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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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24話 親父

 炉の国に着くと、以前とは少し様子が違っていた。


 様々な船が港に泊まり、武具や食料等が多く取引されているようだった。


 謳歌号を目にした〈頭〉が、行き交う人々の間を縫って船に歩み寄って来ると、カッテが挨拶を投げた。顎を引いて挨拶を返した〈頭〉は、何処か重い表情でカッテを見つめている。


「カッテ殿、お見せしたいものが」


 船を降りようとしたマリーエルに気が付き、畏まった挨拶を終えてから、〈頭〉は深刻そうな顔でカッテに言った。


「姫様方は船に残って頂いても……」


 気遣うように言う〈頭〉に、カッテはぐっと喉を鳴らしてから首を振る。


「良かったら、マリー様も一緒に来てくれないかい。私一人じゃ耐えられないかもしれないからさ」


 口端が小さく震えているカッテの笑みに、マリーエルは微笑みで返し、その腕を擦った。


「うん、一緒に行くよ」


 カッテは、腕に重ねられた手に手を重ねてから、〈頭〉にひとつ頷いた。


「じゃあ、オレがついて行くか。いいな、カッテ」


 じっと様子を窺っていたカルヴァスが、カナメに目配せしてから言った。


「あぁ、悪いね」


 カッテは沈んだ瞳で、微笑んだ。


 港の一角の建物に、海から流れ着いたものや、海上で回収されたものが積み上げられ、炉の民や港の者達がそれらを選別していた。隅の方では布を掛けられた()()が静かに横たわっていた。炉の国の術師がその前で祈りを捧げている。


 〈頭〉は、マリーエル達を奥の間に案内した。床には木片や金属片が幾つか並べられている。


 入り口でカッテは一度足を止め、恐る恐るというように奥の間に入り、それらを見下ろした。


「これは……」


「カッテ殿。こちらを」


 〈頭〉は卓の上の物を手で示した。


 カッテはハッと息を呑み、慌てた様子で駆け寄ってから、急に足を止めた。〈頭〉の顔がきゅっと歪められ、それでもカッテを静かに見つめている。


 緩慢な動きで卓の上に手を伸ばしたカッテは、小さく震えながら首飾りを手に取った。


「これ……親父のだ」


「やはり、そうでしたか。以前お会いした時に、貴女に贈られたものだとお聞きしましたので」


 〈頭〉の言葉にカッテは息を詰まらせ、苦しそうに呼吸を繰り返すと、静かに床に膝を突いた。


「カッテ……」


 マリーエルがその側に跪き、背に手を当てると、カッテの体は絶望に震えていた。マリーエルはそれ以上何も言うことが出来なかった。


 〈頭〉が頭を垂れて部屋を出て行く。


「オレも外に出てるな」


 振り返ると、カルヴァスが奥の間を出てすぐの辺りを指差していた。


「うん」


 マリーエルが答えると、カルヴァスはちらとカッテを見やってから外へと出て行った。


「マリー様……これ、アタシが親父に贈った物なんだ」


「うん」


「ずっと、昔にね。アタシが網を上手く編めるようになった時に、首飾りを作って親父にあげたんだよ。……約束だったからね」


「うん」


「もっと上手くなってから新しいのを作ってやるって言ったんだけどさ。これで良いって。何事も初心を忘れちゃいけないってさ。何だそれ、って言って……」


 カッテはゆるゆると顔を横に向け、床に並べられた残骸を見回した。


「これは、親父の船だ。アタシが継ぐ筈だった船。──ほら、あの木片。前にマリー様を乗せた時にあの辺りに座ったよ。マリー様はきっと全部同じに見えるだろうけどさ。アタシは……ずっと子供の頃から見てたんだ。判るよ。今でも、コイツの姿が」


