39話 ノノミの作戦
船員達が慌てて船体の確認に駆け回る。
「船体に何かが巻きついています!」
その声と同時に、前方の窓にゆらりと巨大な影が揺らめいた。幾本も伸びる輪郭の隙間から、ウィパッ達が新たな影憑きと組み合うのが見えたが、それはすぐに巨大な影によって完全に遮られてしまった。
「まだ影憑きが居たのか……!」
カルヴァスの声に、ノノミが装置を確認し、眉を寄せる。膜の中の影は細かく散り、今はただ漂うだけとなっている。
「先程の姫様方の力で、全く使い物にならなくなってしまったみたいですわね……」
「ごめんなさ──」
「いいえ、姫様! この装置は姫様のような力を持たぬ者が使うことを目的としたもの。それに、改善点も見つかりました。これもひとつの結果ですわ。それより……」
ノノミは唇を噛み、何事かを考え始めた。カルヴァスが船内に響く音に耳を向けながら、鋭い視線をノノミに向けた。
「この船の強度は大丈夫なんだろうな?」
「ええ、それは。何度も実験しておりますから、魚の影憑き等には傷つけられませんわ」
ノノミがそう言い終えた時、船外からバキリという音が響いた。カルヴァスが険しい視線を向けると、ノノミは難しい表情を浮かべていた顔を上げた。
そうして、僅かに躊躇ってから、マリーエルへと顔を向ける。
「姫様、お力をお貸し下さい」
「は、はい。影憑きの祓えを?」
「ええ。──まずは、カナメ殿。海底の言葉が扱えるようですね。ウィパッ達に『投げろ』『離れろ』と伝えて下さい」
「え、あ──」
カナメがまごついている間に、ノノミは船員へと合図を出した。船員達が忙しなく動き出すのを見やってから、ノノミは再びマリーエルへと向き直り、その手を取った。
「影憑きを弱らせる役目は私達が。合図をしましたら、先程よりもより強く祓えの力を使って頂きたいのです。姫様にこのようなお願いをするのは、大変申し訳がないのですが」
困ったように言うノノミに、マリーエルは頭をゆるく振った。
「いいえ、これは私の……精霊姫の役目ですから」
「流石、姫様!」
ノノミはにっこりと笑みを作ると、カナメに精霊石の置かれた台に繋がった小型の装置を差し出した。
「さぁ、カナメ殿。これは本来外の様子を探知する為のものですが、これで外へと音を届けます。仕組みとしては同じようなものですが……今、説明は不要でしょう。さぁ、『投げろ』『離れろ』とおっしゃって」
戸惑いに視線を彷徨わせたカナメに、カルヴァスが頷いてみせると、ひとつ咳払いしたカナメは、弾く音を使って「投げろ」「離れろ」と小型の装置に向かって言った。
ギギギギ、という重い音が響く中、その間に微かな弾く音が返ってくる。
「……判った。行く」
カナメが言い終えると同時に、再び船体が酷く揺れた。
「撃て!」
ノノミは言いながら、マリーエルの体をカルヴァスに押し付けるようにした。揺れが酷くなるにつれ、船体が大きく傾いでいく。
「おい……⁉ 本当にこれで作戦通りか⁉」
カルヴァスの声に、ノノミはよろめきながら不敵に笑った。
「ええ……、これで影憑きはこの船へと固定されましたわ。あとは、姫様のお力に縋るだけ。姫様! お願いいたします!」
カルヴァスの腕に抱かれながら、傾ぎ、激しく揺れる船内を見回したマリーエルは、精霊石の台座を手で示した。それを見やったカルヴァスは、マリーエルを抱えながら台へと近付き、台にしがみ付くようにして掴まった。
今や、船の天井や壁から影が滴り落ち、船内へと侵食してこようとしていた。カナメが船員達を遠ざけ、剣を抜いて滴り落ちる影を斬り伏せていく。
「行けそうか……?」
「う、うん。やるしかないよ」
マリーエルは激しくなる船外からの音や、勢いを増そうとする影に不安を覚えながらも、それらを祓う為に意識を集中させた。
──私は、私に出来ることをやる。
精霊石は水の精霊の力を強く受けている。海中に溢れる水の精霊の力がマリーエルの導きによってより集まり、共鳴する。
次の瞬間、精霊石が高い音を上げ、光を放った。
高らかに流れる歌と共に、それは辺りに満ち渡り、新たな衝撃を生んだ。
船体が揺れ、それと同時に窓の向こうで影憑きが散り、海底へと落ちていくのが見えた。
ノノミが様々な装置を弄り、船員達とやり取りをしてから、ホッと息を吐いた。
「どうやら、この海域は全て祓われたようですわ」
その言葉をぼんやりと聞いていたマリーエルは、カルヴァスが支えるのに縋りつくようにして屈みこんだ。その前にノノミが跪き、頭を垂れる。
「姫様。ご無理をお願いしてしまい申し訳ございませんでした。この処罰は如何程にもお受けいたしますわ。ですが、姫様のお力によってこの船に乗る者は皆、命を繋ぐことが出来たことをお礼申し上げます」
マリーエルは一度掠れた声を出してから、ひとつ咳払いをして笑みを作った。
「言ったでしょう。これは私の役目だから、気にしなくていいの」
しかし、マリーエルの体を抱えたまま、カルヴァスは硬い声で言った。
「精霊隊隊長として、精霊姫がこう言っているのなら処罰するつもりはない。オレ達にとってもこれが最善だったからな。だが、何があったのかは詳細に報告させて貰う」
「はい」
ノノミは、真剣な表情で再び頭を垂れた。
「でも──」
口を挟もうとしたマリーエルの手を、ノノミは優しい仕草で取り、額をマリーエルの手の甲へと付けた。
「姫様、お恥ずかしながら、我等がヨンム隊は元々戦に向いた隊ではありません。だからこそ、このような潜水船のようなものを造り出せるのですが……。此度の作戦はあまりに稚拙だったと言わざるを得ません。全てが姫様のお力頼りでした。勿論、カルヴァス殿のおっしゃる通り、こうするしかなかったのも事実ですが……。研究にばかり気を向けるのもいけませんね。我等が隊長のように、少しずつ他にも目を向けねばなりませんわ。陸に戻りましたら、兵法を学び直します」
潜水船は、徐々に海上へと上がっていく。
途中、一度グンと揺れ、ウィパッとナヴァが先導するように曳いているのだと判った。




