第46話 ♪藤井香織 愛がワタシを救う
携帯電話に目を凝らし、ジッと見つめているのだが、それが振動する気配は全くなかった。
……やっぱり、図に乗り過ぎたんじゃないだろうか。
考えれば考えるほど、後悔の波が押し寄せてくる。
先日行われた歓迎会の帰り道、「歩いて帰ります!」と拒む私を無理やりタクシーに乗せ、福田チーフに自宅まで送って頂いた。
10分足らずで到着し、ふらつきながら降車したのだが、「ありがとうございました」と頭を下げてタクシーを見送ろうとすると、チーフも降りてきたので軽く驚いた。
「え? チーフのお住まいも、このあたりなんですか?」
『……いいえ。それより香織ちゃん、お茶を入れて下さるの? まあ、悪いわね。お邪魔します』
どこぞの定番喜劇のようなセリフを言うチーフに度肝を抜かれた。
しかし、ニッコリ笑うお師匠サマを無下に断るわけにもいかず、そのまま自宅に招きいれる。
お茶請けはないけれど、とびきりの珈琲なら飲んでいただける。
いそいそとキッチンに立ち、珈琲を入れる準備を始めると……。
『時間がないから、お茶は結構よ』と断られた。
これは、一般的に怒ってよい場面だろうか? とひたすら悩む。
そんな私を手招きし、チーフがテーブルに一言書きの便箋を広げた。
『手紙を書いて欲しいの』
代筆を頼みたかったのか……と会得した私は、用紙の前でペンをとった。
田辺主任へのお誘いメモも代筆したので、心得があったのだ。
「なんと書きましょう?」
『自分で考えてちょうだい』
「へ?」
『真木部長宛てに、会えなくて残念でした……のお手紙だから』
……なんですってぇぇ!!! それは代筆ではないですぞぉぉ!!
残り少ない度肝を、さらに抜かれる。
このままでは、マジで度肝が無くなってしまうと心配になった。
『だって、香織ちゃん。とても残念だって言ってたじゃない……それを伝えましょうよ』
たしかに、真木部長も招待すると聞いた時、私は嬉しくて飛び跳ねた。
その分、仕事で来れないと分かった時の落胆は、それはもうハンパない下降スピードだったのだ。
『早くしてね。 ドラマが始まってしまうから……』
そんな理不尽な要求の中、とりあえずペンを走らせる。
一言便箋なのであまり長々とは書けない。昼間に調子が出ないと聞いたので、体調を心配している旨と、言われた通りに会えなかった残念さを綴った。
『うーん、何か足りないわね』
チーフに見せると、腕を組んで考え込まれてしまった。
『そうだわ! 最後に、「今度、食事に誘って下さい」って入れてちょうだい』
「そ! そんな図々しい事、書けません!!」
全身全霊で拒絶する。
『何を言ってるの! このままだと、向こうもリアクションが返しづらいでしょ!』
なるほど、一理ある。……そう思ってしぶしぶ追記した。
『まあ、こんなものかしらね』
辛うじてOKがでたようだ。
ホッと息をつく。
『じゃあ、次、本番ね』
……えええ?!! ま、まさかの練習だったんですか!!?
わずかに残った度肝を、チーフが根こそぎ抜いていく。
驚き過ぎて固まっていた私を、気遣う素振りも全く無いまま、師匠が次々と駄目を出してきた。
『この、宛名の“真木部長様”は要らないわ』
……え、何ゆえ?
『それと、この文字なんだけど……堅苦しくて社交辞令クサイから、もうちょっと可愛らしい文字にしてちょうだい』
……いや、これは社交辞令ではないのですか?
『そうそう、最後に「待ってます」って、可愛いセリフとハートマークを忘れないで書いてね』
……ちょ、ちょっと待って! 主旨が完全に変わってますって! おかしいですよ!
『あら、いやだ。 ドラマが始まってしまうわ!! 急いで!』
……だったら、練習用に書いたものでいいじゃないか!!
