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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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34話 歓迎の宴

「さぁ、精霊姫様。次はこちらを如何でしょうか。こちらは我が華発の国で最も優れた美酒を作る地の、その為に作られた果実を使用した、華発の国随一の料理人の手による一品でございます」


 目の前に広がる光景に、カルヴァスは内心で溜め息を吐いた。


 熱心に世話を焼かれるマリーエルの様子を窺いつつ、酒器を口に運ぶ。


 謳歌号へと引き上げられた後、船で簡単な処置を受け、辿り着いた大渡の町で一行を出迎えたのは、当然ムシカだった。


 ムシカは華発王ジョイエルスの腹心ともいえる男で、国王隊を指揮する立場にある。以前に世界樹の枝葉の祓えに大陸へと訪れた際、ムシカには随分と世話になったのは事実ではあるし、華発の中では信頼を寄せるしかない相手ではあるが、ジョイエルスの精霊国への拘りを考慮すると、全面的に信用していい相手ではない。


 しかし、大渡の町での手厚い支援には、ただただ感謝するしかなかった。


 雷の精霊の力によって破損した謳歌号の修繕に、疲弊したマリーエルやカルヴァス、傷を受けたカナメの処置など、ムシカが命じればすぐに最高の腕を持った者が呼び出され、手厚い処置を受けることが出来た。


 そうして数日を過ごし、皆が体を起こせるようになると、開かれたのがこの歓迎の宴だった。慰労の意味も込められているが、次から次に運ばれる料理や酒を前に、ムシカは得意そうに弁舌をふるう。


 華発の料理は、その口ぶりの通り素材からしてかなり手の込んだものが多いのは、前回訪れた時に見知っている。


 確かに、回復の為に食事を必要としていたカルヴァスは、しかし既に様々なことを考え込みながらその手を進めていた。


 ──海底国との繋がりは、想定外ではあったが先手を打つことが出来た。


 ナヴァは、ウィパッと共に海底国の者として正式に大渡の町を訪問する、と約束して一度海底国へと戻った。マリーエルやカナメの回復を待つ間カルヴァスは既に海底で知り得た情報を、鏡を通したアントニオと共にムシカへと共有していた。


 〈海底人〉と〈劣魚〉の違い。それは、海底に異変が起きた際にどれだけ知識を受けることが出来たかによるのだろう。しかし、ただ等しく知識を受ければそれで穏やかに暮らす事が出来ると、そういうことではないらしい。


 今の状態に成るよりも前から、海底に住まうモノの中で〝縄張り争い〟というものは存在していた。勿論、陸においても同様のことは起きているが、しかし、海底でのそうしたことはウィパッ達〈海底人〉に任せるとして、陸の者として関係をどう築いていくかを考えなければならない。


 ──何処まで、共有するか、だな。きっとムシカは既にそこまで考えてる。


 マリーエルの長姉であるジャンナが華発の国明色の町へと嫁ぎ、四兄のヨンムが技術提携を結んでから、精霊国と華発の国の距離は随分と近くなったが、とはいえ華発の思惑通り、彼らの〝所有物〟になるつもりは毛頭なかった。


 ──そうはならない為の手段ではあったけど。


 フリドレードの内紛は、開けてみれば大陸からの間者や精霊国に入り込もうとする何者かの存在が明らかとなった。


 今の所、そのようなことを企てるのは華発の国が最も有力筋だと見られるが、しかしそのようなことを企てずとも、華発の技術力や政の手腕を考えれば要らぬ手間だとも考えられていた。


 ──では、何者が。


 今回のことで、海底国のことを含め、華発とは上手く付き合っていかなければならない。海底国の位置から考えると、どうやっても華発の国の方が有利だ。しかし、先に関係を築いたのは精霊国側であり、信頼を得ることが出来ているという感触があった。


 ──ムシカの手腕は侮る訳にはいかない。間者を送り込んだ者の存在と、それから……。


 その時、大皿を手にし笑みを浮かべたムシカが、カルヴァスの目の前にまるで踊るようにして現れた。


「カルヴァス殿。あまり食が進んでいないようですが、こちらは如何ですか。華発の国で最大の農地を保有する地で育てられた一級品の鶏肉です。または、最高級の穀物や美酒で育てた牛がございますが、敢えて素朴な味付けで召し上がって頂き、肉本来の味わいを楽しんで頂けるかと。どちらになさいますか」


 ムシカが旨そうな肉を示しながら言うのに、カルヴァスは笑みで応えた。


「しっかり楽しませて頂いていますよ。このような宴で出迎えて下さって痛み入ります。加えて、手厚い支援にも感謝申し上げます」


 カルヴァスが頭を下げると、ムシカは大皿を置いてから同じように返し、顔を上げるとカルヴァスの杯に酒を注ぎ、そうしてから、答えを待たずに切り分けた鶏と牛を皿に盛り付け、カルヴァスの前に差し出した。


