第35話 ♪藤井香織 イケてるゲテモノは神レベル?
『すごいわね……上手』
福田チーフに声をかけられて、初めてずっと見られていた事に気が付いた。
その存在を忘れるほどに夢中になっていたらしい。しかも褒められたので、ちょっとだけ照れる。
そんな私に、福田チーフが遠慮がちに質問してきた。
『あのね、さっき田辺君に聞いたんだけど……アナタ、POP室に居たってホント?』
……タナベクンって誰だ?
情報元はよくわからないが、POP室に所属していた事は事実である。コクリと頷いて肯定した。
『じゃあ、渡辺倖ってアルバイトを知ってる?』
……ワタナベサチ? ……サチ ……あ、さっちゃんの事かな。
かつてPOP室にスーパーアルバイターが存在した。
その手先の器用さは然る事ながら、スピード、品質、作成量のすべてがズバ抜けてすごいツワモノが居たのだ。
しかもセンスまでよろしいとなれば「サチ様、仏様」と言って、崇められて当然だろう。まさに、学生アルバイターにしておくには、大変もったいない人材であった。
「……はい、よく知ってます。とても有能なアルバイトさんでした」
あ、誤解しないで欲しい。 過去形で言うと、お亡くなりになりました……的に聞こえるが、要は、卒業と同時に他所へ就職してしまったのだ。
就職先のデザイン事務所でも、その才能は如何なく発揮されているらしく、すでにアシスタントからデザイナーへと昇格したと聞いている。やっぱりスゴイ人だったのだ。
『ま、まさか……もしかしてアナタ……フジイカオリちゃん?』
「はい?」
なぜかチーフに、驚いた目でそう質問された。
……え? 今、私の名前を聞きましたか?
えええ?!! 2日前にそう自己紹介しましたよ!! 聞いてなかったんですか?!!
「はぁ……そうです。 藤井香織です。 よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げる。
なんだかマヌケだけど、自己紹介をやり直した。今度は覚えてくれるだろうか……。
『まぁぁぁぁ!!! なんて事!!!』
事務所にチーフの絶叫が響き渡る。 びっくりした私も叫びそうになった。
『私、福田久美子です!』
慌てた様子で福田チーフが頭を下げてきた。
……いやいや、知ってますよ。 私の教育係りだという事も。
『婦人靴を10年担当してます』
ええ!!……それ、言っちゃいますか?! モンロー主任に言われて怒ってませんでしたか?
『……なので、婦人靴の事なら私が一番詳しいです。仕事の事、なんでも聞いて下さい』
これには呆気に取られるしかなかった。
昨日自己紹介した後、ずうううううっと!チーフの背後で質問していたのだ。
もちろん、答えてもらった事は一度もなかったけれど……。
手の平を返したようなチーフの態度に、どうにもついて行けずにマゴマゴしてしまう。
それに対して、今までの自分の態度の拙さにようやく気がついたのか、バツが悪そうに福田チーフがコメカミを指で掻いた。
『あの……実はね、私、渡辺倖の叔母なの……』
……オバ?
急な展開に、うまく漢字が当てはめられない。
『その節は、姪っこが大変お世話になりました』
再び頭を下げられて、今度はこちらが仰天する。 えええ??? 姪っ子??