 あぁ、と息を吐いたカッテは、ふいに顔を歪めた。その瞳からは静かに涙が零れ落ちる。


「ただの木片になっちまったんだねぇ……親父も、本当に……死んじまったんだ」


 最後の方は涙に潰れた声で吐き出すと、カッテはわっと悲しみの声を上げた。


 マリーエルはその体を抱き締めた。


 何も言えなかった。


 何も出来なかった。


 ただ、悲しみに心を引き裂かれてしまったカッテを守るように、包むように、抱き締める。


 広大な海のように煌めくカッテの瞳は、今は悲しみに溺れ、心には嵐が吹き荒れている。


 この痛みは、きっと消えない。


 それでも、少しでも覆いを出来るように。


 マリーエルは、ただ、カッテを抱き締めていた。




「……その、悪かったね」


 茶で喉を潤してから、まだ悲しみに沈んだ顔でカッテが言った。


 折を見ていたのか、〈頭〉が茶の支度が出来ている、と呼びに来た。船の残骸は確認後精霊国へと戻されることとなった。


「ううん。今、カッテの側に居られて良かったよ」


 カッテはゆるゆると顔を上げると、ぎこちなく笑みを浮かべた。


「そうだね、ついて来てくれて有難う。姫様にさ、こんな個人的なことに付き合って貰っちゃって。でも、有難う。やっぱり、一人じゃ耐えられそうになかったよ」


「うん」


 マリーエルがカッテの手に手を重ねると、カッテは少しだけホッとしたように指先を絡めた。


 ふと顔を上げ、部屋を見回したカッテは、ふうと息を吐いた。


「〈頭〉にも世話を掛けちゃったね。こんな顔じゃ船にも戻れないし、少しゆっくりさせて貰うよ。あぁ、でも心配しないで。数時だけだからさ」


「もし辛いようなら、棟梁の館に一緒に来たら? きっと棟梁なら受け入れてくれると思う」


 マリーエル達は、船への補給の間、以前のように棟梁の館へと世話になることになっている。


 しかし、カッテは緩く首を振った。


「いいや、自分の船のことをアイツ等だけに任せる訳にはいかないからね。それに、親父達のことをしっかりアタシの口から説明しないとね。それが船長ってものだから」


「そっか……」


 カッテは黙々と茶菓子を口に運ぶカルヴァスに目を向けると、からかうように笑みを浮かべた。


「遺体が揚がった訳じゃないなら、死んだとは確定しない……とは言わないんだね」


 その声は、カルヴァスに訊いているのに、まるで独り言のような響きを持っていた。


 茶をひと口飲んでから、カルヴァスはじっと手元に目を落とした。


「確かに、死んだと確定はしていない。ただ、あの残骸を見る限り、少なくとも船は沈んでいる。ウィパッによれば、〈劣ったモノ〉は手あたり次第船を襲っているらしいからな。それでいて、その首飾りも切れたりしてる訳じゃない。この場合、オレ等兵は〝安否は絶望的〟だと見る」


 部屋にシンと沈黙が落ちた。カルヴァスが身じろぎし、続ける。


「ただ、オレとしては──」


「いや、判ってる。すまないね、こんな話をさせてさ」


 カッテは首飾りを持つ手に僅かに力を込め、俯いた。小さく(はな)をすすり、顔を上げる。


「覚悟は……出来てたんだ。なかなか信じられないってだけでさ。親父が死んだなんて、信じたくないよ」


 そう言って、再び零れた涙をカッテは乱暴に拭うと、器を傾け、ひと息に茶を飲み干した。


「もう少し、付き合ってくれるかい。そしたら、ちゃんと船長の務めに戻るからさ」


 窺うように言うカッテに、マリーエルは頷いた。


「勿論だよ。ね、カルヴァス」


 再び焼き菓子に手を伸ばしていたカルヴァスは、「あぁ」と頷いた。


「カッテはまだ船長としては駆け出しだからな。そういう意味ではオレの方が先輩だし、付き合ってやるよ」


 茶化すように言うカルヴァスに、カッテがニッと笑う。


「そりゃどうも、先輩」


 そうして、カッテの気持ちの整理がつくまで、マリーエルは茶を飲み、話をして時を過ごしたのだった。


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