そう思うが、無慈悲にも目で訴えた内容は簡単に却下され、逆に強い視線で圧力をかけられた。仕方なく言われた通り、女子高生のような可愛い文字で書き直していく。
悲しいかな、一流POPライターの私は、文字演出がお手の物だった。
最後の抵抗として、ハートマークだけは書かずにペンをおく。
『まあ、これでいいでしょう』
どうにか納得してもらった事にホッとして、練習用の紙をゴミ箱に落とす。
『あ、待って! 捨てちゃダメ! それも使うのよ。 ……あ』
……使う?
訝しげな顔でチーフを見ると、目線をさりげなく逸らされた。
『オホホホ、う、裏紙で使うのよ。ほら、もったいないじゃない』
……なるほど。もったいない精神は大切だ。
やけに目が泳いでいる福田チーフに紙を返す。
受け取って、慌ててバッグに仕舞い込んだ福田チーフが、オホホ笑いのまま帰っていった。
……なんだったんだ。
休みを挟んでの翌朝。
その福田チーフに、手紙を渡した事を笑顔で伝えられる。
『誘ってもらえるといいわね』
ニヤリ笑いで背中を叩かれ、微妙な笑顔で応えてしまった。
こうして私は、携帯に着信がないか、気になって仕方がない一日を送る事になったのだ。もちろん仕事に支障をきたしたのは言うまでもない。
……真木部長と食事が出来るかも!
そう思うだけで、思考がふわふわと上空を彷徨う。
地上の身体は、何度もモンロー主任に怒られていた。
しかし、そんな幸せな時間はとても短い。うんともすんとも言わない携帯を長時間見ていると、あの手紙が部長の怒りを買ってしまったのではないか……と、不吉な考えがすごい勢いで押し寄せてきた。
……やっぱり、図に乗り過ぎたんだよぉぉ。
頭を抱えて身悶える。
“♪ピロピロピー”
待ちわびた電子音を奏でたのは、目の前の携帯ではなく、我が家の電子レンジだった。慌てて立ち上がる。
そう、真木部長の事も問題なのだが、それよりもっと重大な問題を私は抱えていた。……食糧危機だ。
ちなみに、今日の昼間も食べ物がなくて困っていた私だが、思わぬ収穫があった。
あんなに怒っていた天狗がなんと! お土産に「しるこサンド」を購入していたのだ。
天狗に手渡されて、仰天したのは当然だ。
あの騒動はいったい何だったんだ!と眉根を寄せてしまったが、頂ける食糧は有難く頂戴する。
食べられる物を手にして思わず興奮し、嬉しい気持ちをそのまま伝えた。
ところが、「つつつ、ついでだぞ!!」と真っ赤な顔で怒り出し、「い、意味なんてないからな!」と、まさに意味不明な捨てセリフを残して、天狗が去っていった。
本当に何がしたいのか、よくわからない上司である。
さて、目の前のホカホカごはんが、冷蔵庫にあった最後の食糧だ。
もちろんおかずは無い。よし、ここはマヨ様の出番だろう。
栄養を補う為、白米にマヨネーズをトッピングさせた。
別にマヨラーなわけではない。あくまでこれは緊急手段だ。
あっちゃんにもらったアロマキャンドルに火をつけ、室内灯を消す。
それこそ、今節約しないでいつするのだ!……と倹約に目覚めた私は、いろんな事をケチり始めていた。
ちなみに、グレープフルーツの香りがするこのキャンドル。
あっちゃん曰く、食欲を抑える効果があるらしい。
ぐうぐうと鳴るこのお腹に、いったいどれほどの効果があるのか疑問だが、明かりとしては十分だ。
薄暗い炎に照らされながら「いただきます」と合掌した。
ごはんを一口噛みしめて、思わず涙が出そうになる。
……明日は実家に帰ろう。
母の温かい食事に思いを馳せていると、突然玄関のチャイムが鳴り響いた。
すでに夜の11時をまわっている。
……こんな時間に誰だろう? ……あ! まさかのお隣さん!
アパートの隣に暮らす真白さんは、私が困っているといろいろと助けてくれる優しいお姉さんだ。
たびたび訪れる食糧危機にも、手を差し伸べてくれる貴重な存在だった。
……ここに来ての救援物資は、マジで泣きます!!
