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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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38話 潜水船

 マリーエル達は、ノノミに続いて潜水船へと乗り込んだ。


 インターリ、ベッロ、アーチェは地上に残していく。


 慌てて駆けて来たムシカに地上のことを全て任せると、複雑そうな顔をしてから、すぐに真剣な顔をして、マリーエル達を送り出した。


「今、この船を動かしているのは?」


「姫様方をお乗せしているので、その分華発の者を多く配しております。普段はヨンム隊の者と、ムシカ殿の管轄の者が半分半分。そうしないと公平ではないということで、そのような配置にしておりますわ」


 カルヴァスの問いに、ノノミはちらと肩越しに後ろを見て言った。そうしてから、操縦者の後ろに立ち、前面に張り巡らされた精霊石の窓に、ニンマリと笑みを浮かべる。


「あぁ、なんて贅沢な。姫様、この窓は華発の技術で加工された精霊石がはめ込まれているのです。精霊国ではこのように塞ぐ窓は必要ありませんが、確かに海中へと潜るというのなら、視認性も必要ですし、最適ですね。まさに、両国の協力によって叶った技術です」


 ノノミは最後の言葉だけを特に強く発音した。それを耳にした華発の者達は、何処か頬を緩ませ、しかしすぐに自身の作業へと意識を戻す。


 以前より鏡話を通して華発の者達とやり取りをし、先行して華発へと訪れていたノノミは、華発でのやり方を器用に学んでいた。


 他のヨンム隊の者達は、特にそうしたことに関心を持たず、黙々と作業を進めている。


「姫様、この潜水船は水の精霊の力を強く込めた精霊石を使用しております。通常の船と同じく、動き出すのには最初人力が必要となりますが、それが終わればあとは水の精霊の生み出す水の流れに乗って進むことが可能です。勿論、進路を変えたければ、操縦が必要となりますが」


 そう言って、目の前の操縦者を手で示す。


「えーと、それで、どうやって影憑きを祓えばいいの……?」


 マリーエルが訊くと、ノノミは前方の窓と、中央の少し高くなった台に備え付けられた精霊石を手で示した。


「手っ取り早いのは、そちらの窓から。あとは、この潜水船の動力ともなっているそちらの精霊石は、海底作業用の機器を動かす為にも使われていますので、そこから姫様の力を流し込んで頂ければ、それはもう地上のようにばっちりと」


 マリーエルは一抹の不安を抱えながらも頷いた。


「で、さっき言ってた武器っていうのは?」


 カルヴァスが訊くと、ノノミは頭を押さえ難しい顔をしながら、潜水船の何か所かを手で示した。


「外部に付けられた作業用の腕に装着する為の武器は積んでいます。ある程度の攻撃力はありますが、先程のあの様子ではそこまで効果があるとは言えませんね。やはり、術師を乗船させた方がいいでしょう。今は、姫様がいらっしゃいますので、なんの不安もございません」


 笑顔のノノミがマリーエルの手を取った時、「出航出来ます!」と声が上がった。ノノミは一度マリーエルの手を放し、ひとつ咳払いをしてから高らかに言った。


「では──出撃!」


 ノノミの声に、船員達が外部へと延びる櫂を漕ぎ出した。船体全体に響く音を立てながら櫂が動き、潜水船は海中を進み始めた。


「まずは、影憑きを祓わねばなりませんわね」


 ノノミが窓の外を見やってから、操縦者の前に置かれた装置に目を落とした。


 そこには、喪失の谷で見たような装置があり、張られた膜の中に影が入れられていた。影は何かに誘われるように一方向に進もうとしていた。


「これって……」


 マリーエルの驚きの声に、ノノミは得意そうに胸を張った。


「ええ、以前お見せした技術を利用して、影憑きの探知機を造ってみましたの。まだ試作段階ではありますが、その内クッザール隊にも運用して頂く予定ですわ──あら」


 ノノミは眉を寄せ、突然方向を変えた影を見つめ、マリーエルを振り返った。


「申し訳ございません、姫様。少しばかり後ろへ下がって頂いても?」


 その言葉にマリーエルが一、二歩下がると、ノノミは難しい顔をして頷き、次にカナメを手で呼び寄せた。


 カナメが歩み寄ると、すぐにノノミは手でそれを制し、今度は「下がるように」と言った。そうして、ノノミがカルヴァスに視線を向けると、その意を汲んだようにカルヴァスは装置に歩み寄り、下がり、としてから「どうだ?」と訊いた。


「ええ、やはり、姫様とカナメ殿が近づいた際、使い物になりませんわね。──姫様、カナメ殿、申し訳ないのですが、少しばかりそちらでお待ち下さいね。──そう、その辺りなら航行に問題ありませんので」


