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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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9話 メーテとの茶会で

「全く。ベッロはああして少しずつ……いえ、だいぶ成長しているというのに。アントニオ殿の言う通り、まさしく〝打てば響く〟です」


 アーチェは不満そうに眉を寄せながら言った。


「まぁまぁ……。それぞれの早さがあるからさ」


「……姫様はお優しすぎます。ここは一度ガツンと言った方がインターリ殿の為にもなりますよ」


 口を尖らせるアーチェに、マリーエルはハタと足を止めた。


「え、さっきガツンと言ったつもりだったんだけど……インターリも『判ったよ』って言ってくれたし」


 戸惑うマリーエルに、アーチェは目を瞬き、溜め息を吐いた。


「いえ、姫様はそのままで宜しいです。確かに『判った』とは言っていましたから、これがインターリ殿にとっての成長と見ましょう。もし()()()()()()()()容赦はしませんが」


 獲物を狙う獣のような目をしたアーチェに苦笑していると、廊の先にベッロの姿が見えた。


「早く、行こ! マリー、アーチェ!」


 ぴょんぴょんと跳ね、手招きする。次いで、アーチェが携える籠にクンクンと鼻を動かした。


「美味しそう」


「これはメーテ様への手土産だから、食べちゃ駄目」


「う……判った」


 ベッロは尾をだらりと垂らし、残念そうにしながらも廊を歩き出した。


 呼び鈴を鳴らして来意を告げ部屋に入ると、メーテがパッと顔を上げた。


「あら、もうそんな時なのね。いらっしゃい」


「メーテお姉様。お加減は如何ですか?」


 マリーエルの問いに、メーテは嬉しそうに笑った。


悪心(おしん)も治まって、だいぶ良いの。クラオンも大人しく──」


 言い掛けたメーテは、肩口に纏めていた髪をぐいと引かれ、顔を傾けた。


「──こうして悪戯をするくらい元気で、嬉しい限りだわ。父上に似たのかしらね」


 そう言いながら世話役に預けようとすると、クラオンは僅かに顔を歪めて声を上げた。


「あら、どうしましょ。マリー様がいらして下さったのよ、クラオン」


 そう言いながら優しい手つきでクラオンの鼻を突くと、クラオンは「むや」というような声で応えた。しかし、すぐに顔を歪め、今にも泣き出しそうに口を開けた。


「クラオン。ベッロ、来た」


 メーテの手元をベッロが覗き込み、クラオンの丸い腹を鼻で突くと、ピタと動きを止めたクラオンはおもむろにベッロのピンと伸びる髭を小さな手のひらで掴み引っ張った。


「あらまぁ、駄目よクラオン、お髭が──」


「ふぇいき。ベッボ、クリャオン見りゅ」


 メーテが問うような視線をマリーエルに向け、マリーエルはそれに微笑みで返した。


「そう? じゃあお願いしてもいいかしら。良かったわね、クラオン」


 大人しくベッロの胸に抱かれたクラオンは、パタパタと手を振りベッロを見つめている。ベッロはその頬を愛おしそうに撫でた。


「可愛い」


 ゆさゆさと体を揺らしながら、ベッロは世話役と共に窓際でクラオンをあやし始めた。暫くそれを見やっていたメーテは、マリーエルを振り返ると、卓へと案内した。


「助かったわ。勿論、とても愛らしくていつまでも触れていたいとは思うけれど、それでも体が辛い時もあるの。二人目も面倒見なくてはいけないしね」


 メーテはそう言って、優しい手つきで腹部を撫でた。


「喜ばしいことです。ね、アーチェ」


「はい、姫様」


 二人の言葉に、メーテは嬉しそうに笑うと、胸を張った。


「グランディウスの妻となったからには、世継ぎを生むという役目はしっかりと果たさせて貰うわ。この頑丈な体で生まれたことを誇りに思うの」


 メーテは多くの女性よりも幾分か背も高く、がっしりとした身体つきをしていた。それでも、波打つ体の曲線は実に艶やかで、そのはっきりとした顔立ちも相まって、カオルと並ぶと威厳に満ち、壮麗な雰囲気を生み出していた。


「それにしてもクラオンは驚くぐらいカオル……王に似ていて嬉しいの。これで次期国王としての素質も備えているといいのだけど」


 クラオンはまだふにゃふにゃとした時期だというのに、その顔立ちは皆が口を揃える程カオルに似ていた。唇の形だけがメーテに似て、愛らしさを増している。


「本当に。お兄様にそっくり。──あ、そういえば茶葉を持って来たんです。私の所の副隊長と厨役の皆でメーテお姉様へのお祝いと体調を考えて調合したらしくて。良かったら」


