19話 漫然と
「お前も行けばよかったじゃねぇか」
アントニオとの話し合いと書き取りを終え、カルヴァスは窓辺でぼんやりとしているインターリに言った。
ゆるゆるとした動きで振り向いたインターリは、欠伸をひとつしてから窓枠に肘を突いた。
「やだね。というか、此処の船員達に暗殺の技術なんて必要ないし、やり方を変えるなら鍛錬の意味ないし、次々に相手を変えて剣を振るってやつ、僕は好きじゃないから。どうせならお前が相手になってよ。お前程の相手なら、どう殺せばいいか学べるから」
言い終わると、ふいと窓の外へと目を向け、じっと遠くを見つめる。書き取った紙を畳み、正式な書簡に仕立てたカルヴァスは、伸びをしてから頭を掻いた。
「殺すってなぁ……本当、お前は。どんな技でも使い方次第だとオレは思うけど。ま、無理にとは言わねぇよ」
カルヴァスは備え付けの棚まで歩み寄ると、瓶を覗き、中身を器に注いだ。一息に飲み干してから、もう一杯注ぐ。小箱を物色すると、包みを取り上げた。
「僕も頂戴」
海を眺めたままのインターリが、モゴモゴとしたまま言った。片眉を上げたカルヴァスは、それでも包みを持ったままインターリに歩み寄ると、包みの中の焼き菓子を差し出した。
ぼんやりとしたままそれを受け取ったインターリは、ぼんやりとした手つきでそれに噛り付き、ぼんやりと咀嚼している。
窓際に椅子を寄せたカルヴァスは、じっとその様子を観察してから眉根を寄せた。
「おい、まさか、お前も船酔いする性質か? そういえば、前に船に乗った時は、腹に穴が開いてそれ所じゃなかったもんな」
「違うよ。とくに出来ることもないし、考え事してるだけ。今気にするのは〈海底国〉の巨大生物くらいなんでしょ。船のことはカッテ達に任せたらいい訳だし。こうなると暇だよね」
「だから、鍛錬に行けって言ったんだよ」
「それは嫌だ」
カルヴァスは溜め息を吐き、窓の外に視線を向けながら、茶を飲んだ。
目の前に広がる海の下に、新たな生物と国が生じている。それはアントニオによると意思の疎通が図れるモノらしい。しかし、それと同時に、命を脅かすモノでもある。エランの浜で対したそれは、本来浜で行動するものではない。彼らの得意とする海で遭ったら。以前はカッテの手による雷撃と、マリーエルの力によって何とかなった。今はそれよりも個体数が増え、攻撃的になっているモノも居るという。
窓の外からは、船員達の興奮した声が聞こえてくる。鍛錬は随分と盛り上がっているようだった。
新たに得た情報や、それに関連づく物事を考え込んでいたカルヴァスは、ふと顔を上げた。
「そういや、お前達は大陸に行っても大丈夫なのか。精霊隊として──お前は違うけど、ベッロも何の迷いもなく船に乗ったけど」
インターリは残したままだった焼き菓子の残りを口に放り込み、視線を上向けた。
「ベッロは〈走る姿〉で居させるし、僕の方は問題ない。前にも言ったけど、もげた脚は拾わない。それに、まぁ何とかなるでしょ。前だって何とかなったんだから」
「腹に穴開けてか?」
「だから、それはお姫様のせい」
「ちげぇだろ」
僅かに口を尖らせたインターリは、物思いに耽るように遠くを見つめた。その横顔を見やったカルヴァスは、焼き菓子に噛り付きながら、なんてことはない風に訊いた。
「なぁ、お前、本当どうした。オレ等が『ちゃんとしろ』って言ったのとは別に、様子可笑しくねぇ?」
その言葉に、インターリは盛大に舌打ちをした。
「あのさぁ、大人しくしろとか、悪態吐けとか僕をどうしたい訳? 僕でもぼんやり考え事する時くらいあるっての」
「心配してんだろ」
唇を噛んだインターリは、ふいと顔を背けた。
「別に、僕は出来がいいんだから、そんな心配は不要だよ。大陸に行った時、僕の過去が差し障ったとしても、全部始末する。それだけの力が僕にはある。知ってるでしょ」
カルヴァスはすぐには答えず、インターリの言葉から考えを巡らせた。
どんな過去があれ、共に過ごそうとするインターリを問い質すつもりはない。言葉や態度が悪くとも、そのせいで根回しに苦労することがあっても、インターリ自身はベッロを大切に扱い、マリーエルへの気遣いを見せ、グランディウス王には一応の敬意を示す。少しずつ軟化している態度ではあるが、それでも根っこの部分を晒すことはなかった。
過去に何があったのか。
その技術と手法、考え方。それらから推し量ることは出来る。ベッロと出会ってからのことは、ベッロから聞くことが出来た。
それでも、それ以前のこと、そしてインターリ自身から過去が語られることはない。
「何、聞きたいの、僕のこと」
不意にインターリが言った。窺うように横目で見やるその顔は、全く知らない者に見えた。
眉を寄せてから、カルヴァスは答えた。
「話す気があるならな」
「ない」
「……そうかよ」
船が大きく揺れた。