 声が届きはする距離を開け、マリーエルとカナメは壁に背を預けるようにした。


 ノノミとカルヴァスが何やらと話し合うのと、正しく影憑きの方向を示し始めた影の装置を見つめていたマリーエルは、隣に立つカナメを見上げた。


「あの装置、凄いね」


「あぁ……影があの中に在るというのは、どうかとは思うが……使いようによっては、何とでもなるものなんだな」


 そう言って、カナメは考え込むように自身の胸に手を当てた。その様子にマリーエルがカナメの手に触れようとした時、「敵影接近!」という声が上がった。


「姫様、こちらへ!」


 ノノミが装置を遠ざけながら、自身の横を手で示した。


 慌ててマリーエルが駆け寄ると、窓の外、そのずっと向こうに泳ぎ来る巨大な影が見えた。


「この精霊石を介して水の精霊の力を導く……」


「ええ。まずは私達の方で攻撃を──ッ⁉」


 その時突然、強い衝撃を受け、船体が酷く揺れた。声を上げ倒れ込みそうになったマリーエルをカルヴァスが支え、音のした辺りに鋭い目を向ける。


「何だ⁉」


「見て、カルヴァス!」


 マリーエルは窓の外の光景を指差した。


 海中で、劣魚と争っていたウィパッが、その腕に絡みつかれ苦しそうに身をくねらせていた。その更に奥で海底へとナヴァが沈んでいくのが見えた。ハッと意識を取り戻したナヴァは、ウィパッに泳ぎ寄ろうとして横合いから泳ぎ来る影憑きに気が付き、続いて後ろを振り返って潜水船の中のマリーエルに気が付いた。


 パッとナヴァが発した弾く音が、少し遅れて潜水船へと届く。


「……守る」


 カナメが難しい顔をして呟いた。


「守る? ウィパッを守るということか? 正直ナヴァの力じゃ──マリー?」


 窓の外で遠ざかっていくナヴァの後ろ姿を見やっていたカルヴァスは、立ち上がったマリーエルを怪訝そうに見上げた。


「カルヴァス、カナメ、力を貸して」


 マリーエルの様子にノノミが驚いたように僅かに退いた。


 カルヴァスとカナメは両脇からマリーエルを支えるように立ち、問うような視線を向ける。


 こうしている間にも、海中ではウィパッが鋭い歯で劣魚の腕の一本に噛みつき引き千切った。ナヴァは影憑きと衝突し、その触手を振り払おうと身を揺する。


「どうすればいい?」


 カルヴァスが訊くのに、マリーエルは窓の先を見つめた。


「今、あそこに近付くのは危険でしょ? だから、カナメの力で影憑きをこっちに引き寄せる。それで、私が水の精霊の力を導いて流れを作るから、カルヴァスはその流れに沿うように火の精霊の力を揮って欲しいの。海底に居た時の沸き立つ水、凄かったから」


「姫が言うのなら、やぶさかではない。なぁ、器よ」


 カルヴァスの口が火の精霊の声を紡いだ。


「──ちょっと、急にオレの口を使うのはやめて下さいよ。──よかろう、我の器なのだから。──いや……って、そんな言い合いしてる暇はない。此処からなら全力だな?」


 カルヴァスの問いに、マリーエルは頷いた。


 ひとつ息を吐いてから、カルヴァスはカナメとノノミに視線を向ける。


「ということだ。オレに何かあったら、頼む。堪えるつもりだけど」


「判った」


 カナメが頷いた。


 マリーエルは頷き返してから皆の顔をぐるりと見やり、まずカナメの手を取った。


 自身の気の中にカナメの気を取り込み、それを窓の精霊石を介して海中へと流し込む。暫くすると、ナヴァと争っていた影憑きがビクリと体を震わせて、ナヴァの体を離した。戸惑うナヴァは、影憑きが潜水船に向かっているのを見ると、驚いたような顔をしてから、すぐにウィパッの方へと泳ぎ行った。


「よし、やるか」


「うん」


 マリーエルは、今度はカルヴァスと手を繋ぎ、自身の中に水の精霊の力を導くと、そこにカルヴァスの中で燃え盛る火の精霊の力を沿わせ、それを精霊石を介して溜め込んだ。


「丁度いい間は、カルヴァスにお願いするね」


「……任せろ」


 精霊の力は混ざり合い、渦巻き、うねる。


 影憑きは、すぐ目前まで迫っていた。


「今だ……!」


 カルヴァスの合図に、マリーエルは力を解き放った。


 沸き立つ水が、勢いよく影憑き目掛けて飛び出すと、その体を貫いた。まるで痺れたように体を震わせた影憑きは、沸き立つ水に飲まれ、その体を散らし、幾多の泡を立てながら霧散していった。


 ワッと船内に声が上がる。


 ひとつ息を吐いたカルヴァスが、様子を窺うようにマリーエルを覗き込み、片眉を上げた。


「お、意外と大丈夫そうだな」


 マリーエルは目を瞬き、心身に意識を向け、頷いた。


「うん、大丈夫みたい。精霊石を介したからかな。それとも、カルヴァスの力と合わせたからかな。ううん、今はそれよりも……ウィパッは?」


 マリーエルは窓の外に目を向けた。ウィパッはナヴァと共に劣魚の体を次々と裂き、散らせていた。


「あっちも大丈夫そ──何だ⁉」


 カルヴァスが言った時、再び船体が衝撃に酷く揺れた。船が軋むギィギィという重い音が響く。


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