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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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8話 気が向いたら

 セルジオが先遣隊を出し、ヨンムが華発の国との橋渡しをした結果、海上での変事は二国で対処することとなった。


 華発の船は、海上に渦が生じていることを捉え、精霊国からの情報を基に華発の資材力、技術力を以って海底での作業が出来るようにと、ヨンム指揮のもと新型船の発明がなされている。


「海の底に潜るのかぁ……。海の底ってどんな所なんだろう」


「どうなのでしょう。子供の頃に読んだ物語には、何もなく静かな場所であるのだと書かれていましたが」


 茶器を傾けたアーチェが言った。


 グラウスに戻って以来、未だ海上の詳しい情報を掴めていないせいで、マリーエル達精霊隊はグラウス城で待機していることが多かった。周辺の影憑きは少しずつ収まりを見せていたし、喪失の谷を始め、大掛かりな儀が必要な地もなかった。


 そのこと自体は喜ぶべきことなのだが、クッザール隊を始めヨンム隊も忙しくしている中、成すことがない状況に落ち着かない気分が続いていた。


 カルヴァスやカナメは周辺警備に駆り出されている。


「あ、そうだ、この後クラオンの所に行くんだけど、インターリも来る?」


「行かない」


 マリーエルが窓際でやる気がなさそうに書物を捲っていたインターリに訊くと、被せるように答えが返ってきた。


「え、でも、カオルお兄様が『アイツも小さき命を愛でることを知るべきだ』って言ってたよ。まぁ、ただ自分の子供を自慢したいってだけなのかもしれないけど」


 カオルは第一子であるクラオンをそれは強く深く慈しんでいた。男児であることで、将来グランディウスの名を継がせる子が生まれたということにも、国中から祝福の声が上がっていた。更にはメーテが二人目を懐妊したこともあり、その勢いは、このような状況にあっても増していた。


 民にとって、自分達の生活が第一であるのは当然だが、それと同時に、国として喜ばしいことがあることは生きる上で重要なものである。グランディウスの子孫であるマリーエル達や、民や国を守る兵達は、民が善く生きていけるようにしなければならない。


「父親面してるアイツを見ると苛つくんだよ」


「ちょっと! 国王に対してそのような言い方……!」


 アーチェが声を荒げるのを、インターリは鼻で笑った。


「煩いな。とにかく僕は行かない。別に子供もよく判んないし」


 マリーエルは今にもインターリに食って掛かろうとするアーチェを引き止めると、書物から目も離さずに居るインターリに歩み寄った。


 インターリがふと目を上げてから、視線を逸らす。


「……なに? 行かないよ」


「うん、来たくなかったらいいんだよ。でもね、この間クラオンに会った時、インターリのこと見て笑顔になったでしょ。だからきっと、クラオンもインターリのこと好きなんだと思うな」


「……はぁ?」


 インターリは思い切り顔を(しか)めると、マリーエルを睨み付けるようにした。それでも、マリーエルは笑顔を浮かべて、おもむろにインターリの頬を突いた。


「……何やってんの」


「この間、クラオンのことこうやって触ってたでしょ。真似っこ」


「馬鹿にしてんの⁉」


 インターリが払いのけようと振った手を、マリーエルは優しく掴んだ。まるであやすようにゆっくりと揺さぶる。


「馬鹿になんてしてないよ。こうしたら、クラオンが笑ったんだもん。可愛かったよね。あのね、本当に嫌だったらそれはそれでいいんだよ。でもね、私はもっとインターリに色々な人と仲良くして欲しいなって思ってるんだ。ラトゥロス君とも手紙のやり取りしてるんでしょ?」


 グラウスに戻り日々を送る内、インターリの許にラトゥロスより手紙が届いたことをきっかけに、インターリも面倒くさがらずに返事を書いているようだった。そのことをカルヴァスが知った時、暫く考え込んでいたが「あんま苛めてくれんなよ」とだけ言って特にそれ以上問い質したり、手紙の内容を検めることもなかった。時折カナメに相談して、押し花や、アーチェから刺繍の模様を学んだりと、インターリなりにラトゥロスとの関係は良好に続いているようだった。


 ──だからこそ。


「また今度、インターリが行く気になったら、クラオンに会いに行こうね」


 マリーエルが言うと、手を掴まれたままで顔を背けていたインターリは、「気が向いたらね」とだけ答えた。


「じゃあ約束」


「はいはい、好きにして」


 逃れるように手を振りほどいたインターリは、再び書物に目を落とした。マリーエルはその肩に「あ」と呟いてから手を置いた。


「まだ何かあるの?」


 怪訝そうにするインターリに、頬を膨らませて抗議する。


「カオルお兄様とか、他の人のことをあんまりぞんざいな扱いにしちゃ駄目だからね。最近やんわりと私の方にも注意が回ってくるようになったんだから」


「……は」


 ね、とアーチェを振り向くと、アーチェは何度も頷いてから厳めしい顔をした。


「そうですよ。カルヴァス隊長やカナメ副隊長には既に各所から何度も注意がなされています。王自らがそれを『様子をみよう』と宥められているから大事になっていないだけですから。いい加減、隊長副隊長にもご迷惑が掛かりますから、本当に気を付けて下さい」


 アーチェが言い終わると、インターリはじっと考えるように黙り込んだ。


「インターリ殿、聞いているんですか⁉」


 ムッとして声を荒げるアーチェを宥めると、マリーエルはインターリを改めて見つめた。


「私も怒られるの嫌だからさ……ね、お願い」


 その言葉に、インターリはじっと口を曲げた後「判ったよ」とだけ呟いた。


「有難う。じゃあ、行ってくるね。──ベッロ、クラオンに会いに行くでしょ?」


 窓の外に話しかけると、「行く!」という声と共にベッロが駆けてきた。窓を飛び越えようとして、ハッと顔を上げる。


「クラオンの部屋、あっち。ベッロ、あっちで待ってる」


 ベッロは窓枠に突いたインターリの腕にスリリと頬を擦ると、中庭の奥へと入って行った。その様子を見送ったインターリは、アーチェからの鋭い視線にはぁ、と息を吐いた。


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