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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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31話 ルワァ

「なんだ⁉」


 穴蔵を出たカルヴァスは、上を見上げ、舌打ちした。


「どうしたの⁉」


「あれが、ルワァって奴か」


 同じようにして見上げれば、海藻で照らされた〝城〟の上海を、巨大な魚影が争っている。


「あぁ、君達……っ! いますぐ裂け目に行ってくれ!」


 鋭く泳いで来たナヴァが、抱えた稚魚から縄のような海藻を受け取り、それを差し出しながら言った。マリーエル達を穴蔵の外に出し、入れ替えに稚魚達を押し入れる。


「君達には、何か策があるんだろう?」


「ああ、まぁ……。それより、あれがルワァか?」


 カルヴァスは、縄の一本をカナメに手渡し、もう一本で自分の体とマリーエルの体を繋ぎながら訊いた。


 ナヴァは上海を見上げ、苦い顔をした。


「あぁ、そうだ。奴はこの巣……城を狙っている。そして、何処で訊いたか裂け目から知識を得ようとしている。あそこを塞ぐのは実に残念だが、奴らにこの素晴らしい知識というものを与える必要はない。──さぁ!」


 ナヴァはマリーエル達の体を抱えると、裂け目の方へと泳ぎ始めた。


「ま、待って。ウィパッの方は良いの?」


 ウィパッと思われる魚影は、時折激しく岩場へと叩きつけられている。肩越しにそれを振り返ったナヴァは悔しそうな顔をしてから、前を見た。


「僕なんかより、ウィパッの方がずっと強いんだ。彼女はこの巣の王様……女王なんだ。僕が行った所で足手まといにしかならないよ。それよりも、早い所あの裂け目を塞いで、奴に此処が襲う価値のないものと思わせないと」


 辺りに大きな音が響く中、ナヴァは裂け目へと力強く尾ヒレを動かした。


「それで、僕にも手伝えることはあるかい」


 その言葉に、カルヴァスは上海に目を向けた。


「あるにはあるけど……今はあっちの方が気懸りだ。一応こっちの策は三人……と精霊の力で成り立つようになってる。だから、もしそれ以外で何かあれば、対処して欲しい。陸ならまだしも、あの争いにオレ等が混ざれる気はしないぜ」


 ナヴァはひとつ頷くと、泳ぎを緩めた。


「さぁ、着いた。僕は此処で見張っているよ」


 それに頷き、カルヴァスは適当な岩場を見つけ海藻を結び付けた。その強度を今一度確かめ、カナメに目配せする。


「急いではいたけど、こうも切迫した状況になるとはな」


「ああ」


 カナメはマリーエルへと視線を送り、もう一度カルヴァスを見やってからひとつ頷くと、裂け目の方へと歩いて行った。


 裂け目の引き込む力は、今は弱まりつつあった。


 それでも、何処か急いた感覚があるのは、ウィパッの争う音が聞こえるからだろう。知らず手を握りしめていたマリーエルの手を、カルヴァスが掴んだ。


「あんま気負い過ぎるな。お前は裂け目を塞ぐだけ。塞ぐこと自体は簡単だろ。何も悩むことはない。アイツも澱みを相手するのに何の不安もない。そんで、お前のことはオレが守る。な? 何も心配することはない」