あまりの事に、驚き過ぎて言葉が出てこない。
『サチはアナタのお陰でデザイナーになれたそうで……。カオリちゃんに足を向けて寝られないって、いつも手を合わせてます』
……じ、地蔵じゃないんだけど。
苦笑いする。 まあ、お陰は大げさだけど、一因はあるかもしれない。
と言うのも、そのデザイン事務所を紹介したのが私だったからだ。
もともとそこは、短大の先輩が勤めていた事務所で、欠員が出たから来ないか?と私が誘われたのがきっかけだった。
POPライターの仕事は天職だと思っていたので、先輩に断ろうとしていた所、タイミングよくさっちゃんから就活の相談を受けたのだ。
当時のさっちゃんは笑わなくなっていた。
面接が上手く行かずに何十社も不採用通知をもらえば、誰だって落ち込んでうつになる。
同じ就活道を歩んだ者として、気持ちは痛い程理解できた。
何とかしてあげたい、助けたい! そう思うのが人の道だ。
早速さっちゃんにこの話をスライドしたわけだが、デザイナー志望のさっちゃんは、涙を流して喜んでくれた。
しかも、お前より断然いい子を紹介してくれたと、先輩にも泣くほど喜ばれた。(これは複雑な気持ちだった)
そういった経緯により、感謝されてるのはなんとなく理解できた。
しかし、アシスタントからデザイナーになったのは、本人の能力以外の何物でもない。
さっちゃんはデザイナーになるべくして、なっただけの事だ。
「私はきっかけを作っただけです。本人の努力の賜物ですよ。……さっちゃんはとても優秀なんです」
そう言った途端、福田チーフがハンカチを取り出して、目頭に当てた。……鼻をすすりながら泣いている。
……ええっと……困った。
どうやら福田チーフは、本当に姪っ子が可愛いいらしい。
『サチの言うとおり、アナタ、とてもいい人なのね……』
え? いやいや、それは買い被りです。
いい人と言うのは、真木部長のような方を言うのです。
『バイトもパートも分け隔てなく、いや、社員以上に大切にしてくれる人だって……サチがよく話してたわ……』
……え、さっちゃんたら。 やだな……困っちゃうじゃん。
だいたい、所属メンバーを大切にするのは当たり前の事だ。彼女たちがいなければPOPは完成しなかったのだから……。
そういう意味でも、さっちゃんは大事な仲間だったわけだ。
もはや過去形ではあるが、当然の事を褒められて、なんだか足の裏がむずかゆくなる。
『この会社、社員ってだけでエラソーに踏ん反り返っている人が多いのにね……』
そうつぶやいて、チーフが深いため息をついた。
……へえぇ、そうなんだ。……知らなかった。
いや、一人知ってじゃないか! とびきり凄いヤツを!
付け足してもいいのなら、フロアーマネージャーというだけで、踏ん反り返る天狗を、ぜひとも数に入れて欲しい。いや、アイツはエラソー社員の筆頭にして欲しいもんだ。
『知らなかったとはいえ、本当に恩知らずな振る舞いをして、ごめんなさい』
気がつけば、もう一度福田チーフに深々と頭を下げられていた。慌てて手を振る。
「や、止めて下さい!! ……気にしてませんから」
まあ、ちょっとだけ、根に持つかもしれませんけど……。
『これからは、精一杯、教育係りとして頑張らせてもらいますから、安心してね』
ええっと……安心していいのだろうか?
一抹の不安を抱えながら、こちらも頭を下げる。
「よろしくお願いします」
とにかく給料泥棒だけは、免れそうな雰囲気だ。 その点だけはホッとした。
『にしても、これ……香織ちゃんは絵も上手なのね』
……は?
福田チーフが漢字だらけの用紙を繁々と眺めている。 ……絵?
『これ、平居マネージャーでしょ? マツゲが長くて目が大きい。……特徴をすごく捉えてるわね。 ふふふ、ホントよく描けてる』
クスクスと笑いながら、チーフが用紙の隅っこに描いた落書きを指さした。
ああ!! なんてこと!! 描いた事をすっかり忘れてた!!
にしても、その絵はとてもマズイ。
非常ぉーに、とんでもなくマズイものを見つけられてしまった!!
『だけど、この、鼻の下にある3本の線って……』
あわわわわぁ……そうです。 鼻毛です。
ハああぁ……。写真が手に入りそうにないので、イタズラ描きしたのが間違いだった。
「すみません。 すみません」
当人ではないけれど、とにかく謝る。 ひたすら、謝る。
天狗にチクられたら終わりだ。 ……殺される!!
『やだ、大丈夫よ。平居さんに言ったりしないから』
……ホントでしょうか? ホントに黙ってて頂けるのでしょうか?
