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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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25話 マテない

 棟梁の館で一夜を過ごし、出立する時になってやっと棟梁との目通りが叶った。


「すまんな。〈海底人〉とやらの件でここらは特に忙しくてな。全く、影のこともあるってのに……。まぁ、それで私等の作品を求める者が増えたんだから、嬉しい悲鳴ってやつだがな。姫さん方も、それぞれの務めに尽くされているようで、頭が下がる思いだ」


 棟梁は搾りたての果汁を勧めながら、自らもごくりと喉を鳴らして飲み、少しだけ物足りなさそうな顔をした。


「セルジオとは以前よりもしょっちゅう文のやり取りはしているが、これはどうにもこの国に招こうという時期でもないようだな。そればかりが残念だが、こうして姫さんに会えて良かった。姫さんの姉君には一度お会いしたが、実に綺麗だった。明色の坊ちゃんとも仲睦まじくてな」


「その節は、有難うございました」


 マリーエルが頭を垂れると、棟梁はニッと嬉しそうに笑ってから畏まって同じようにした。


 棟梁は、ジャンナの婚礼の一団を受け入れ、祝いの宴を催してくれたのだ、とジャンナからの文にも書かれていた。それに対して、グラウスと代表してセルジオから礼の品が贈られたのは、フリドレードの内紛の件が終わって少し経った頃だった。


 あの時は、影の問題があってもまだ様々なことを楽しむ余裕があった。


 今は、海底国、海底人、劣ったモノ達……国内では喪失の谷の件など、対処すべきことが多くある。


「私等は、出来る限り姫さん等に協力しようと思っている。今後大渡の町に行くようだが、華発とは以前よりも取引が増えて、少しだがその為に炉の国を出した者も居る。もし、他の地で困ったことがあれば、炉の民を頼るといい。炉の民の心は何処にあっても共にあり、炉によって結ばれている」


 船まで様子を見に行っていたインターリが出立の準備が整ったことを伝えに来たのを切っ掛けに、マリーエル達は棟梁の館を出た。


「インターリも棟梁の館でゆっくりしていれば良かったのに」


 港とのやり取りを主に行う連絡役もおり、最初は連絡役に謳歌号とのやり取りを任せる予定だったのだが、朝餉(あさげ)を終えるとインターリは外に出てしまっていた。


 義手の整備は昨日の内に終わらせていたし、特に館でやることもなかったが、体を休めるということにも飽きてしまったようだった。


「別にいいでしょ。どうせ船では狭い所でずっと一緒に居ることになるんだから。僕だって一人になりたい時があるんだよ」


「……それなら仕方ないけど。最近、なんか……心配」


 マリーエルの言葉に、インターリは足を止めた。振り返り、呆れたように顔を歪める。


「僕のことなんか心配してる暇ないでしょ。その暇があったら、海底の奴らをどうにかする方法を考えたら」


「インターリ殿、言い方」


 アーチェが鋭く諫めると、インターリはふいと顔を背け、再び歩き始めた。


 マリーエルはその後ろ姿を見ながら、隣を歩くカルヴァスの袖を引っ張った。


「ねぇ、インターリ大丈夫かな。もしかして、口うるさく言い過ぎちゃったかな」


 カルヴァスは気にしていない様子で、軽くマリーエルの頭を撫でると、急かすように背を押した。


「放っておいても大丈夫だよ。自分でも言ってたけど、たまには一人になる時間も必要なんだろ。むしろ、グラウスでの暮らしを考えると、アイツにしてはこの状況はオレ等と過ごす時が多い。放ってやるのも信頼ってやつだ」


「うん……でも──」


「大丈夫。というか、アイツ気に食わなかったら此処から居なくなってるだろ」


「確かに、そうかも」


 インターリは、誰が何と言おうが、絶対に嫌だと感じていることを受け入れない。精霊隊に未だ入らないのもそうだった。


「あのさぁ、さっきから聞こえてるんだけど。アンタ等僕にお説教があるなら直接言えば?」


 マリーエルは頬を膨らませると、前を行くインターリに追いつき、その顔を覗き込んだ。


「お説教じゃないもん。もっと一緒に過ごせたらって思っただけだもん」


「また〝一緒に〟って、そんなベタベタ居たいなら、アイツらと一緒に居ればいいでしょ」


 インターリは面倒そうに後ろを指差す。マリーエルはムッとしてから、少しだけ俯いた。


「インターリとも一緒に居たいって話だよ。でも……インターリにとってそれが辛いことなら、悪いことしちゃってたなと思っただけ。私は好きな人達には近くに居て欲しいって思っちゃうし、出来るだけ一緒に過ごしたいって思うけど、でもそれが苦手な人も居るんだよな……って、気付いたの」


 耳を傾けていたインターリは、「ふぅん」と答えながら、隣を歩いていたベッロの頭を撫でた。ベッロは嬉しそうにしながらも、不安を滲ませた瞳で、マリーエルとインターリを見比べている。


「今更?」


「……うん、今更」


 マリーエルが肩を落とすのに、インターリが不意にふっと笑い出した。マリーエルが戸惑う様子を見やり、意地悪そうな笑みを浮かべる。


「というか、そんなことをいちいち伝えるなんて、本当お姫様って変なお姫様だね。僕のことなんか気にしなきゃいいのにさ。ま、でもさっきアイツが言ってたけど『気に食わなかったら此処に居ない』よ。忘れてるだろうけど、僕の望みはもう叶ってる。本当に気に食わなかったら僕は此処には居ない。それが、出来る。そうでしょ?」


