28話 信じるよ
「渦って……お姫様達はどうするんだよ⁉」
「まずはアタシ達の身の安全が先だよ! 早く船室にすっこんでな!」
カッテが叫び、インターリを船室の方へと押し返した。食い下がろうとしたインターリは、しかし頭を振り、ゆっくりと退いた。足元でオロオロとしていたベッロが、裾を引く。
「判ってるよ……!」
苛立ち紛れに声を上げ、海を見やると、船の前に生じていた渦はいよいよ勢いを増し始めていた。
「くそ……あの怪物……お姫様達に何かあったらただじゃおかない」
憎々しげに呟いたインターリの視界に、激しい光が瞬いた。思わず閉じた目を開けると、強い光が見下ろしていた。
「視えるか?」
「は……?」
「視えはせぬが、聴こえてはいる。火の奴の言う通りだな。まぁよい。お前の内に在る力を借りるぞ」
「え、は……何?」
突然、戸惑うインターリの身の内を激しい力が通り抜けた。
「この船に在る者達は水の奴の力を受けている。お前は何者の力も受けてはおらん。故に、お前の力を使う。見よ、海に潜むモノがこの船を追っている。救ってやろう。船がなければ姫を救えん」
「ア、アンタもしかして精霊──」
「いざ!」
雷の精霊が声を上げると、インターリは身の内を裂くような強大な力が自身を毟り取っていく感覚を覚え、身を仰け反らせた。
「ッ……ぅ、ぁ……!」
雷が海上を走り、渦を避け船に近付いた〈劣ったモノ〉を砕き破った。
「インターリ、アンタ何をやってるんだ⁉」
叫んだカッテが、インターリに纏わりつく激しい光に目をすがめる。
「船長、渦が広がってる! 〈劣ったモノ〉も複数確認!」
「あぁ、くそ! アタシ達はまず渦を避ける。〈劣ったモノ〉はなんだかよく判んないけど、アイツが何かしてるみたいだからね」
インターリは騒ぎを遠い意識の中で聞きながら、身の内を暴れ回る力に膝を突いた。船が大きく揺れているが、そのようなことを気に掛ける余裕はない。視界はグルグルと回り、意識が飛びそうになる。
インターリに触れようとしたベッロが、キャンと声を上げて後退る。
見れば、自身の体の表面を纏わりついている光が雷だということが判った。
──これが、精霊の力? でも何で僕に。
「何をやっておる! やめんか!」
声が響いた。煌めきと共に現れたアールが、インターリから少し離れた場所に立ち、宙に目を向けていた。
轟音を響かせて雷を放っていた雷の精霊は、ふと手を止めて船上へと舞い戻った。
「あぁ、栗鼠の。水の奴から海に潜むモノの話を詳しく聞いてな。考えている内に姫が海へと引き込まれたというから、水の奴に任せて我はこちらを救いに来たのだ」
胸を張る雷の精霊に、アールが呆れたように頭を振る。
「お主はまた……誰の話も中途半端に聞きおって。そもそも何故器でもないこやつの力を使っている」
「器がおらぬが、力を使う必要があったからな」
「アンタ勝手に──」
力が収まったことで僅かに意識がハッキリとしたインターリは、詰ろうと口を開いた途端、込み上げる吐き気に口元を押えた。しかし、努力も虚しくそれは船床に吐き出された。
口の中に酸っぱい味と血の味が広がっていく。身の内をぐちゃぐちゃに掻き回されたような最悪な気分だった。
「んだよ……これ……」
喉に吐瀉物が絡み、声が嗄れる。
「器でない者の力を奪ってはならぬ。それも守れんのか」
「では、お前、器に成れ。ちと力は足りぬがまぁ使える」
再びインターリの身の内に強大な力が注がれ始めた。苦しみ呻くインターリの前に、小さな体で立ち塞がったアールが怒声を上げた。
「やめろと言っておる! 我等が器と成すにはそれ相応の覚悟と盟約が必要じゃ! そう一方的に成すものではない。何より、こやつの様子を見よ。これ以上力を注げば耐えられんぞ! 他の精霊ならまだしも、お主のような粗雑な扱いは器を壊す」
アールの言葉に雷の精霊は「ふむ」と呟き、力を収めた。
息の塊を吐いたインターリは、しかしそれ以上動くことが出来なかった。
「インターリ、大丈夫」
変身したベッロがインターリの体を抱え上げた。
「……全身痛いよ……くそ」
舌打ちする余裕もなくベッロに抱かれたままになっていると、駆けてきたカッテが目を瞬いた。
「光り輝いてると思ったら、何で死にかけてるのさ」
「……知らないよ。そこの、精霊に聞けよ……」
カッテはインターリの指差す方を見てから、視線を下に向けた。
「どういうことなんだい?」
そこには頭を抱えるアールの姿があった。
「雷の奴はもう去ったわ。ほれ、あそこに」
アールの示す先で、雷の精霊は上空に浮かび上がり、湧き始めた雨雲に手を伸ばしていた。
「……アタシには視えないんだけど……とにかく雷の精霊の力を使ったって訳だね。器に選ばれたってことかい」
ぐったりとするインターリの代わりに、アールが首を振った。
「いや、こやつに資質がない訳でもないが、しかし器たる程でもない……あやつが無理に力を流し込んだのじゃ。こやつが命を失わなかったのが幸いじゃな。ほれ、早いうちに休ませた方が良かろう」
アールがベッロの肩に跳び上がり言った。
「インターリ寝る。ベッロ温める。インターリ冷たい」
船室へと入ろうとするベッロの肩を、インターリはぐいと押し返した。
「それよりも……お姫様達だよ」
「それなら心配に及ばん。水の奴が姫の呼び掛けに応えた。共に裂け目へと向かっておる。悠長に構える訳にもいかぬが、他の精霊では──いや、儂等の世界でも新たな精霊が生じそうでな。精霊王がことに当たっておられるが……と、お主に語っても意味はないか。儂は精霊国へと戻ろう。暫しこちらには来れんが、まぁ安心せい。我等精霊には姫が必要だからな」
そういうとアールは煌めきと共に消えた。
その跡を見つめていたカッテは、インターリを見下ろし、息を吐いた。
「精霊のことはマリー様達が居ない今アタシにはよく判らない。でも、無事だっていうなら、一度大渡の町へと向かう。マリー様達が裂け目に向かっているなら、こんな渦の多い場所でぼんやりと待つよりは、大渡で控えていた方がいい。アンタの雷は〈劣ったモノ〉を打ち砕いたけど、アタシの船も所々傷を負ったんでね」
カッテは溜め息交じりに船を見回した。船員達が急ぎ足で船の修復にあたっている。
「アンタは寝てな」
「……そうさせて貰うよ。本当、アンタ等精霊人って僕にはよく判らないよ」
インターリはそう言ってから海を見やり、胸中に沸いた不安を押しやるように目を閉じた。
──お姫様は無事なんだ。アイツ等も一緒に居る。……信じるよ。
そう考えてから、再び込み上げた吐き気に、インターリは呻き声を上げた。