上品に笑う福田チーフに、涙目になってさらに懇願した。
『だけど香織ちゃん……平居さんの事、キライなの?』
いや、まあ、好きなら鼻毛など描かないでしょう……。
「ええっと……。通常、部下は上司を疎ましく思うものではないでしょうか?」
……できればキライとはっきり言いたい。しかし、大人として、その辺りは丸い表現におさえた。
『ええ? そうかな……? 平居さんは、部下も、それ以外でも、みんなに人気があるけどね……珍しいと思うよ』
……ええ、知ってます。 その点については、ワタクシ、全く腑に落ちていませんから。
そもそも、天狗の男としての魅力が、自分には全く理解できないのです。
「はぁ……。 まあ、私はイケメンに興味がないんです」
やんわり回避する台詞を言ってみた。
ただし、真木部長には大変興味がある。……つまり、語弊があるけど、致し方ない。
ここで、天狗がキライと名指しするわけにいかないではないか。
そもそも、真木部長がイケメンである事は、一目瞭然である。
だいたい、天狗と比べる事自体、おこがましいのだ。 そこには雲泥の差がある。
マグロで言うなら、養殖と天然ぐらい違う。……まあ養殖も美味しいけれど、天然には敵わない。
つまり、真木部長がイケメンではない。……なんて言っていない。
二人はイケメン等級が違うのだ。……そういう事で、部長に許してもらおう。
長々と言い訳を考えていたら、福田チーフが“フッ”と笑った。
「たしかに、ゲテモノ好きな人だって、この世には沢山いるものね……」
な、ナァニぃぃぃ!!!
真木部長をゲテモノ扱いするとは何事ですか!!!
許せません!! ああ、許せませんとも!!
「福田さん!! 真木部長はゲテモノではありませんよ!!」
イケメン等級が神レベルなのです! 一般とは一緒に出来ないのです!
わかりますか? 天と地の差があるのですよ?
すると突然、福田チーフが吹き出した。 は? なんですか?
『へぇ……なるほど……。香織ちゃんは、真木さんがお気に入りなのね?』
体中の血が、顔に集まる事もある。……そう一瞬で学んだ。
な、@☆Ф$、な、……お、落ち着け。 まずは落ち着こう。
何ゆえ、福田チーフはそのような事を知っているのか?
は! まさか、総務のあっちゃんから聞いたのだろうか?
しまった! 口止めをするのを忘れていたぞ!! なんてこった!!
今更遅いが、被害を拡大しない為にも、すぐさま連絡を取らなければいけない。
いやいや、まずはこの事態をどうするべきか、そっちを先に考えるんだ!!
「あら、まあ! ……顔が真っ赤か」
反射的に両手を頬に当ててしまう。
異常に熱かった。
……ややややや、ヤバイぞ!! なんとかしなければ!!
「いや、……あの、……その、……お、お気に入りではありません!」
ウソではない。お気に入りどころか、大好きな人なのだ。
しかし、福田チーフは納得するどころか、さらに怪しげな視線を私に寄越してくる。
うぅ、見ないでください……。
動揺しまくりで、思わずあらぬ方向をむいてしまった。
『ふーん。 香織ちゃん……実は真木部長の事が大好き!……だったりしてね』
……な!!@☆Ф$な、なぜぇぇぇ!!
顔に集まった血が、一瞬で引いていく事もある。……重ねて学んだ。
それぐらい、福田チーフの大人の笑みは恐ろしかった。
それゆえ、少しだけ震えた。
『え、……香織ちゃん? だ、大丈夫? 顔色が……』
「す、すいません。……ちょっと貧血かもしれません」
ヤバイぞ! この人絶対 <読心術> を会得した超人販売員だ。
私が最もニガテとする、脅威の <カリスマ店員> に違いない!
何を売りつけられるか分かったものじゃないぞ! ……いや、靴しか売ってないけど。
なんだか思考まで混乱を極めてくる。
これ以上しゃべると、間違いなくドツボにハマリそうだ。
『よ、横になる? ホントに真っ青なんだけど……』
「だ、大丈夫です。ちょっとトイレに……いえ2番に行ってきます」
ここはやむを得まい。
心を落ち着かせるためにも、緊急退避だ!!
読んでくださってありがとうございます。




