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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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18話 弓競い

「カナメ殿。そろそろ支度も終わりますけど、腕の調子はどうですかい」


 シュッドの問いに、カナメは手を開いたり閉じたりしてから頷いた。


「ああ、もう大丈夫だ」


 船員が弓矢をカナメに手渡した。調子を確かめるように弓を弄っていたカナメは、シュッドの許へと歩み寄った。


「単純に、あの的の中心に当てれば良い。あるいは、周りの観客を沸かせるような技を披露してもいいですよ」


「判った」


「じゃあ、まずは俺からでいいですかい」


 シュッドは口端で笑うと、問うような視線を向けた。


「あぁ、任せる」


 カナメは横にずれ、シュッドに的の前を譲った。


 皆が見守る中、シュッドは風を読む。


 アーチェがマリーエルの許に歩み寄ると、心配そうにそっと耳打ちした。


「あの、大丈夫でしょうか。あれだけ平然と勝負を受けられているということは、大丈夫なんでしょうけど、シュッド殿の弓の腕は相当のものだそうですよ」


「う、うん……大丈夫、じゃないかなぁ」


 マリーエルは、以前のフリドレードでの一件を思い出していた。あの時カナメが放った小石は、狙いを大きく外れて飛んで行った。カルヴァスからの評も「投擲武器はあまり向いていない」というものだった。しかし、カナメは平然とシュッドが狙う的に目を向けていた。


 シュッドの瞳がキラリと光ると、放たれた矢は風を裂き、次の瞬間には的の中心に突き立っていた。


 わっと船員達が沸く。


 シュッドはそれに応え、試すような視線をカナメに向けた。カナメはといえば、小さく頷いてから弓矢を手に、的の前へと移動しただけだった。シュッドは、射貫くような目でカナメを見つめている。


 カナメは弓矢を構え、矢を放った。


 その時海風が吹き、僅かに狙いがズレた。船員の惜しむ声が上がる。矢は狙いを外したものの、的の中央近くに付き立った。


「ふぅん、これで、俺がこのまま中央に射続ければこの勝負は勝ちですね」


「……あぁ。海風とは、厄介なものだな」


 カナメは答えながら、考え込んでいる。シュッドはそれを見やってから弓を構えた。再び矢はヒュッと風を裂き、的へと当たった。「流石シュッド」という声が上がる。


 シュッドの技は、その浮かれた様子からは想像出来ない程に真っすぐで、確実に狙いを射ようとする想いが乗っていた。やろうと思えば曲芸の真似事も出来るのだろうが、カナメ相手にエランの矜持を示すつもりのようだ。


