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全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<2> の章
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37/51

第36話 ♪藤井香織 昼トモ、増量中!!


売場へ異動になって十日目を迎えた。


はっきり言おう。 今の私はとんでもない事になっている。


鬼教官と恐れていた福田チーフだが、噂はただの噂でしかなかった。

なぜなら彼女は、噂以上に厳しい鬼コーチだったからだ。


『二日間の遅れを取り戻すわよ!!』


そう言って、猛烈な勢いで指導して下さるのは有難いが、遅れなどすでに取り戻したであろう今でも、その勢いは衰えるどころか増す一方である。


もう、毎日がフラフラなのだ。 脳も体も許容範囲を当に超えている。

姪っ子の恩人と言うのであらば、せめて、もう少しだけ優しくしてくれ……。


そう願うが、願うだけ空しかった。 

福田チーフの恩義は、情熱のエネルギーへと変換され、指導のパワーに注がれる。

恩義を感じれば感じるほど、熱意のこもった教育になるのだから、もう、恩など感じないで欲しいとさえ思う。


……さっちゃん! アナタの叔母さんを何とかして下さい!!


連絡先がわかるなら、そうお願いしたかもしれない。


『香織ちゃん、大丈夫?』


身体を揺さぶられてハッと我に返る。

卵焼きを口に含んだまま、ヨダレを垂らして居眠りしていたようだ。


3歳児のような振る舞いをしてしまい、恥ずかしさのあまり、顔に火がついたように熱くなる。

気付けばたくさんの目がこちらをジッとみつめていた。


にしてもすごい。

私の周りで8人ものお友達が、お昼を一緒に食べているのだ。……まさに壮観である。


もちろん自力で集めたメンバーではない。(集まるわけがない)

すべて、福田チーフの恩恵だ。


私がぼっちランチを寂しくとっていると知った途端、福田チーフが連れ立ってお昼休憩を取るようにしてくれたのだ。

すごい人数のランチ集団に、平然と入って行く福田チーフに最初はビビッてしまったが、私を弟子だと紹介してくれ、輪の中に自然に溶け込ましてくれた。


しかも、どの時間に行ってもいいようにと、毎日お昼の時間を変えて、いつもどこかのグループを紹介してくれるという細かい親切。嬉しくて涙が出そうになる。

気付けば、この1週間で30人の昼トモが出来ていた。


4年と半年の間、ずっと一人だった昼トモが急に30倍である。

びっくり仰天も甚だしい快挙だ。


それに昼トモメンバーは、4階以外のフロアー担当者が多かった。

福田チーフの顔の広さにもビックリする。


さらに、みんなが福田チーフを慕っている事にも驚いた。

いつも輪の中心は福田チーフで、みんなが頼りにしている空気が必ずそこにあった。


……さすが我が師匠! 尊敬します!


そんな師匠に、今では私が手を合わせている。


しかし、ハッピーなランチタイムかと言うと、残念ながら問題点も増えていた。


これまでずっと、総務のあっちゃんと二人きりのランチだったのだ。

そんな簡単に団体行動の奥義が身につくわけがない。


例えば、細長いテーブルの右と左で話している内容が違うなんて、生まれて初めての経験だ。真ん中に座った私は、どちらに参加していいのかわからなくなり、そのまま寝てしまうという、究極の失態をしでかしてしまったわけだ。 


まさに、多人数ランチたるもの、非常に高度なテクニックが要求されるのである。

それを身につける為に、四苦八苦な毎日だ。


『チーフにシゴかれてるんだってね。 ……可愛そうに』

『福ちゃん、キビシイからな』

『藤井ちゃん、仕事できなさそうだもんね』

『いや、十日ももったら十分でしょう。アンタすごいよ』

『玉子焼き口に入れて寝るなんて、器用だしね』

『相当、疲れてるんだよね? チ●ビタ飲んどく?』

『辞めるなぁ……私なら絶対辞める!!』

『そうだ! 辞める前にはちゃんと言ってね。送別会開いてあげるからさ』

『歓迎会もまだなのに?』


アハハハハハ!!

