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全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<2> の章
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第49話 ◆太田慎吾 妖怪はひたすら札を数える


……ああ、マジでダリぃ。


自分の仕事と関係無いのに、コモリンの急な外出のせいで残業するハメになった。 しかも、ぶっトロイ藤井の指導である。

朝から福ちゃんに、藤井指導の極意(とにかく諦めるな……云々)を伝授されたが、その内容に思わず意見してしまった。


「辞めさせた方が、早くないッスか?」


物凄い形相で福ちゃんに睨まれた。……マジでビビった。


それにしても、どうしてコイツを甘やかすのだろう。 足を引っ張るバカは、即刻切ればいいのに……と、目の前の藤井を見てつくづく思う。


そんな藤井が、かれこれ十分以上、同じ作業を繰り返していた。 すでに俺は、嫌気がさしている。


……帰りてぇ。


『さ、37枚です!!』


……だからぁ、どうやったら3枚も千円札が見落とせるわけ? バカなの?


「違うわ、バカ! 数え直せ!」


『くうぅぅぅ……マジですか?』


……マジかと聞きたいのはこっちだ! 何回数えたら気が済むんだよ!


明日、福ちゃんにもう一度進言しよう。

絶対に辞めさせた方がいい。 俺が迷惑だ。


「お前さ……。その目、ちゃんと開いてんの? 目ぇつぶって数えてんじゃねぇ?」


信じられないほど、腫れあがった藤井の目は、まるで横線を引いた饅頭をつけているみたいだ。ちゃんと見えているのか、めちゃめちゃ怪しい。


『な! 開けてますよ!! ちゃんと見えてます!』


目が線なのに、藤井がそう言い張る。 とにかく、この腫れが作業の邪魔をしているのは明らかだ。


「あのさぁ……とりあえず、その目、冷やして来いよ。 このままやっても、ラチがあかねーし」


『うっ……すみません』


「ほら、戻ってきたあのハンカチ……あれを使えば?」


萎れた藤井にイヤミを言うと、即、睨んできた。 目が饅頭なので、ちっとも怖くない。


『使いません! ……でも、ちょっと、目を冷やしてきます』


そう言って、藤井が口をとがらせて、手洗い場に向かう。本人も、相当見えにくかったのだろう。


藤井が居なくなって、疲労感がどっと襲ってきた。

タバコが無性に吸いたくなったが、もちろん店内は禁煙だ。 思考を散らして、気を紛らわせる。


……そう言えば、あのハンカチ。


ビニール袋に入った青いハンカチを思い浮かべる。


……持ち主が藤井だったなんて、驚いたよな。


あの時の俺は、ハンカチが平居の物だと思いこんでいた。 だから言われた通り、平居のデスクに置いてきたのだ。



今日の午後、遅い昼食を社食でひとりで取っていた俺の前に、驚くような人物が座った。

営業企画部部長の真木さんだ。

ヒラ社員の俺が、社内で顔を合わす事など滅多にない上級管理職サマだ。


おエライ人物が突然目の前に現れて、俺の身体がカチコチに固まった。 啜っていたうどんが口からはみ出ているが、もちろんそのままである。 つゆが滴り落ちていて、非常にカッコが悪かった。


クスッと笑った真木さんが、口を開く。


『ここのうどん……美味しいよね』


よくわからないまま、コクコクと二度も頷く。


たしかに、社食の蕎麦はそんなに美味くないのに、なぜかうどんは美味かった。 いわゆる、出汁の効いた関西うどんだからだろうか……。


『会長がね、うどんが好物なんだよ』


意図がわからない会話が続くが、……そう言えばこの人、親会社の人間だったな……と、そのセリフで思い出す。


ウチの社に会長職は存在しない。 ここで言う会長とは、親会社である御道商事の会長、御道幸太郎(ミドウコウタロウ)を指していた。 たしか関西出身と聞いた覚えがある。


『うどんが黒かったら、アカンやろ! ってワガママを言って、こうなったらしいよ』


真木さんが眉を寄せ、突然関西弁を口にした事にビビった。

会長のマネをしたらしいが、もちろん会長と話した事がないのでわからない。 笑っていいのかも……わからない。……ホントに困った。


俺の困惑に気が付いてくれたようで、真木さんが咳払いをひとつ挟んで話を進めてくる。


『……君に頼みがあるんだ』


そう言って俺の目の前に、ビニール袋に入った青いハンカチを置いた。


『これを、平居君のデスクに置いて来てくれないか』


手に取って見ると、FとHの刺繍があったので、平居のハンカチだとすぐに理解した。 どうやら拾ったハンカチを届けて欲しい……という頼みらしい。


「わ、わかりました」


それぐらい、お安い御用だ。 こんな事で、真木さんの評価があがるなら万々歳である。


『この事は内密にね……』


そう言って、食堂の食券十枚綴りを握らされた。

まさかの、ご褒美つきとは! ……ちょーラッキーなお使いに、ウハウハになっていた。


食堂を出て、スキップしながら3階事務所に向かう。

忙しい平居は、朝と晩しかデスクに居ない。 ハンカチを机上に置いて、すぐに任務が完了した。……と思っていた。


内密にと言われていたので黙っていたが、平居と藤井のやりとりを見て、俺の目玉は飛び出していたのだ。


……ええ! それ、オマエのなの?