 マリーエルが籠から包みを取り出すと、メーテはそれを嬉しそうに受け取り、世話役を振り返った。それをアーチェが呼び止める。


「よろしければ私がお淹れします。クラオン様が、もう少しでお眠りになられるようなので」


 その言葉の通り、ベッロが抱いていたクラオンはウトウトと目を閉じ、小さく口を動かすと寝息を立て始めた。


 メーテは愛おしそうに微笑み、アーチェに頷いた。


「じゃあ、お願い」


 アーチェは茶釜の方に歩いていき、メーテはマリーエルに向き直った。


「貴女の所の副隊長って、あの子よね、カナメ殿。夜霧色した髪の方」


「そうです。厨役の人達と仲が良くて、よくお茶の配合を試しているみたいで。あの茶葉は厨役の知恵の結晶みたいなんです。元気な子を育てる為に体に良い効能があるみたいですよ」


「あら、嬉しい」


「他にも色々と甘味を持って来たんです。お口に合えば良いですけど」


 マリーエルが籠から甘味を取り出すと、メーテは瞳を輝かせた。


「あの子を産む前は色々と食事に気を付けなくてはいけなくて……勿論、今もそうなのだけど。悪心も治まった所だし、今日は色々と楽しめそうね」


 アーチェが淹れた茶を受け取り、メーテはあれこれと茶菓子について聞きながら会話を楽しんでいるようだった。


 ふと悩むようにしたメーテが訊いた。


「そういえば、貴女はどうなの」


「え?」


 小首を傾げるマリーエルに、メーテは訳知り顔で微笑んだ。


「ほら、カルヴァス殿も居るし、カナメ殿も。アントニオ殿は……違うかしらね。インターリ殿は──」


「インターリ?」


 窓辺の揺りかごでクラオンの眠る姿を眺めていたベッロが振り返り、首を傾げた。


「インターリ殿も、違うわね。ベッロ、貴女が居る」


 不安そうに歩み寄って来たベッロは、メーテの横に屈みこみ、耳を垂れた。


「インターリ、頑張る、です。仲良く、する……お願い、ベッロ思う、です」


 目を瞬いたメーテは、安心させるように笑みを浮かべた。


「判っているわ。それは、多少気掛かりな所はあるけれど、王も判っていらっしゃるわ。勿論、もう少し立場を判って貰えたらいいけれど、本当に問題のあることをしたら王もきちんと伝えるでしょう。私も黙っておかないわ」


 そう言って胸を張ったメーテは、ベッロを隣に腰掛けさせると、卓に立てた両手に顎を乗せた。


「そういえば、私貴女とも仲良くなりたいと思っているの。こういう言い方を許して欲しいのだけど、この国では貴女のような獣族は珍しいし、それに普段はインターリ殿がすぐに飛んできてゆっくりお話も出来ないんだから」


「仲良く……なる、です!」


 ベッロが尾を振ると、ちらと目をやったメーテは、珍しそうにそれを見つめた。


「獣族……月族といったかしら。皆、狼の姿なの?」


「そう、月を拝する、一族だ、です。でも、違う……他の一族も一緒に居る、だった」


 ベッロのような獣族は、大陸で起きた戦で多くが惨殺されたり略取された。ベッロはその際にインターリにより救い出され、それ以来行動を共にしている。


「貴女は月族のお姫様だった訳でしょう?」


 メーテの問いに、ベッロは小首を傾げた。


「姫、違う。姫、マリーのこと。ベッロ、群れを守る。育てる。長……が近い。母様が長。ベッロも長になった。母様……死んだ、から」


 ベッロの耳が力なく垂れた。マリーエル達が言葉を返せないでいると、ベッロは切なそうにしながら話を続けた。


「ベッロも、群れ、守れなかった。でも、教えてくれた。カナメ。何処かに、群れは、居る。よかった。嬉しい、だ」


 メーテは思わずといった風にベッロの腕をさすった。ベッロはそれに笑顔を向けると、嬉しそうにマリーエルを振り返った。


「ベッロ、今、マリー守る。この国、好き。守る。嬉しいだ、です」


「私も、こうして今貴女と過ごせていることが嬉しいわ」


 メーテが微笑むと、ベッロは尾を振り嬉しそうに声を上げた。


「さて、なんだか気恥ずかしい雰囲気になってしまったわね。お茶の続きを楽しみましょう」


 その言葉に、少し力の抜けた雰囲気へと変わり、茶会は和やかに過ぎた。


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