 インターリはニヤニヤとしながらそう訊いた。マリーエルは、悩みながらも、小さく頷いた。


「うん、もし本当に嫌だったら、ね。でも、私はインターリの居心地が良い状態で一緒に居て欲しいって思うよ」


「さて、どうだかね」


 インターリが笑みを深めて言うと、その頭をカルヴァスが小突いた。


「もういいだろ。その気もない癖に」


「はぁ? 何でアンタが僕の考えを判ったように言う訳?」


 道の先には港が見えてきていた。謳歌号には、カッテの姿が見える。


「ほら、行くぞ」


 カルヴァスはマリーエルの背を押し、謳歌号へ向かって足を速めた。ムッとしたインターリの肩を、カナメが無言で叩く。ベッロが可笑しそうにワフッと声を漏らし、アーチェが呆れたような目で一瞥する。


「インターリ行くよー」


 マリーエルが後ろを振り向き手で招くと、インターリは思い切り顔を(しか)めてから、その後をわざとゆっくり追った。


「好きだってさ。馬鹿じゃないの」


 その呟きは、港の喧騒の中に掻き消えた。




 大渡の町への海路には大型船が行き交い、〈劣ったモノ〉の出没頻度の割には交戦頻度が低かった。華発の国は海路さえも大輪城へ続く路へとしようとしているようだった。


 海は誰のものでもない。ただ流れ揺蕩(たゆた)うものとして在る。


 その水は世界の端から混沌へと流れ、世界樹を巡って再び命世界へと還る。


 しかし今、海底にも国が在るというのなら、誰かが対話をし、架け橋とならねばならない。


 その面においては、〈力を持ちし者〉と思われているマリーエルは、精霊国の姫として一歩先を行くこととなった訳だが、華発の国も海の資源の面を考えれば、それに対抗する一手を打ってくるのは当然だった。


 華発の国は〝全てが揃う国〟なのだから。


 カルヴァスは、事前にグランディウス王より伝えられていたことを思い返していた。


『国と国の問題は、鏡を通して直接にジョイエルスとやり取りをする。精霊隊は、国は関係なく有事に対処する立場を守って欲しい』


 情報共有の為、謳歌号の横に付けた華発の船を見上げたカルヴァスは、難しい顔をした。その様子に気が付いたマリーエルが首を傾げる。


「どうしたの?」


「んー、いや、この先どうしたもんかな、と思ってな」


 言葉の意味を拾えず、マリーエルが続きを待っていると、カルヴァスが答えるより先に華発の船から戻ったカッテが「渦だ」と言った。


「渦?」


 カッテは頷き、海の遠くの方を指さした。


「この先に渦が多く生じてる。どうにも海底が原因みたいなんだけど……」


 そう言いながら、船縁から海面を覗き込み、ウィパッを探す。何度か呼び掛けた後、ウィパッが顔を覗かせた。


「渦は、どうにか出来ないのかい」


 海路は華発の船によって管理が進められている。勿論、精霊国からも船を出しているが、その技術力からも遠く及ばないのは事実だった。精霊国が華発の国に対し多少優位に立てるのは、その希少性や霊妙性を保っているからだった。


 その華発の船をもってしても、海上に発生した渦や嵐等はどうしようもない。マリーエルであっても、精霊の力がこの世界に流れるのを、命世界にとって不利益になるからという理由で止めることは出来ない。そのようなことをすれば、溢れた力がより強い禍を生むこととなる。


「デキない」


 ウィパッは難しい顔をして言った。


 海を行く間、急成長ともいえる速度でウィパッは言語を習得し始めていた。それは、今海底で起きている問題が影響しているのだとアントニオは言う。


 海底に開いた穴は、いわばそのまま世界樹へと繋がっている状態だ。巡る魂の残滓が、知性と呼べるものを獲得した〈海底人〉にすさまじい勢いで流れ込んでいた。


 全ての対話にアントニオを介す必要がなくなったのは事実だが、言葉を理解するということは、此方の話をも理解しているということ。迂闊なことは話せない。


「渦を避けて大渡の町に着くには、数日余計に掛かるよ」


 カッテは海図に書き込みをしながら眉根を寄せた。


「……まぁ、仕方ねぇな。行けないもんは行けないんだ。出来るだけ危険は避けてくれ。渦に影憑きにって来られたら、こっちだって対処出来ない。それこそ、華発の技術力に頼った方が随分楽に事が済む。まずは、大渡の町へ、だ」


「そうだね」


 ひとつ頷いたカッテが、船員達に指示を飛ばす。一度大きく奥の方へと逸れて、大周りをする形で大渡の町へと向かう。


 カルヴァス達のやり取りを見守っていたマリーエルは「ヒメ」と呼ばれて船縁に歩み寄った。


「ウィパッ。なに?」


 ウィパッと話す時には出来るだけ簡潔に、と心掛けていたマリーエルは、じっとウィパッの反応を待っていたが、ウィパッはおもむろに船縁に手を掛け、体を引き上げた。船がギィと音を立て揺らぐ。


「もうマテない」


「……え?」


 ウィパッはマリーエルの体を掴み上げると、そのまま海中へと引きずり込んだ。


「マリー!」


 カナメが声を上げ、マリーエルを追って海に飛び込んだ。水飛沫が上がり、カナメは海中深くへと沈む。


「なっ……⁉ お前等は船に居ろ!」


 カルヴァスがインターリとベッロに叫び、カナメの後を追った。水飛沫が上がるのを、インターリは船縁に駆け寄って見下ろした。


「おい、船に居ろって──」


「待ちな。アンタ等は船室に!」


 カッテがインターリの肩を引いた。


「あ? 今そんなこと言ってる場合じゃ──」


「渦だよ!」


 カッテはインターリの背を押しながら、船の前方を指さした。


 そこには、船を呑み込まんとする渦が生じ始めていた。


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