20話 中間拠点
中間地点に位置する拠点は、幾つもの船を繋ぎ、ひとつの町を形成していた。
「す、凄い……陸に居るみたい」
「ほう、これはなかなか。あちらには樹々があるではないか」
マリーエルの肩に乗ったアールが遠くを指差し言った。
「あぁ、あれは、果樹園や畑を扱ってる船ですよ。陸からの補給だけじゃなくて、此処でも作っていかないと成り立たないですから」
船とはいっても床は平らに作られ、確かに海上に在るが、揺れが殆どなかった。
「此処の管理は何処が?」
カルヴァスの問いに、カッテは小さく笑った。
「それは、勿論うちだよ。ジュリアスからも少し人員を募ってね。華発の者も居るけど、流石にこんな近くまで潜り込ませないさ、うちの領主様は」
「ま、そうだな。まずは、ここの船長の許へ行こう」
実際の面積は決して広くないが、新造した船を更に繋ぎ、拠点として安定した運営を目指しているらしい。謳歌号の他にも幾つもの船が横付けされていた。
「それにしても、本当に町みたいだな」
中央の大型船へ向かうのに、いくつもの家々の間を通る。
「この場が整えば、精霊達も力を与えに来るじゃろうな。儂等はちと様子見じゃが。樹々はあっても住まうには向いておらんからな」
そう言いながらも、アールは興味深そうに辺りを見回している。横を歩くベッロはスンスンと鼻を鳴らしながら至る所の匂いを嗅いでいた。
「まだ人手は足りていないけど、安定すれば人も増えていくだろうね。まぁ、その為にはアタシ等もこの海の事をしっかり考えないといけないけどね。──さぁ、着いた」
カッテが、一番立派な建物の前に立つ者に来意を告げると、間もなく中へと通された。建物の中には幾人かの人々が詰めていて、壁や卓の上の海図を前に話し合ったり、書類の束を抱えてそれを読み込んでいた。
奥の卓に陣取っていた男が、呼び声に顔を上げた。手を上げたカッテに視線を止め、笑顔を浮かべる。
「カッテ、来たか。──マリーエル姫様。お初にお目に掛かります」
そう言って頭を垂れたのは、エラン兵のオンラといった。長く大陸とのやり取りを任されていたが、此度この拠点船の船長に任命された。
「ちなみに、アタシの伯父でもある」
言われて改めて見てみれば、笑うと雰囲気がぐっと似る。
「親父と居る時よりも、オンラ伯父と居る時の方が親子だと判断されるんだ」
そう言うカッテに「そうだったな」と返しながら、オンラは僅かに表情を曇らせた。それに気がつかない振りをして、マリーエルは礼をした。
「お勤めご苦労様です。補給と、知の者アントニオより新たに知り得たことをお持ちしました」
マリーエルが目配せすると、カルヴァスは懐から出した書簡を差し出した。オンラは恭しくそれを受け取ると、顎を引いた。
「カルヴァス殿、確かに」
書簡を開けたオンラは、軽く目を通しながら、一番大きい海図の許まで皆を案内した。
紙片に何かを書き付け、海図に印を刺していく。
「海底国……巨大生物の間でも争いが起きていると」
オンラは書簡から顔を上げ、カルヴァスに向き直った。
「はい。まだ断定は出来ませんが、錯綜する海底国の知識の中で、明らかに排斥しようとする意志があるようです」
アントニオから齎された新たな情報で、海底国の様相が少しずつ判明してきていた。
海底国は、確かに海に住まうモノ達が形成する国として整いつつあった。しかし、実際にそうと認識出来ているモノは非常に少ない。王だ、長だ、という主従の概念はないに等しく、アントニオの許に浮かぶ知識は、そのような概念を理解することの出来る数少ないモノ達の中に在るものだった。だからこそ、未だにハッキリとはせず、こうと定めることが出来ないでいる。
何故、海底に住まうモノ達がそのような状況に置かれることとなったのかは判明していない。それこそ、対話可能であれば、実際に訊ねてみるしかない。