 その言葉に、マリーエルはホッとした感覚で頷いた。


「うん、そうだね。行こう」


 裂け目へと歩み寄ったカナメへと誘われるように、澱みが溢れ襲い掛かる。カナメはそれをいなしながら、次々とを斬り伏せていった。


 カナメが戦うのとは反対の方へ回り込むようにして、マリーエル達は歩き始めた。水の精霊は流れを作りながら、近くを行く。


 カルヴァスは剣を手に、マリーエルを抱えるようにして進んだ。


 カナメが海底の砂に足を取られるのを目にした時も、マリーエルを抱える手に力を込め、慎重に進んだ。


「……あと、どのくらい近付けばいい?」


 カナメの許から逃げ流され襲い掛かって来た澱みを斬り上げながらカルヴァスが訊いた。


 マリーエルは裂け目を注意深く見つめたまま、眉を寄せた。


「もう少し……」


 その時、突然裂け目の引き込む力が強くなった。


 カルヴァスはマリーエルを抱き寄せて岩場にしがみつき、カナメを見やった。カナメも同じように耐えている。澱みだけが裂け目へと引き込まれていった。


「くそっ、急いでるっていうのに」


 カルヴァスの言葉に被さるようにして、辺りに大きな音が響いた。


 すぐ近くの岩場にウィパッの倒れ込む姿が見えた。


「ウィパッ⁉」


 ナヴァがウィパッの許へと泳ぎ寄ろうとすると、大型の魚影がそれを遮った。


「おぉい……そう簡単にコイツの許には行かせないぜ」


 ()()()がにたりと笑う。その体は、ウィパッやナヴァの滑らかな鱗を持つものとは違い、いくつもの棘が生え出ていた。大きく切り開いたような口を歪め、いたぶることを楽しんでいるようにナヴァを見やる。


「やっぱり、そのヒレは剥いじまった方がよかったなぁ。随分と綺麗なものを付けているから、取っておいたんだがなぁ。オレ様が海の王となった時には、そのヒレで体に付いた藻の掃除でもしてやろうかと思ってるんだが」


 クックッとルワァは笑う。そうして、ちらと裂け目を見下ろし、目を瞬いた。


「おや、何だ。あの小さい生き物は? あれは上の生き物だろう。どうやって、連れて来た? 何をさせている?」


 そう訊きながら、ルワァは立ち塞がるナヴァを、余裕を滲ませながら見やった。


「そうか、お前達もあの穴から知識を得て、何か思い浮かんだな? 何を企てようとオレ様がそうはさせん。あれはオレ様のものだからなぁ」


「違う」


 ウィパッが苦しげに言葉を吐き出し、ルワァのヒレを掴んだ。


「此処に在るもの全て、お前のものではない」


 そう言うと、ウィパッはぐんと腕に力を込め、ルワァの体を投げ飛ばした。遠くの岩にルワァの体が叩きつけられる。


「急げ、〈力在る者よ〉」


 ウィパッは体をしならせルワァの許へと泳ぎ寄った。ルワァが腕を振るい、棘を引き抜くとウィパッに投げ付ける。水がうねり、ウィパッが避けた棘が、マリーエル達の近くの岩に突き刺さった。


 水の精霊が咄嗟に流れを作り、棘から滲む液体を遠ざけた。


「毒か……」


 カルヴァスが苦々しげに呟いた。


 再び緩み始めた裂け目の引き寄せる力を見て取り、カルヴァスがマリーエルの背を押した。


「あれに気を付けろ。水の精霊が流れを作ってはいるが、ウィパッ達の戦いで不規則だ。うっかり触れたら動けなくなる」


「う、うん……」


 ウィパッの戦いは互いの体を岩に叩きつけ、牽制し合い、激しくぶつかり合う。そこに裂け目の引き寄せる力も加わり、辺りの水流は入り乱れていた。


 再び裂け目から澱みが沸き上がり、カナメに襲い掛かった。


 水の精霊が、ウィパッ達の戦いによって崩れる岩場や、棘の毒を押し流す。


 カルヴァスに支えられているとはいえ、マリーエルの足では少しずつ進むのがやっとだった。


 状況は徐々に悪化していく。


 マリーエルの気の流れも乱れ始め、時がないことが判る。


「一旦戻る……訳にはいかねぇな。マリー、少し無茶してもいいか? オレが──」


「いいよ。急がないとでしょ。カルヴァスのこと信じてるから」


 マリーエルがしがみつきながら言うと、カルヴァスがふっと小さく笑ったのが判った。


「じゃあ、お前はお前の役目を果たせ。行くぞ」


 そう言うと、カルヴァスはマリーエルの体を抱え上げ、水流に乗った。引き込む力のままに裂け目へとひと息に流れ近付く。


 離れないようにしがみついていたマリーエルは、ある地点で声を上げた。


「此処で大丈夫!」


 その言葉に、カルヴァスが海底に剣を突き立てる。ぐっと強い力が腹に加わり、マリーエルは小さく呻いてから裂け目に向き直った。


 再び強く引き込み始めた裂け目に向けて集中する。


「水の精霊よ、私と共に」


 マリーエルの呼び掛けに、水の精霊が流れ寄ると、司る力をマリーエルの身の内へと強く流し込み始めた。


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