藤井がハンカチを失くしたと大騒ぎした時、俺はてっきりレディースの小さなハンカチだと思った。 飾りの刺繍も、花とか猫とか、そういう模様を想像していたのだ。

言い訳したくないが、誰だってこんなチビが、メンズのデカいハンカチを使っているなんて思わないだろう。


入っていた袋も、想像した物とはまるで違った。 ジッパー付きのただのビニール袋を、ジップ●ックだと主張する藤井が解せない。


……ジップ●ックは水を入れても漏れない高性能な保存袋だぞ。 あんなビニール、水をいれたらダダ漏れじゃないか!


藤井はとにかく説明が下手過ぎた。俺が悪いんじゃない。 逆に、あの説明で藤井の物だと気付ける平居の頭がおかしいのだ。


……バカの説明は、バカにしか理解できないって事だな。 


ひとり納得した。


それにしても腹立たしいのは、藤井が平居に感謝している事だった。アイツは何もしていない。なのに、礼を言われた平居がまんざらでもない様子で、気にするな的な事をぬかしやがった時には、さすがの俺も頭にキタ。


……平居のヤツ。 棚ボタのくせに、マジで調子のんなよ。


感謝すべき相手は、真木さんであり、この俺サマのはずだ。 賄賂をもらってなかったら、ただちに告発していただろう。


事の顛末を依頼主に報告すべきかどうか、少し悩んだ。 苦労と親切を平居に横取りされてしまったが、ハンカチはちゃんと持ち主のトコへ戻ったからだ。 別に目くじら立てる必要もないかと思う。 


……俺は大人だし。 平居と違って出来た人間だしな。


そんな事を考えているうちに、藤井が戻って来た。


残念な事に、目の腫れは全く引いていない。 それどころか、化粧が落ちて、サイアクな状態になっている。

ため息が自然にもれた。


「あのさ……もう、ブサイク過ぎて、教える気が全く起きないんだけど……」


自分の気持ちを正直に相談した。


『な、なんて事言うんですか! 女性に対して失礼ですよ! あんまりです!』


……女性に見えないから、相談してんじゃん。 鏡見た? 妖怪だよ。


仕方がないので、携帯を取り出して藤井の顔を写メる。


『え! な、何、勝手に写真を撮ってるんですか!』


「あん? コモリンに送んだよ」


『……小森主任に? なぜです?』


「決まってるだろ。 藤井が両目をハチに刺されて、レジ訓練ができません。って、メールで報告するんだよ」 


『ギャー!! バカ言わないで下さい! そんなバカ、何処にいるんですか!!』


「はあ? ……知らねーよ! ああ、もう、奇跡の人でいいんじゃね? チョーレア事故ってことで……」


『ふざけないで下さい!!』


ななめ下を見て、思いきり舌打ちする。


……帰れるんだったら、理由なんて何でもいいじゃんよぉ。


だいたい、何のために昼間、バイトに俺のシャチ印押し付けて、伝票を片づけさせたと思ってんの? 早く帰るためじゃん。 レジ訓練で時間食ってたら、全然意味ねーんだよ!


しかも、危うく平居に不正がバレるトコだったし……。


お前の仕事、減らしてもらえるラッキーチャンス! ……とか思ったら、マジで裏目。 自分でやるとか言い出して、チョー意味わかんねーし。 すでにバイトにやらせました。……なんて、言えるわけねーじゃん。 マジ、ヤバかったんだからな! 


つーか、さあ。 伝票整理がやりたいなら、平居も早く言えっつーの。 あんな仕事、いくらでもやらせてやるのに。 ……アイツも、マジで使えねぇ男だ。


頭の中で怒りの独り言が、爆発しそうになる。 気付けば何度も舌打ちしていた。


『と、とにかく、真面目にやってください!』


「はあ? 真面目にやるのはオマエの方だろ!!」


思わぬ指摘に、怒りで目が吊り上がる。


「オマエが真面目にやってくれれば、こんなの短時間で終わんだよ!! サッサと帰れるんだよ!! 悩まなくて済むんだよ!! つーか、真面目にやれよ! 俺はこの後、デートがあんだよ!!」


俺の怒号に、藤井がビビって慌てて札を数えだした。 しかし、慌てたせいで、手が滑って金をバラ撒く。


……オイぃぃぃ! ふざけんな! マジで勘弁してくれよ。


悲鳴をあげながら、札を拾う藤井を見ていると、絶望的な気分になってくる。 暗鬱な気持ちで札拾いを手伝っていると、俺のケツが振動した。 携帯を取り出して確認すると、福ちゃんからだった。


「はい、太田ッス」


(太田君? ……今日の香織ちゃんのレジ訓練どうだった?)