喜び勇んで玄関に飛んで行こうとしたが、ケチった事でケチがついた。
周りが暗かったせいで、棚の角に自分の足の小指を激突させてしまったのだ。
……悶絶。
四つ這いになって、ひたすら痛みに耐える。
その間にもう一度チャイムが鳴るが、痛みで返事が返せない。
……待って! 行かないでぇー。
脳内で叫ぶが、相手に届くわけがない。
しかし、その5秒後。その願いをすぐに取り消したくなった。
鍵穴に何かを差し込む音が聞こえてきたからだ。
……え、どういう事?
その瞬間、珍しく思い出した事があった。
一か月前、近くに空き巣被害が出たので、大家さんから古い鍵を変えましょうと連絡があったのだ。
え? ……まさかの……ど、ドロボウ?
ガチャガチャとドアが音を立てるたび、身体が硬直する。
忙しさにかまけて、親切な大家さんをないがしろにした自分をひたすら罵る。
……お、大家さん! 至急、鍵を変えてください!
もちろん、あとの祭りだ。
とにかく今、自分の出来る事を必死に考えた。
室内灯を点ける。大声を出す。携帯で誰かに助けを求める。など、有効な手立てはいっぱいあったはずだ。なのに、パニックというのは恐ろしい。……なぜか、蝋燭の火を吹き消しただけで思考が停止した。
後は目の前のピッキング作業が、失敗に終わる事を必死に祈る。
……神様ぁ!!
しかし、神はそう簡単に願いを聞き入れてくれるものではない。
願い虚しく、カチャリと音をたててドアが解錠された。
静かにドアノブが回され、扉がゆっくり開かれる。
……お、お母さーん!! 助けて!!
人は本当のピンチに直面すると、神ではなく母に助けを求めてしまうものだ。
侵入者に見つからないよう、身を縮めて震える足を抱え込む。その間も、ひたすら目をつぶって脳内で母に助けを求め続けた。
『……香織?』
母の声が、なぜか耳に届く。
ああ……もう、私は死ぬんだな。……思えば短い人生だった。
『え? 暗闇で何してるの?』
しかし、あまりの生々しい声に、薄目を開けて確認した。
長身のシルエットが私を覗き込んでいる。
「お! お母さん!!」
さすがに元モデル。
その形状は、年月を経た今でも美しかった。……って、ナゼここに居る?!
「ど、どうやって入って来たの?!」
『どうって……合鍵よ。他の鍵と混ざっちゃって、どれかわかんなくて困っちゃったわよ』
笑顔で鍵の束を見せてくる。
そういえば、母に合鍵を預けてあった……って
「勝手に入んないでよ!!」
怖がった自分が急に恥ずかしくなって、母に当たり散らした。
『ええ!! だって、チャイム鳴らしても出て来ないんだもの……電気も消えてるし……普通、居ないと思うじゃない』
「だからって、勝手に部屋に入るのはマナー違反でしょ!!」
口を尖らせた母が、拗ねてプイと横を向く。
『何よ! だったら持って帰る!』
足元の紙袋を持ち上げ、玄関へと戻って行く。
「ちょ、ちょっと待って! ……何、ソレ?」
先程から暗闇に漂ういい匂いに、お腹が鳴りそうになる。
『香織の好きな、チンジャオロース』
生唾がゴクリとなる。
『……他にも、きんぴら、肉じゃが、サバの味噌煮にお漬物。香織が喜ぶと思って、置いて帰ろうと思ったんだけどなぁ……大きなお世話だったみたい』
「お、お母さまぁー。ようこそお越し下さいました! ささ、奥へどうぞぉ」
慌てて電気を点けて奥へ誘った。
♪―♪―♪
『これは、何?』
正座で母の前に座らされている。
いきなり怒られているのだ。
『……香織、母さんと約束したよね? 忘れたのかしら?』
一人暮らしをしたいと言った時、母にモーレツな反対を受けた。
それでも、実家から会社までの過酷な通勤状況を訴えて、なんとか許しをもらったのだ。
その時、十か条ほど一人暮らしのオキテを掲げられたが、食事の面はとにかく厳しかった。そして、それが守られていないとバレてしまって、大ピンチなのである。