 皿を受け取り、ムシカの誇る通り滑らかな舌触りと旨味、甘みが抜群の肉を味わいながら、カルヴァスは目の前に腰を下ろし杯を掲げたムシカに、掲げ返した。


 杯を口元に運びながら、辺りに目を走らせたカルヴァスは、内心で息を吐いた。


 ──ま、今此処でオレ達をどうこうするってことはないだろう。


 歓迎と慰労の宴は、酒が進む内に盛り上がりを見せていた。


 華発の提供した資材を使い謳歌号の修繕を行っていた船員達も、元々はそのまま港へと残るつもりだったが、「是非皆様も」とムシカより案内され、嬉しそうに最高級の華発の料理に舌鼓を打っている。


 カッテは、少しばかりの警戒を残しているようだが、酒精に頬を染めていた。僅かに緩んだその表情に、彼女の身に起こったことを考えれば、どんな宴であろうと、今は身を任せた方が良いのかもしれない、とカルヴァスは思っていた。


 いつもより少し離れた席にと案内されたマリーエルを窺い見る。


 マリーエルの隣には、他の精霊隊の面々が腰かけている。遠ざけられた訳ではないが、意図的な席次だということが判る。マリーエルの奥に座ったインターリが時折ちらと視線を向けてくるのを感じながら、カルヴァスはムシカと酒を呑み交わしていた。


 席案内の時点で、ムシカの意思が伝わってきていた。精霊姫であるマリーエルは、賓客として。カルヴァスを精霊隊隊長、そして大渡の町に居る〝精霊人〟の中で一番の力を持つ者として扱うという意思が。


 華発の国と関りを持つグラウス家四男ヨンムは、精霊国の政に深く関与している訳ではない。知の者であるアントニオも、政における決定権や強い発言権がある訳ではない。


 マリーエルの許に集められた精霊隊の隊長。そして国内の防備など軍務を担うクッザール隊で副隊長を務めていたカルヴァス。それも面識のある相手、となればムシカも腰を据えて話し、取り入ろうとするのだろう。


「精霊隊隊長に就任なされたことをこうして直接祝える場を得られるとは、幸いです。誠におめでとうございます」


「その節は、感謝申し上げます」


 精霊隊が編成されて暫く経った頃、ジョイエルスの名で様々な贈り物が届けられた。


 その全てが確かな一級品であり、暫くその噂は国中を賑わせた。

 

 祓えの旅の一件で、以前よりもやり取りが活発になり、華発の物が精霊国内に多く入り、その逆も頻繁に行われるようになった今、それがこの先どのような意味を持つのか、慎重に考えねばならない。


 国内で分配された贈り物の中で、ジュリアスの民は、華発の食材の加工方法や作物に強い興味を示し、精霊国内での食料生産や加工に役立て始めている。


 木々の波により打撃を受けた地ではあるが、さながら植物のように、強い根を張った民達は、再び芽を出し草葉を広げ、伸び上がる。


「此度のことも、ジョイエルス王から、精霊姫様率いる精霊隊の方々と協力し当たれと申し付かっております」


「心強いお言葉。共に手を取り解決に尽くしましょう」


 ムシカは笑みを深めると、カルヴァスの顔を感慨深そうにじっと見つめた。


「何か?」


 そう問うと、少しだけ間を取り、言った。


「いえ、随分と隊長という名にふさわしい方になられたものだと。勿論、以前が頼りなく見えたという訳ではありませんが。私も若き者の成長を感じる瞬間に、喜びを感じる年になったということです」


「それは……そう見えるのならば、喜ばしい限りです」


 カルヴァスはそう答えると、目の前の皿に乗る肉に再び手を付けた。「うん、旨い」と言うと、ムシカが喜びの声を上げる。


 ムシカはまるで長くカルヴァスの成長を見守って来た親類のような口ぶりだが、そうやって取り入ろうとしているのは明らかだった。


 これが、華発の国のやり方なのだ。


 ──酒はもっと気を抜いて楽しみたいものだけど。ま、仕方ねぇか。


 先程までのムシカはマリーエルの許に侍り、次々に料理を勧めていた。マリーエルが食べきれない分は横に座したベッロが残らず平らげていくので、助けに割り込むことはしなかったが、ムシカがカルヴァスへと標的を変えた今、マリーエルは何処かホッとした表情でゆっくりと宴を楽しめているようだった。


 自国の物を誇り、見せつけ、それを惜しみなく与えるに相応しい相手なのだ、と思わせる挙動が実に華発の者らしい。その一見すると懐の大きい〝親切〟は、適切な機会に要求を通すことに利用される。