「いや、まだ、終わってないッス……って言うか、終わりそうにないッス」


(ええ!! まだやってるの? 嘘でしょう?)


……ウソだったらどんなにいいか、ホントだから泣きそうなのだ。


目の前で、千円札を一生懸命に数え直している妖怪を睨みつける。


(あんまり経理に迷惑をかけられないから……適当なところで返金して頂戴)


……マジで?  やった!! 帰れる!!


(現金が無くても、練習は出来るでしょ?)


……って、マジッスか。


(ところで、……平居さん、誘いに来なかったの?)


俺の落胆をよそに、福ちゃんが質問を重ねてくる。 最初、何を言ってるのかわからなかったが、食事の誘いだとすぐに理解した。


「……なかったッスよ。 つーか、そんな気配、全く無いッス……」


なぜか福ちゃんは、今週中に必ず平居が藤井を食事に誘いに来ると断言していた。 だから、誘いがあった時はレジ訓練を含め、残業を取りやめろと言われていたのだ。


(……おかしいわね)


その声から、電話の向こうで首をひねっている事がわかる。


「……おい。 お前さぁ、誰かにメシとか、誘われたりしてねぇ?」


一応、本人にも確認をとった。


「な! ななななななな 何を言ってるんですか! 真木部長はお忙しいんです!」


藤井が意味不明な事を口走りながら、拾ったばかりのお札を再びバラ撒く。


「コラぁぁ!! 失くしたら弁償なんだぞ!!」


慌てて札を拾う妖怪メダマンジュウ。

コイツを誘う男など、この世に存在しないと断言したくなった。


「福田さん……マジで藤井を誘いに来るッスか?」


(来るわよ! 絶対来る! 田辺君にも協力してもらってるから、絶対よ!)


……ええ! 福ちゃん、ナベさんまで巻き込んで、いったい何を企んでんだよ。


訝しく思ったが、関わりたくないので聞かなかった事にする。 黙っていると、福ちゃんがどうにも諦められない様子で尋ねて来た。


(ねえ、本当に顔も見せに来なかったの? 香織ちゃんの様子とか、聞きに来なかった?) 


……様子? うーん。


「一度来たッスけど……藤井の伝票整理を俺がやるとか、意味不明な事しか言わなかったッス」


(おバカ!!)


慣れているせいか、瞬時に怒られると言うのがわかった。 慌てて補足をつける。


「だ、大丈夫ッス! フロアー長にそんな事やらせてませんって! さすがの俺もそこまでバカじゃ……」


(違うわよ、おバカ! もぉ! ホントおバカ! なんておバカなの!)


さすがに三回も罵られると、俺も傷つく。 ……いや、合計四回か。


(平居さん、ちゃんと誘いに来てるじゃないの!!)


……え? 


「えええええ!!! 嘘ッスよ?! そんな事、何も言わなかったッス!!」


(言わなくても察しなさいよ! 同じオトコでしょ!)


そんなの無理じゃね? と素直に思った。


(とにかく、太田君がなんとかしなさい)


「……な、なんとか?」


(平居さんと食事に行けるよう、セッティングし直すのよ!)


「……俺が?!」


(ぶち壊したの、太田君でしょ! 責任取りなさい!)


いやいや、俺のせいじゃないでしょ。 ちゃんと誘わなかった平居のせいじゃないッスか!

そう相手に伝えようとしたが、すでに通話が切れていた。


……ええ! マジッスか!


しばらく呆然としていたが、徐々に平居に対して怒りが湧いてくる。


「はあ? マジでわかるわけねーじゃん!! なんだよソレ!! もっとハッキリ誘えよ、バカ! マジでバカ! ふざけんなバーカ! ……ああ、チクショウ!」 


『ど、どうしたんですか?』


気付けば、その場で地団駄踏んで吠えていたようだ。 目の前の妖怪に心配されてしまう。


「……な、なんでもねーよ」


ちょっとだけ、恥ずかしくなった。 慌てて手で払うと、藤井が再び札を数え始める。


それにしても、残業なしで帰れたところを、平居のせいで思い切りシクってしまったみたいだ。 なんとか挽回しなければならない。


「おい、オマエ!」


札を数えていた藤井がこちらを向く。 その顔を見て愕然とした。


……そうだった。


「……その顔で食事なんて……絶対無理じゃん」


『はい? どうしました?』


「……マジかよ」


再び絶望感に襲われる。 頭を抱えてしゃがみ込んだ。


『お、太田さん? 大丈夫ですか? めまいですか?』


メダマンジュウが心配して声を掛けてくる。

そのたびに妖怪は、始めから札を数え直すのだ。


「……なんでもない。 頼むから、せめて……札ぐらい数え終えてくれ」


『ハイ! 34枚です!』


「減ってるやないかーーい♪  って、オイ!!」


……頼む。 ノリ、ツッコミの訓練じゃないんだよ。


すべてを諦めた俺は、自分で札を数える事にした。





読んで下さってありがとうございます。

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