こっそり顔を上げると、マヨごはんを指さした母の目が、鬼のようにつり上がっていた。
この場面で、マヨごはんはちゃんとした食事です……とは、さすがに主張できない。
頭を下げて「ごめんなさい」と素直に謝る。
しかし残念な事に、頭を下げて許してくれるような甘い母ではない。
おもむろに立ち上がった母が、冷蔵庫の扉を開けた。
あ!……と思った時にはすでに遅く、母の冷蔵庫検分が開始されていた。……と思ったら終わった。
開始から5秒も持たなかった。
『珈琲豆しか入ってないって、どういう事なの!!』
すでに時間も遅いので静かにお願いします。……なんて、伝えられる余裕もない。
相手は怒髪天を衝いて、屋根が壊れそうな勢いだ。
「ごめんなさい! すみません! それはいけない事です!」
ひたすら謝る。
『ちょっと座んなさい!!』
怒った母の口癖だが、今立っているのは母の方だ。もちろん、そんな指摘ができるはずもない。
目の前に母が座り直し、お説教が延長される。……と思ったのに、様子が異なった。
母がため息をついて財布を取り出し、黙って一万円札をテーブルに置いた。
高額紙幣を間近にして、思わずギョッとなる。
このお金を受け取るわけにはいかなかった。
受け取ってしまうと……
『香織、来月からお金を送るのは止めて頂戴……』
母の言う通り、仕送りを止めなければならないからだ。
「お母さん、あの、無駄遣いしたわけではないの……。今月売場に異動になって、色々足りない物がでてきて……化粧品とか、目が飛び出るくらい高くて……あの、ほかにも色々……」
言い訳を募ろうとする私を、母が手で制する。
『……香織、あのね、お金の使い方を責めてるわけじゃないの。逆にもっと自分の為に使って欲しいぐらいなのよ。……だいたい、お給料の半分も家に入れたら、香織の生活自体、苦しくなるのは当然でしょ?』
たしかに、生活はギリギリであるが、やれない事はない。正社員なので、それなりにお給金はあるのだ。
『貯金もままならない状況で、いざ結婚となった時にどうするつもり?』
それを言われると、貯金ゼロの私は立場が辛かった。
しかし、結婚の予定など皆無に等しいので、焦った事など一度もないのが現状だ。
「け、結婚より、伊織のためにお金を使いたいの」
伊織は、私大の体育系学部に通う弟である。
年間にかかる学費やその他もろもろ、母の出費は相当な額になるはずだった。
父が他界して十八年。
いわゆる母子家庭の、決して裕福でない環境で私たち姉弟は育った。
そんな苦しい生活の中で、私は短大を卒業させてもらっている。
社会人となった今の私が、母と弟を助ける番だと思う事は、家族として当然の流れだろう。
その胸の内を母に告げ、今まで仕送りを続けてきた。
と言っても、なぜかお金は不要だと母に断られ続け、勝手に送り付けている状態なのがちょっと悲しい。
『ねえ、香織。お母さんの仕事、ちゃんと軌道に乗っているのよ。だから、お金の心配は要らないの。今日も撮影で近くに来たから、ここに寄ったの。……何度も言ってるのに、そんなにお母さんの話が信用できない?』
母が仕事で忙しいのは知っている。
近く本まで出版されると聞いた。順風満帆と言っていいのだろう。
かたや、異動先でクビ寸前の私と比べれば、援助するよりされる立場だろう!と言われても仕方がない。
それでも
「信用してないわけじゃないの。……ただ、私も伊織の夢に協力したいだけなの」
しかもそれが、亡き父の夢であるならば、なおさら協力したいと思うのが家族である。
「お願いします」
額を畳につけて懇願する。
頭上からため息が聞こえてきた。
顔を上げると美人が困り顔でこちらを見つめていた。
……絵になるなぁ。
