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全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<2> の章
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33/51

第32話 ♪藤井香織 給料泥棒の宣戦布告


売場に戻ってから最初にする事…………座る。


……以上。


っていうか、異常だよ!! 

次に立ち上がるのがトイレの時ぐらいだなんて……。


うぅぅぅ……。 このままでは、本当に給料泥棒になってしまうぅぅ。


事務所の片隅で「仕事を下さい!!」と叫びそうになった。

叫んだところで、聞いてくれる人は誰もいないのだけど……。


仕方が無いので、メモ帳を取り出して開く。昨日小森主任から教わった事が、箇条書きで並んでいた。時間は腐るほどある。


……せめてこれぐらい、完璧に覚えてやろう!


意味はないが、そう息巻いた。

とにかく、おさらいを始める事にする。


まず、婦人靴は大まかに3人の担当責任者がいるそうだ。

覚えやすいよう、勝手にアルファベットで分けてみた。


婦人靴全体の責任者でもある太田リーダーが担当の<A>――季節物、流行物が中心の商材らしい。対して<B>は、定番商材がメインで、ここの担当は、私の教育係り(とは思えないけど)の、福田チーフだ。それ以外を<C>として、それぞれ責任者の下、パートやバイトが上手く配置されている。


この説明を受けた時、不思議に思った事があった。


私は福田チーフに教えを請うのに、担当はなぜか<C>と言われたのだ。こういう時、普通はチーフと同じ物を担当しないだろうか?


しかも、その<C>担当の堂島さんという方と、この三日間一度も顔を合わせていない。……なぜだろう? 出張とか……かな? 


もちろん、その場でモンロー主任に尋ねたが「必要ない」の一言で片付けられてしまった。同じ担当者の情報がもらえないなんて……不思議過ぎやしないか? 余計に気になる。 誰か教えてほしい……。


『藤井、仕事覚えたか?』


堂島さんの事について悩んでいると、靴箱を抱えたミドレンジが事務所に戻ってきた。


「え? あ、の、……そ、の……」


何も覚えていない……とは、さすがに言いにくかった。


『あ、やっぱりな』


靴箱を床に下ろし、ミドレンジが哀れみの視線を投げてくる。


『おまえ、未だに何にも教えてもらってないだろ……』


見事に的中した意見を言われて目を剥いた。


『冗談キツイわぁ、福ちゃーん。 マジ人手が足んないのに……』


泣き真似をするミドレンジだが、泣きたいのはこっちである。


「あの……私、福田チーフにどうしてここまで嫌われているのでしょうか?」


ワラにも縋る気持ちでミドレンジに質問した。


『え? ああ、まぁ……強いて言うなら“社員”だから?』


は? 意味がわかりません。


『福ちゃんはさ、4階の正規雇用されてる社員が嫌いなんだよ……。ま、だから、俺も嫌われてるんだけどな。アハハハハ』


笑ってる場合じゃないでしょ!! 

そんな理不尽、どう対処したらいいんですか!


思わず怒りをぶつけたくなったが、八つ当たりなのでグッと我慢した。

気持ちを落ち着けて質問を続ける。


「なぜ正社員が嫌いなんですか?」


『え? いや……それは言えないだろ』


ミドレンジが唇のチャックを閉める。 ……コイツ。


「どうして秘密なんですか? マジで教えてください! 困ってるんです!」


じゃないと仕事が覚えられない。アンタも困るぞ!


泣いて縋るマネをすると、ミドレンジが『しようがないなぁ』と言う顔をこちらに向けてきた。 どうやら、教えてくれる気になったらしい。


『いいか、言えない理由はただひとつ……』


ミドレンジの立てた人差し指につられて、生唾をごくりと飲み込んだ。


『……俺も知らないからだ』


ハ? ……む、ムカツク。 コイツ、ほんとにムカツクんですけど!!


こんなバカを当てにした自分を、恐ろしいほど呪った。

八つ当たりぐらいしておけばよかったと後悔する。


なぜかドヤ顔のミドレンジを無視して、頭を抱えて途方に暮れた。


正社員が嫌いだなんて……どうしたらいいのだぁ!!


しかしここに来て、先ほど復習した人員配置が突如頭に浮かんだ。

そうだ! 私は<C>担当なのだから、教育係りを堂島さんに替えて貰おう!!


無視した事で拗ねていたミドレンジに、再び向き直った。


「あ、あの! 堂島さんはどちらにいらっしゃるんでしょうか?」


『は? ドウジマン? ああ、病院』


「ビョウイン?」


思いがけない答えに狼狽(うろた)えてしまう。


『聞いてないの? 先月さ、車で事故っちゃって、ガードレールに激突!』


説明しながら、ミドレンジが手と手を“パン!”と弾いた。

衝突の凄さを表現したいらしい。思わず顔を歪ませてしまう。


『死んでもおかしくない事故だったけど、奇跡!……命に別状はないんだって』


……よ、よかった。 顔も知らない人だが、心の底からホッとする。


『というわけで、只今入院中』


そうか……だからこの3日間、彼と出会えなかったわけだ。 

謎が解けてスッキリした。


『けどさぁ、そんだけの事故だもん。軽傷ってわけにいかないじゃん。全身打撲に骨折多数で、当分ベッドから動けないんだって。……これで死なない方が不思議だって言うんだから、まあ、年内の復帰はまず無理だろうな』


え? そんなに!! 


