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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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43話 帰ったら

『それで、その潜水船というのは、実際どうなんだ』


 鏡の向こうで、クッザールが言った。背後には陣幕が映り込み、時折兵達の声が聞こえてくる。


 マリーエル達を寝室へと送ったカルヴァスは、クッザールと鏡話を繋いでいた。


 クッザールは今、エランに近い場所に陣を張り、国内のこと、国外からのこと全てに対応し、兵を配すことが出来るように控えている。


 近々、近隣の集落を広げ、大掛かりな関所を造る予定だ。精霊国内は、喪失の谷の観測所とグラウスの関所を造る為に人や物が大きく動いていた。


「ノノミは、現時点で海底の移動と探索にしか使えないが、改良版を造る予定は既にある。と言っていました。潜水船に関して──これは、数年で終わる発明ではないということも言ってましたけど、実際乗った感じは、かなり優秀な発明品だと思いますよ。ただ、それはヨンム様の発想や技術力に華発の元々の造船技術と資材力があったからこそ。ひと船造るのにも莫大な資材も人材も必要ですから。暫くは同程度のものを他の者が造るということはないでしょうね。華発……というより、ジョイエルス王が、そんなこと許さないでしょう。だからこそ、結局精霊人が居てこそ動かすことの出来る仕組みになっているようですから。ジョイエルス王としては、精霊国との繋がりも重要な訳だし、仕組みとして精霊人が居なくても動かせるようにはなっている筈だけど、それは本当に最終手段でしょうね」


 そこで一度言葉を止めたカルヴァスは、難しい顔をしながら茶を飲み、続けた。


「前々から感じてはいたけど、華発の国は結束が固いという訳じゃない。この文を託されたということは、明色の町は既にジョイエルス王の側にあるのか……当然、ジャンナ様のこともあるから、ある程度の勝算を持ってこの文を託したんでしょうから。マリーが届ければ、この文はもっと重い意味を持つことになる。──中に何が書かれてるか確認出来ればいいんだけど」


 カルヴァスが思わずといった風に溜め息を吐くと、鏡の向こうでクッザールが咎めるように咳払いをした。しかし、口元にはうっすらと笑みを浮かべてる。


『それは、明色の町に着いてからのお前の腕の見せ所だ。ムシカ殿は手放しで信頼の姿勢を示したんだ。それに応えるしかないだろうな』


 クッザールも茶器を傾け、そこから覗く瞳を悪戯っぽく細めた。


『こんな話をすれば、ヨンム辺りがまた何か考えそうなものだがな』


 その言葉に、カルヴァスは小さく笑って応える。


 華発とのより友好的な関係は築いておくに越したことはない。大陸の中で巨大な勢力を持つ国であるし、何をするにも華発の地を通らねばならないからだ。華発としても精霊国そのものを手に入れることは難しくとも、善き関係であり、信頼の置ける状況であることはかなり重視されている。


 潜水船のことにしても、ジョイエルスからは随分と譲歩された条件を出されていた。その分、ヨンム隊からの情報や技術提供は多く行われ、影の装置に関することも共有されている。華発の中でも特に、ジョイエルス直轄のムシカ率いる隊にのみ、より多くの共有が行われていた。


 しかし当然、すっかり全てを信じ、明かしてしまう訳にもいかない。


 それと同時に、国が栄え、国として存続する為に、様々な技術や才能、物が生み出されていくのを止めることは出来ない。その技術がいつしか広く拡散されていくこともだ。


「とにかく、オレ達は明色の町へ向かいます。そこで更に話を聞いて……現時点で何かしら掴みたいのは、例の首謀者のこと。そして、〈インターリ〉もそうですけど、オレ達についての噂っていうのも、実際どんなもんか聞いてみないとですね。大渡の町民は、特に以前と変わった所はなさそうですけど、他の町の領主はやっぱり華発風のやり方が濃くあるみたいなので」


 その時、鏡の向こうからよく聞いた声がクッザールを呼んだ。


『クッザール隊長、今──あ、鏡話中でしたか──え?』


 クッザールが手招きすると、すぐに鏡の中にトルマの姿が映し出された。


『カルヴァス精霊隊長! わぁ、本当だ。こうやって使うんですね。ヨンム様の発明って、本当に凄いですね』


「トルマ副隊長、その後はどうだ?」


 カルヴァスが言うと、トルマは恐縮したように笑みを浮かべてから、ちらとクッザールを見て答えた。


『実は、グラウスの関所を任されることになりまして……あの、此処の集落出身ということもあって──』


『それもあるが、お前の腕を見込んだからだと言っているだろう』


『え、あ……そう、ですよね。なんだか隊長お二人の前だとどうにも、こう威張れないというか……なんだか気恥ずかしくて』


 トルマが僅かに俯くと、その顎をクッザールが手でぐいと上げさせた。


『まぁ、なかなかのものだ。トルマには多く兵を任せているが、今以上任せても大丈夫だと判断して関所の長として常駐させることとなった。此処ならグラウス城とも行き来がしやすいし、有事の際はエランに次いで此処が重要な地となる。──今までの暮らしが夢のように感じられる程に、目まぐるしく互いの立場も、置かれた状況も変わるものだな』


 ふいにしんみりとした空気に、クッザールがふっと小さく笑った。


『こんな時には、酒だが……そうも言っていられないのも現状だ。カルヴァス、お前が帰って来たら、久し振りに三人でやろう』


 そう言って、クッザールは杯を持つような仕草をすると、掲げて見せた。


「はい。必ず」


『では、我々はこちらの話に戻るとしよう』


 カルヴァスがひとつ頷くと、鏡の向こうの二人の姿は揺らめいて消え、代わりに鏡には自身の顔が映し出された。


 ──帰ったら、か。


 体を伸ばし、息を吐く。ふいに欠伸が出て、もう一度ぐっと体を伸ばしてから、カルヴァスは立ち上がった。


「次にいつ帰れるか……考えても仕方ねぇか」


 カルヴァスは鏡を掴むと、寝室に向かって歩き始めた。


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