対話可能な存在──仮に海底国の王は、海に住まうモノ達の中でも、一部のモノを〈劣ったモノ〉として扱っているらしい。それを討ち滅ぼし、海上へと向かおうとしている。
「海底で争いが起きているとは」
オンラが海図を睨み付けながら言った。
「海上へ向かう理由はまだ判りませんが、我々が今後も海底国のモノの争いに巻き込まれることは確かでしょうね」
カルヴァスの言葉に、オンラは険しい表情のまま頷いた。
「それに加えて影憑きまで……本来であれば、精霊姫様は国内に在られるべきではありますが、そのお役目を果たされる為尽くされること、精霊国の民として深く感謝申し上げます」
オンラは改めてマリーエルへと頭を垂れた。
「いいえ、出来ることを成すだけですから。共に尽くしましょう」
その言葉に、オンラは柔らかい笑みを浮かべた。
「さて、補給を終える間おもてなしを、と思いますが、如何せんこの拠点船はまだこのような状況で……奥の間に少しばかりですが、ご用意しましたのでそちらでお休み下さい」
「いえ、そんな、お気遣いなく」
しかし、マリーエルの言葉にオンラは眉を下げ、窺うようにした。
「私としても、こうして精霊姫様にお会いし、おもてなしをするという機会を得たいのです。遠い先になるとは思いますが、エランへ戻った際には今日のことを自慢するつもりです。ですから、このオンラの為を想って、どうか」
マリーエルは小さく笑うと「でしたら、お言葉に甘えて」と頭を垂れ、案内に続いて奥の間へと移った。
カルヴァスとカッテはオンラの許に残り、他の者は用意された茶でひと息吐いた。
「新鮮な果物が食べられると思ったのに」
茶菓子をいくつかつまんだインターリが言った。アーチェが鋭い視線を向ける。
「ここでも文句ですか? 十分なおもてなしですよ」
「まぁ、忘れちゃいそうになるけど、此処は海上だからね。これだけ用意してもらえること自体、凄いことだよ。有難いよ。──あ、ほら、インターリが好きな杏もあるよ。干したものだけど」
マリーエルがインターリの前に差し出すと、じとりとそれを見つめたインターリは、渋々といった風に手に取った。
「干したのは、もう食べ飽きたから避けてたんだけど。……まぁ、これも悪くはないけどね」
インターリはもそもそと杏を食べてから、器から新たに二つ取り上げるとひとつを隣に座るベッロの口元に運んだ。その様子を見守ってから、マリーエルはカナメに目を向けた。
謳歌号では、波が大きくなる度に口数が減っていたカナメだったが、拠点船に乗船してからというもの、少しずつ気分が良くなったのか、美味しそうに焼き菓子を頬張っていた。
「本当に、陸に居るみたいで凄いよね」
「あぁ、助かる。この状態で移動出来ればいいのだけれどな」
「そうだねぇ」
二人のやり取りにアーチェが難しそうな顔をした。
「確かにそう出来たら、良いでしょうね。兄達もこの船が造られるとなった時、ああだこうだと話し合っていました」
「アーチェのお兄様って、医術師の方達だよね」
そこでアーチェはハッとして顔を歪めた。
「そこまで敬意を払うような兄ではありませんよ、姫様。兄達は医術師ですが、何かと新しい技術に興味があるのです。ヨンム様の発明品も毎回楽しみにしていて。この拠点船に乗る医術師を募っていた時は、名乗り出ようとしていたくらいです。母に止められ断念していましたが。グラウスでのお役目もあるのですから、そう興味の向くままにあちこちへと行ってしまってはなりませんからね」
「楽しそうなお兄様達だね。会ってみたいな」
「いえ、そんな──」
アーチェが言った時、けたたましい笛の音が響いた。拠点船がゆっくりと揺れる。
「何……⁉」
すぐにカルヴァスが駆けてくると、それに被さるように外から「影憑きだ!」という声が届いた。
「マリー、行けるか。影憑きが出た。実態を探る為に、オレ達も船で出る」
「うん、行こう」
そう言って、マリーエルは部屋を飛び出した。