 シュッドが場を譲ると、カナメは真剣な顔つきで的の前に立った。


 弓を構える。ヒュッと飛んだ矢は、今度は的の中心に突き立った。


「おお。実はカナメ殿はあまりこのような武器はお得意ではないとはお聞きしていたんですが、そんなことはないようですね」


 此処で初めてカナメは、シュッドの言葉にムッとした表情を作った。


「いつまでもそのようなことは言っていられない」


「流石、精霊隊副隊長殿だ」


 シュッドは心底楽しそうに笑うと、弓を構えた。


 このまま中心に射ることが出来れば、シュッドの勝利となる。


 シュッドが矢を放った瞬間、船が大きく揺れた。いくら狙いを定めようと、的が移動しては当たらない。矢は虚しく海原へと消えた。


 カッテの笑い声が響く。


「シュッド、アンタ慢心したね。いつも言ってるじゃないか。どのような状況でも全力を尽くすべきだって」


「はぁ、今それを言うか? だが、確かに、船の上ではこういうことも十分に有り得るからな。勝利を目前にして軸を狂わしたか。──ま、それはカナメ殿も同じこと」


 数人の船員が波と船の様子を見に去る中、シュッドは最後のひと矢を射るようにカナメに目配せした。


 カナメは的の前に立ち、息を吸った。


 僅かに波が荒れ始めている。船は時折大きく揺れる。その中で、ある程度中央に寄った箇所に射ることが出来れば、カナメの勝利となる。


 ──だが、それでは意味がない。


 カナメは再び息を吐き、弓を構えて矢を放った。


 コーンッという高い音を響かせ、矢は的を割った。的が床に落ちると、その先の壁に矢は突き立っていた。


 一瞬の間の後、船員達がワッと声を上げた。


「す、すげぇ! 的を割った!」


「何だあの技⁉ どうやったんですか、簡単に割れるもんじゃないですよ!」


 矢は中心よりは少しズレていたが、それでも確かに当たり、的自体を割っていた。


「あ、えーと……ただ力を込め、的を狙っただけで──」


 言い掛けたカナメの背を、シュッドが叩いた。大きな笑い声を上げ、頭をガシガシと掻く。


「これはやられた。まさか的を割っちまうとは。──弓自体は得意でないのなら、腕か?」


 シュッドはカナメの腕を持ち上げ、ジロジロと観察した。何事かをあれこれと呟きながら、首をひねる。


「悪いけど、あれだけの力を引き出せる腕じゃない気がするんだが……。でも、待てよ。カナメ殿は大陸の出身でしたよね。特殊な集落の出だと聞きましたけど……その秘技とかですかい」


「秘技……では、ないと思うが」


 カナメが上手く答えられないでいると、シュッドはそれ以上追及するのを止め、笑みを浮かべた。


 船はいよいよ大きく揺れ出している。


「俺は大剣を極めてみます。次は陸でやりましょうや。──ということで、精霊隊の皆さんは船室へ。海に落ちられたら敵わない」


 カナメの背を押そうとしたシュッドは、俯くカナメの様子にはたと手を止めた。


「どうしたんですかい。まさか?」


「ま、待ってくれ。今、堪えて──」


 その努力をあざ笑うように波は船を大きく揺らした。うっと呻いたカナメは、慌てて船縁に駆けた。その後ろをシュッドが追い、衣を掴む。


「そういや、色々と酔いやすいって聞いてたっけ。全く、なかなかに良い漢かと思ったら、格好つかないですねぇ」


「……すまない。うっ……」


 カッテに言われた通り船室に戻ろうとしていたマリーエルは、船縁にしがみつくカナメの姿に気が付き足を止めたが、カッテとアーチェに急かされて船室に入った。


「カナメ、大丈夫かな。船が揺れ始めたもんね」


「シュッドの奴に任せておけば大丈夫ですよ。これくらいの揺れでエランの民は酔わないし、海にも落ちませんからね。それよりも、これから荒れるかもしれない。マリー様達は船室から出ないで下さいね」


「うん、判った」


 カッテと入れ違いに、僅かに顔色を悪くしたカナメが船室に入って来た。シュッドが軽く手を振り、急ぎ足で戻っていく。


「カナメ、大丈夫?」


「……あぁ。やはり、揺れは堪えるらしい」


 船が大きく揺れ、カナメはよろめきマリーエルへと手を伸ばした。堪えがきかないままに二人で足を(もつ)れさせる。慌てて二人の腕を掴み壁に掴まらせたアーチェは、カナメの顔を覗き込んだ。


「お茶を用意しましょう。この揺れでは新たに淹れるのは叶いませんが、こうなるのを見越して先に淹れておいたので」


「……頼む」


 項垂れながら答えたカナメは、気まずそうにマリーエルを見やった。アーチェはマリーエルへと目配せしてから、先に精霊隊にと用意された部屋へと戻っていった。


「どうしたの」


 カナメは、暫くモゴモゴと口を動かしてから、窺うように見つめ返した。


「弓競いは、どうだっただろうか」


 目を瞬いたマリーエルに、カナメは視線を逸らしてから続ける。僅かにその頬は染まっていた。


「その、個人的に鍛錬を積んだんだ。以前、カルヴァスにも『投擲武器は向いていない』と言われ、その……悔しくてな。確かに、弓を使うことは多くはないが、技を磨いて損はないから」


 カナメの言葉に、マリーエルは小さく笑った。口を引き結んだカナメの腕を優しく叩く。


「うん、凄かったよ。前よりずっと腕が上がってるって、私でも判ったもん。努力したんだね」


 ホッと笑みを零したカナメは、不意に顔を引き締めた。


「それなら良かったが、その後のことは忘れてくれ。あと、以前の投擲の腕も忘れてくれ」


「え、えーと……忘れるってのは難しいかも。カナメの体質のことも、昔の腕も覚えてないと、心配出来ないし、成長を感じることも出来ないっていうか……えーと」


 二人して考え込んでいたが、しかし、すぐにどちらからともなく笑い合った。


「姫様?」


 部屋からアーチェが心配そうに顔を覗かせた。船はいよいよ大きく揺さぶられ始めている。


「うん、今行くね」


 マリーエルは、カナメと腕を絡ませながら、部屋まで戻って行った。


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