ちなみに弟は、母親似のイケメンでモテモテ男子なのだが、私は父親に似たせいで、残念な結果に留まっている。……別に、気になどしていない。……いや、ホントに気にしてないよ、お父さん。
そんな事をぼんやり考えていると、突然母に抱きしめられた。
「……お、お母さん?」
『香織にもしもの事があったら……パパに顔向けできないのよ。わかってる?』
そう言われて、父親に溺愛されていた頃の記憶がよみがえってきた。
私が入院している間、病院の屋上でいつも肩車をしてくれた記憶だ。
身長が高い父の肩車は、風を切って気持ちよかった事をよく覚えている。
そういえば、頬にチューされている光景も、いっぱいあったなと思い出した。
久しぶりに父の顔が浮かんで、なんだか懐かしさがこみ上げてくる。
「お母さん、心配かけてごめんなさい。……でも、絶対に無理はしないから」
母に余計な心配をさせて申し訳なく思うが、これだけは失くしたくない私の意志だった。
なにより、これ以上働く理由を奪われたら、会社を辞めてしまいそうでとても怖い。
『そう……わかったわ。 でも、ちゃんと約束を守るのよ』
折れてくれた相手に、感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
その頭を母に撫でられ、いまだに子供扱いされている自分を情けなく思う。
……もうちょっと、しっかりしないといけないな。
母に見えないように、こっそりため息をついた。
『とにかく、ごはんはちゃんと食べなさい』
母がそう言って、持ち込んだおかずを温めに行く。
……え、この時間のマヨごはん&チンジャオロースは、すごくヘビーだ。
贅沢な悩みを抱える中、母が心配げに話しかけてくる。
『ねえ、香織。……売場に変わって、どんな感じなの? やっぱり、天狗にいじめられてるの?』
「ん? あ、ええっと、いじめよりヒドイかも」
『ええ?! どういう事?』
「天狗は、私に辞めて欲しいみたいなんだ……」
『ウソ! 本当に? もう、なんてひどいヤツなの! サイテーね!』
母と電話で話す度に、私は天狗の愚痴をこぼしていた。
名前だと面倒なので、母にだけはアダ名で通している。
母も私の愚痴を聞くたびに、一緒になって天狗を罵ってくれた。
それが私にとって、ストレス発散になっていたのだ。
「最近、モンロー主任も厳しくてさ……すごく大変なんだ」
『あら、あのオッパイ星人? 天狗の手下だもの、期待しても無理よ』
断っておくが、私は一度もオッパイ星人と口にしたことはない。
見てもいない母が、勝手に名づけたのだ。
母は美人だが、私と同じ、まな板教徒の一人だ。
しかも、デカ乳信仰を目の敵にしている。
乳がデカいと言うだけで、母の敵になるのだ。
『オッパイ星人より、ミドリムシ君を味方につけたらどうなの?』
「ええぇ、ダメだよー。あの人、全然役にたたないもん」
もちろん、ミドリムシ君=ミドレンジである。
名前が微妙に変換されるのは、よくある事だ。
「あ、でも、最近チョー優しい眼鏡ノッポさんが現れたんだ」
『あら、初登場ね。誰なの?』
簡単に田辺主任のあらましを語って聞かせる。
『まあ! すごくいい人じゃないの。香織の彼氏候補にいいじゃない?』
「もう!お母さんたら……ノッポさんにはすでに彼女がいます」
『あら、残念。いい男は成約済が多いわよね』
そう言えば、彼女で思い出した。
「お母さん、聞いて! なんと! たらし天狗は女タラシでは無かったの!!」
『ウッソ!!』
「ホントなんだよ!! しかも、ちゃんとした彼女がいるらしくて……」
『まあ! 天狗のくせに生意気ね!』
「そう! 天狗のくせに生意気なんだよ……」
天狗の愚痴は、尽きる事を知らない。
それでも、目の前に置かれたホカホカのチンジャオロースに感激し、慌てて合掌する。
母の愛情を無心に頬張りながら、幸福な夜は更けていった。
読んでくださってありがとうございます。