8人が一斉に笑いだす。 ……この流れるような会話にもついていけない。


相槌を打つだけで精一杯の自分は、口を挟む余地がまったく無いのだ。

……無念である。


『ちなみに福ちゃんどうしたの?』


福田チーフといちばん仲のいい原チーフが、私にむけて質問してくれる。

これはいい。私が口を開ける数少ない機会だ。


「あ、赤伝の処理をしてから来られるそうです」


『返品か……。不況は辛いよね』


この作業はまだ習っていない。

なので、先に食堂に行くように命じられたのだ。


『おつかれさまでーす!!』


突然頭上から、大きな声が降り注いだ。


『あ、チバコ。お疲れ』


続いてその場にいたそれぞれが、チバコと呼ばれた人物に挨拶を返す。

私も慌ててその波に乗って、初顔のその人に挨拶をする。


「お疲れ様です!!」


『あん? アンタ誰や?』


スパンと刃物が返ってきた気がした。

目の前の空席に、ドカリと座ったチバコさんにいきなり睨まれる。


……た、退席しろという事でしょうか?


『ほら、この子、福ちゃんの……』


『ん? ……ああ!! ウワサの新弟子さんか! ええぇ! ちっちゃ! めっちゃ、ちっちゃ!! えらい可愛らしい子やん』


チバコさんがそう言って、相好を崩した。……た、助かった。

私が小さくなって震えていたので、原チーフがフォローを入れてくれたようだ。

にしても……チっちゃ、チっちゃと、強調されると恥ずかしい。


『そうでしょ。福ちゃんのお気に入りだもの』


『いやぁ……マジ、お人形さんみたいやな……。ウチの玄関に飾っときたいわ』


アハハハハ!!

8人が一斉に笑う。

ヒトです。……生きてます。


『ウチ、3階ミセスのバイトで、千葉桃子って言うねん。チバコって呼んでな! 6年目のベテランやけど、オドロキの23歳やでぇー』


先輩は、最後に目元での横ピースのポーズで締め括った。

おばさんじゃないよ……と主張しているらしい。


「あ、ワタクシ、4階婦人靴の担当になりました、藤井香織です。 に、にじゅう……ご……になります」


『え?』


目の前のチバコさんが固まった。 いや、テーブル全体が凍結している。

少し前から感じていたけれど、やっぱりそうか……と思ってしまった。


『か、香織ちゃん、25なの?! えええ!! ごめんね。 高卒の新入社員さんかと思ってた……』


そんな気がしていました……。


しかし、原チーフ。それはあんまりです。 周りも驚き過ぎです。

私は型が小さいだけで、歳もとりますし、それなりに生きてます。


『ま、マジ、ですか? す、すいません!』


慌ててチバコさんが頭を下げてきた。


『あの、ウチ、年下や思てまして……なんというか、見た目がおぼこ……いや、可愛いと言うんですか……あの、その……ねぇ?』


困って隣に振るチバコさん。フォローになってません。

しかも微妙に敬語になってるし……。


「……いいんです。 新人の頃からずっと、新人以外に見られた事がないですから……」


『ぶっ!!』


な! チバコぉぉぉ!! そこは吹き出すとこじゃないでしょ!!


『す、すみません!』


いけないとわかったのだろう。チバコさんが笑いを噛み殺しながら謝ってきた。

って、皆さんも微妙に肩が揺れてますよ。 ……ったく。


「べ、べつに、チバコさんに気を使ってもらわなくても平気です……大丈夫です」


年上という事なので、こちらが気を使ってあげた。


『そ、そう? よかったぁ。 いやぁ、しかし、おもろいわぁ……藤井ちゃんサイコー!!』


チバコさんが両手の親指を立てて、賞賛してくれる。

よくわからないけど、嬉しくなって照れてしまった。


いや、ちょっと待て。……おかしくないだろうか?

どうして私が「さん」づけで呼んで、チバコさんが「ちゃん」づけなのだ?


『ウチ、藤井ちゃん大好き! チョーかわいい!!』


……面食らった。

そんな事を言われたら、些細な疑問なんてお茶と一緒に飲み込むしかないではないか。


やっぱり照れながら、お茶を飲んでもじもじした。





読んでくださってありがとうございます。

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