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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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44話 明色の町へ

 ムシカ指揮のもと出立の準備が進む中、ウィパッ達との話し合いが緊密に行われた。


 慈雨の町の領主が、何食わぬ顔で話し合いに参加し、自領の配分を上手く要求するのを、ムシカはムシカで他領を扇動しながら、最終的にはジョイエルス王の望むようになるよう話し合いを進めていった。


 海底国との間に話し合われたこと。


 それは、〈劣魚〉との争いで戦いが増え、同時に〈劣魚〉の影憑きが増えたことによる海上の治安の悪化について。加えてルワァとのこと。


 海底の裂け目に生じた結晶の影響で次々に目覚める海底人との、陸に居るモノ達の価値基準の擦り合わせ。


 陸から提供出来るものと、海底にある珍しいものとの取引について。それに関しては、ムシカを始め、華発の者達が確かな目で価値を決め、それをジョイエルスの許へと届けた。ジョイエルスが是とすれば、それが海底国の品物の価値となる。


 それと同時に、海底人を保護する為の取り決めも設けなければならなかった。


 海底人は、突然現れた新たな種族だ。


 当然、ベッロ達獣族のような扱いをする者達も現れるだろう。そうでなくても、〈劣魚〉との戦いの為とはいえ、船やその人員に甚大な被害が出ているのも確かだ。


 ムシカの調べによると、華発の船団のひとつが海底人と〈劣魚〉を区別せずに、皆殺ししようと企んでいることが判った。


 ジョイエルスの考えでは、それはとても容認出来るものではない。


 精霊国としても同じで、潜水船も含め、引き続き大渡の町は海底国との交易地として機能することとなり、精霊国の公館が建てられることとなった。暫定的にノノミが長となることが決まったが、直に精霊国からこうしたことに向いた者が派遣されてくることとなる。


 明色の町への出立の日。


 港でマリーエルと向き合ったウィパッは深々と頭を下げた。


「精霊姫よ、我等の為尽力してくれたこと感謝する」


 マリーエルは同じように頭を下げ、ウィパッの手に触れて額を付けた。


「これから先の互いの国の関係をより良いものに出来るよう、尽くしましょうね」


 マリーエルの所作を怪訝そうに見つめていたウィパッに、マリーエルは微笑んでから言った。


「あのね、精霊国ではこうして相手の手を取って額を付けるという動作で親愛を伝えるの。ウィパッの手は私には大きいから、片手にさせて貰ったんだけど……」


 えへへ、と笑うマリーエルにそっと手を伸ばしたウィパッは、マリーエルの両手をその指の上に乗せ、僅かにぎこちない仕草で額を付けた。


「こうで……良いだろうか」


「うん、有難う」


 ウィパッは表情を和らげると、マリーエルの肩に乗るアールに目線を移し、眉間に皺を寄せた。


「師はあまりに小さくて、この挨拶は出来ないな」


 出会った当初から、妙にアールに従っていたウィパッは、いつしかアールのことを「師」と呼び始めていた。それを気に入ったアールは、何かとウィパッを気に掛け、指南指導をしている。


 生じたばかりの海底の精霊や、大きく成った魚の精霊もアールの許に集い、あれこれと『精霊とはなんたるか』を学んでいた。


「よいよい。儂には、お主の想いがしかと伝わっておる。善い国を造るのじゃぞ、ウィパッよ」


「アール師……。必ず」


 感動したように言ったウィパッは、今度はアールに向けて頭を下げた。


「あら、今日は文句は言わないの、インターリ殿?」


 じっとマリーエル達のやり取りを見やっていたインターリに、ノノミがからかうような声で言った。


 インターリは話し合いの最中に余計な口を挟み、ウィパッによって酷い目に遭わされている。それ以来、極力海底人には近付かないと決めたらしい。ナヴァがやたらとベッロとインターリを構おうとするのも原因していた。


 一瞬だけノノミを見たインターリは、軽く鼻で笑うと、口端を歪めて言い返した。


「僕がいつでも文句を言ってるとか思わないでくれる?」


「言ってるじゃないですか」


 すかさず隣に立つアーチェが突っ込みを入れ、ノノミがニンマリと笑う。手を組んでからかって遊ぶ気の二人に挟まれていたインターリは、もう一度今度は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、後ろを振り返った。


