターリの所属していた組織──豊麗の徒だと考えられますね。彼等は、そうですね……海を渡り裏大陸とやり取りをしているのでしょうか。どうです?』
そう訊かれたインターリは、むすっとした顔で鏡の中を睨み付けた。アントニオは怪訝そうな目で見つめ返す。
はぁ、と溜め息を吐いてから、インターリは不機嫌さを滲ませて答えた。
「あのさぁ、組織の名前、聞きたくないし言いたくないんだけど。なんだよ豊麗って。何処も豊かじゃないし美しくもない」
チッと舌打ちをしたインターリは、苛立たしげに前髪を掻き上げた。
その様子を見つめていたアントニオは、僅かに遠い目をしてから、静かに言い直した。
『そうですね。気を付けます。その組織……海を渡るだけの力はありますか』
不機嫌そうに目を細めていたインターリは、長い息を吐いてから、カルヴァスに地図を出すように言った。颪の国から裏大陸の一部を指で辿り、難しい顔をしてから、小さく頷いた。
「半壊したとはいえ、あるだろうね。本拠地は──この辺り。表向きはこっちだとされてるけど、本当に上の奴等はこっちに居を構えてる」
インターリは颪の国の二か所を指で差しながら言った。
「で、僕はその本拠地から任務に出てた訳だけど、僕が居た時は城の裏に船着き場を作ってたんだよ。丁度……エラン城の船着き場みたいなのをさ。実際あの時から裏大陸とやり取りする気はあったんじゃないかな。縁が近いとはいえ、霜夜の国や山脈を越えるよりずっと簡単に裏大陸へ行けるからね」
インターリの指し示す通り、颪の国から裏大陸へと海を渡るのは、距離だけを見ればかなり近い。世界の縁も近いが、よほど航路を間違えなければ世界の底に落ちることもない。
「組織は戦を仕掛けようとしていた。それを僕の行動が壊した。組織は半壊したけど、無くなった訳じゃない。再起を図る為、以前から目を付けていた裏大陸と手を組んだ……そういうことだよね、今の所考えられるのは」
「その場合、裏大陸の者にも十分な目的があるってことだけどな」
カルヴァスが言った。
『まさか、裏大陸まで行くなんて言いませんよね?』
アントニオが顔を顰めたのに、カルヴァスは軽く笑って答えた。
「流石に、それはねぇよ。裏大陸まで行くにはなんの心構えも出来てねぇ。華発でさえ難儀してるんだ。行くとしても、華発なり霜夜なり……それこそ、颪の船を使うかしないとならない。今の所それは考えてねぇよ。そもそもオレ達は海底国とのことを解決しに来たんだ。それに加えて、少しだけ足を延ばした……今回はそれだけだ。これ以上は、クッザール隊だけじゃない、勿論王の判断を仰ぎ、各所にも確認を取らないとな。霜夜へ行くのは、やることもあるし、鬼が居るならマリーやカナメの力はかなり有効だ。その先は、コイツ」
そう言って、カルヴァスはインターリを指差した。
アントニオはそれに頷いて、眉間に皺を寄せた。
『マルケス様のことはご事情も含めて、限られた者にのみ知られているようです。かなり厳重に箝口令が敷かれている……いえ、何が起きたのかを知る者が命を落としているか……。霜夜の国としては、鬼が湧いたことによる大規模な災害として纏められています。その為に詳細が残せなかった、とも。確かに、我々も深淵の女王の件は未だ詳細全てを把握出来ている訳ではありませんし、事情は判りますが……とはいえ意図的にも行われているのでしょうね。マルケス様は不幸にもそれに巻き込まれてしまった。ただ、それしか記されていないのが、逆に疑わしく映ります。精霊国史でも、その点は詳細に書かれていない。当時調べていたのは、クラヴァット殿に、前王のご兄弟であらせられるグラティスカ様……』
ふむ、と唸ったアントニオは、ちらと横を見やってから、ひとつ頷いた。
『そちらは私にお任せを。一度グラティスカ様にお話を伺ってみましょう。グラティスカ様は遠方におひとりでお住まいですから、少しお時間を頂きますが』
「知の洪水は大丈夫なの?」
マリーエルが訊くと、アントニオはニッコリと微笑んだ。
『ええ、ウィパッ達の中である程度知識が定まったのでしょう。時折その予兆は感じられますが、以前のようなものではありません。それに、グラティスカ様の許へと訪れるのに、一度クッザール様へとご相談させて頂きますから』
「そう、判った。でも、無理はしないでね」
『姫様も、どうかご無理なさらず』
その後、細かな話を終えたマリーエル達は、ひとまず体を休めることにした。
「文が来るまでは動き出せない。ただ、いつそれが来てもすぐに出られるよう出立の準備はしておく。マリーは体を休めてろ。ベッロも念の為あまり館から出ないこと」
「うん、判った」
マリーエルが答えると、ベッロの不満そうな声がふぅんと続いた。