 インターリに言わせれば、これは〝大陸のやり方〟というものなのだろう。大なり小なり大陸の国々は、こうして隣国と交渉し、関係を築いていたのだ。


 ──精霊国は特殊な島国だ。その感覚は掴みにくい。だけど、今はもうそういうことは言っていられない。


 精霊姫であるマリーエルの力を手に入れ、利用しようと企む者は多く居る。それにマリーエルの使命が阻害されぬよう守る為に精霊隊を編成した。


 今や、精霊姫という存在は大陸の国々にとっても大きな意味を持つ。


 どんなに面倒なやり取りでも、マリーエルの不利にならないよう、そして精霊国の不利益とならないよう行動しなければならない。


 その自覚が芽生え、行動へと移せているのをカルヴァスは感じていた。


 クッザールの許で兵としての心得と技術を学び、セルジオから大陸とのやり取りを教わって、実際に他地方とのやり取りを通じ、国王の国王たらんとする姿勢を見て、それに自身がどうやって報い、応えることが出来るのかを考える。


 そして、何よりも重要なのは、マリーエルを守ること。


 改めて、精霊隊隊長の座というものを得られたことに、感謝の念が湧く。


「それで、カルヴァス殿から見て〈海底国〉というのは?」


 ご機嫌取りも程々に、とムシカは引いた態度を取り、訊いた。


「詳しいことは明日改めて話しますが、海底に生じた〈海底人〉が元々巣として住んでいた場所……それを〈海底国〉として認識し始めた。我々が新たに関係を築くべき相手ですね」


 カルヴァスの言葉に、ムシカは考え込む素振りをする。


「アントニオ殿からも仔細聞いておりますが、未だハッキリとしない所があるようで」


「まだ彼等も知識の混乱の中にあります。国と国として対等な関係を築けるよう、精霊国としても尽力するつもりです。〈海底人〉から話を聞き、実際に海底というものを目にしたとはいえ、まだ未知の場所であることは変わりませんから」


 カルヴァスは話しながらムシカの様子を窺った。


 真剣な顔をしたり、悩んでみせたり、そうしながらも笑みを浮かべているが、その実相当頭を働かせているのだろうと思われた。


 資材、技術の提供は華発の国が多くしているとはいえ、マリーエルの存在により精霊国は先に海底国との接触を取ることが出来た。それも、概ね良好と呼んでいい。


 精霊国との関係も、他のどの国より有利に立とうとしている華発が、その関係を気に掛けつつ新たな海底の国とも関係を築いていかねばならない。


 精霊国のあらゆる資材、技術、そうしたものは既に織り込み済みだろうが、ムシカは今カルヴァスと話しながら今後どのように舵を取るのか考えているのだろう。


 これも全て国の──そして主である王の為。


 ──そう思うと、面倒な相手でも親近感が湧かねぇでもないな。


「確か、ヨンム様の鏡は此処──大渡の町にあるのでしたね」


 カルヴァスは判り切ったことを敢えて確認するように訊いた。


 海底国とのやり取りをする上で、精霊国としても、華発の国の内で特にジョイエルス王直轄のムシカ率いる者達を信頼しているのだ、と敢えて伝える形だ。


 今、大渡の町には、華発中から一応は「王からの呼び掛け」という体を取っているが、海底国を探索し、その資材を得んとする者達も集まっている。


 そうして、華発の国の中で優位な立場に立とうとしているのだろう。


 カルヴァスはグラウス家長姉ジャンナが嫁いだ明色の町領主エレジアを思い出していた。


 明色の町は、精霊国からの花嫁という最高の宝を手に入れたせいか、大渡の町には出てきていない。マリーエル宛にジャンナからの文と差し入れが届いたくらいだった。


「ええ。港に程近い我が華発国国王隊の監視所に置いております。ヨンム様と我等で共同開発した潜水船の造船指揮をするのに最も適している場所です」


 ムシカはニッコリと笑んでから、酒器を持ち上げた。カルヴァスは杯を干し、酒を受けた。


「潜水船が運航されれば、海底国とのやり取りも随分容易になりますね」


 自身の杯にも酒を注ぎ、ひと口飲んだムシカは、誇らしげにひとつ頷いた。


「既に試運航は済ませております。明日、互いに知り得たことを話し合い、今後の方針を決めることとしましょう。その為に、まずはこの宴をめいっぱい楽しみましょう。事が進めば、このように楽しみ、語らうことなど出来ないでしょうから」


「そうですね」


 カルヴァスは笑顔で杯を傾け、新たな酒を持って来させたムシカに内心で溜め息を吐いた。


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