 丁度ムシカと出立に関しての話し合いを終えたカルヴァスとカナメが戻って来た所だった。「やっと準備出来たの?」と文句を言いながら、インターリはそちらに歩いて行った。


「お前等、出立するぞ」


 カルヴァスが言った。ウィパッはカルヴァスとカナメにも深々と頭を下げた。そうしてから、じっとカルヴァスを見つめた。


 海底に存在しない〝火〟というものの力を使うカルヴァスに、強い興味があるらしく、ウィパッは折を見てカルヴァスを質問攻めにしていた。火の精霊はそれを面白がり、カルヴァスの口を使ってあれこれと上機嫌に語っていた。


 精霊達の様子を見るに、海底人は好意的にこの世界へと迎え入れられたようだった。


 何よりも、新たな精霊が生じたことこそがその証だった。


 マリーエルがカルヴァスの許へと歩み寄ろうとすると、後ろから声が掛かった。


 振り向くと、カッテの姿があった。


「マリー様。また、少しのお別れだけど、アタシ達は此処でマリー様達の帰りを待ってますからね」


 カッテは、後ろの港にある謳歌号を手で示しながら言った。戦闘により損傷の激しい謳歌号は、大渡の港で修繕されなければ、精霊国に帰ることも叶わない。


 これについても、ムシカが特別に手配した資材と人材を借りることが出来、カッテ等船員達も華発の技術を学ぶ機会を得ていた。


「うん、帰りのことはカッテ──カッテ船長に任せます」


 マリーエルがカッテの両手を掴み、甲に額を付けると、カッテは感極まったように言葉を詰まらせてから、同じように親愛を返した。


 そうしてから、マリーエルの体を強く抱きしめ、小さく鼻を鳴らした。そして、マリーエルの耳元で絞り出すように言った。


「本当に有難う、親父のこと……。アタシは、確かに親父の意思を継いで、国一番の船乗りになるから」


「……うん」


 海底でのことは、折を見てカッテに伝えられた。父親の確実な死を伝えられても、カッテは静かに頷いただけだった。それは、炉の国で既に覚悟を決めていたからであり、父親の最期をマリーエルより伝えられたことに対して、ただ感謝の気持ちを抱いたからだった。


 それでも、深い悲しみや後悔がカッテの中にあることは十分に伝わってきていた。だから、マリーエルはぎゅっと深くカッテの体を抱き締め返した。


 かつて、マリーエルが悲しみに暮れていた時にそうしてくれたように。そこに、感謝と労りを込めて。


「行ってくるね」


「あぁ……行ってらっしゃい、マリー様」


 カッテは体を離すと、ニッといういつもの笑みを作った。


「それでは、マリーエル様。このムシカめが、明色の町までの移動手段をご用意させて頂きました」


 ムシカがマリーエルの許で、窺うように言った。


「有難うございます。行きましょう」


 マリーエルはカルヴァスに目配せし、ウィパッやカッテに見送られながら大渡の港を後にした。


 大渡の町はずれには、馬車と騎乗用の馬が二頭用意されていた。


「馬だ……!」


 マリーエルは思わず馬の許まで歩み寄ると、そのふかふかの毛並みを撫でた。


「カルヴァス殿とカナメ殿は馬での移動を、とのことでしたので、別にご用意いたしました。マリーエル様方は、こちらの馬車で明色の町までお連れします」


 そこでムシカは言葉を止め、暗い顔を浮かべた。申し訳なさそうにマリーエルの前に跪き、真摯な顔で見上げる。


「本来であれば、このムシカもお供をしたかった……しかし、海底国のこと、この大渡の町のこと、いずれも油断を許さぬ状況です。此度はこのムシカにそれらを任せ、お供出来ないことをお許し下さい。必ずや我等が華発の国、そして精霊国の為に尽くすと誓いましょう」


 マリーエルの手を掴もうとしたムシカは、それを取り繕うように胸の前で手を重ね合わせ、頭を垂れるに留まった。親愛の挨拶を交わすのに、まだ自分は至っていない、と慎ましやかに訴えるつもりらしい。インターリが冷めた目でそれを見やり、鼻を鳴らす。


 アントニオからも、『華発の者達と敵対するつもりはないですが、親愛を表すのには慎重になるように』と伝えられていたマリーエルは、ムシカの仕草に気が付かない振りをして、礼を尽くして頭を垂れた。


 ムシカに見送られ、マリーエル達を乗せた馬車は明色の町へと進み始めた。


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