「その間、堂島さんの担当はどうなるんですか?」


素直に浮かんだ疑問を口にした。

代わりは来ないのだろうか。できればその方に仕事を教わりたいと心から願う。


『はぁ? 何言ってんの。 お前がその代わりじゃん』


「え? ……えええ!!ワタシィィィ? いや、無理です。いきなり責任者の仕事なんて、で、できるわけないじゃないですか!」


『できなくてもやるの!! 社員のくせに、甘えてんじゃねーよ』


そ、そんな……ご無体な。 ……初心者に対してあんまりだ。


『大丈夫! 心配ぜんぜんナッシーング! ドウジマンでも出来た仕事だぞ。お前にも出来るって!』


いや、経験上、ミドレンジの言う事は、信用がぜんぜんナッシングだから……。


それにしても、彼に“でも”扱いされるって、どんだけ堂島さんは仕事ができない人なんだろうか……。 なんだか別の意味で興味が湧いてくる。


「堂島さんって、どんな方なんですか?」


『へ? あー、入社二十六年のベテランさんで、独身のおじさん。ものすごーく明るくて、仕事ができない人』


ミドレンジがニッコリ笑う。……しかし、すごい紹介だ。しかも、思った以上の高年齢にびっくりする。 たぶん、バブル期に入社した人だと推測された。


そう、真木部長が話してくれたアノ時代だ。


……怖いなぁ……バブル。 生まれてすぐに、はじけちゃったけど。


知りもしない華美な時代に思いを馳せてみた。


『そんな事より、お前、早くドウジマンの特殊任務を引き継いでくれよ』


「え? 特殊任務?」


思い耽っている暇など与えてくれるわけがなく、ミドレンジに遠慮なく割り込まれた。


『もう、わかっちゃってると思うけど。コモリンと福ちゃん、チョー仲悪いんだよねぇー。普段は口も利かないし。……だから、間に伝達係がいるわけよ』


は? え? 伝達? 言ってる意味がわからないんですけど。


『まあ、ドウジマンは女の戦いとかもすっっげぇ疎い人だったから、まったくお構い無しで話すわけ。ホント、奇跡の仲介人だったんだけど……お前、そんな事デキんの?』


……できるわけないじゃん! と思わず即答しそうになる。


「ほ、他にできそうな方は、いないのですか?」


慌てて縋った。そんな大役、私には無理だ。


『はあ? んなの、いるわけないじゃん』


……即答。 って、あんまりだ! せめてもう少し、悩んでくれ!


『居たら、お前なんかに頼まねーよ』


……そりゃ、そうか。 合点。 ……いや、違うよ! 何とかしてよ!


『だいたい、見た目平穏に見えるけど、ものすげえ火花散らすんだぜ、あの二人。……ありゃ、だれも近寄れないって』


ミドレンジが、楽しそうに手を振って「ダメダメ」的なニュアンスを醸し出す。

だったら、ここは責任者のミドレンジが通訳になるべきではないか! と遠まわしに聞いてみた。


『いや、ムリだから。 俺、両方に嫌われてるし。 まあ、局外中立って事でよろしく』


アンタ、一番ダメじゃんか!! ……さすがにミドレンジである。


『とにかく、平居さんの指示だから……ちゃんとやれよな』


そう言って、靴箱を抱えなおし、笑いながらミドレンジが出て行った。


くぅぅ……マジですか。


それにしても、仕事は教えてもらえないのに責任者ガンバレって……アリなの?

これ普通? しかも、特殊任務まで押し付けられちゃったし……。


新人の扱いとして、やっぱりおかしくないだろうか?


こんなあり得ない状況になっている原因を冷静になって考えてみた。

とりあえず、配置を考えたのは天狗だ。 指導者を決めたのも天狗だ。

その上で特殊任務までヤツに与えられた。


ん?……どういう事だ? 天狗は私を辞めさせたいのか?


そう思った途端、頭の中で何かが弾けた。

そうか! 天狗が狙っているのは、私の<退職願い>だ。 間違いない!!


そう答えが出た瞬間、怒りが腹の底から湧き上がってくる。


どうやら天狗は、目障りなチビ助を苛めたいのではなく、視界から消し去りたいようだ。

つまりこれは、天狗流“間接ヤメロ攻撃”という事だろう。


……なんて恐ろしい攻撃なんだ。ダメージが凄まじいぞ。


天狗にも優しい一面があるかもしれないと見直した自分に(ほぞ)を噛む。

やっぱりアイツは、私が思う通りの鼻が長い天狗サマだったのだ。


……やってくれるじゃないか。 もう騙されないぞ!!


そうだ。後悔するのはまだ早い。

ここで気付けた自分は、案外ラッキーだったのではないかと思い直す。


なぜなら、敵はもうすでにこんな凄まじい攻撃を仕掛けてきているのだ。

まったくもって油断ならない相手だと、再認識できた事はワタシ的に大きい。


改めて、誰が辞めるものか!と心に誓い、メラメラと闘志を燃やす。


……天狗めぇ!! 絶対、負けないぞ!! キサマに<退職願い>は渡さない!!


決して本人には言えない宣戦布告を、胸の内で宣言した。





読んでくださってありがとうございます。


寒さで風邪をこじらせてました。 更新が遅くなってすみません。

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