第27話 ♪藤井香織 パワハラとセクハラを比べる
『お前は、マジメにやってるのか、ふざけてるのか、一体どっちなんだ?!』
たらし天狗に引きずられながら、朝礼から強制退場をさせられていた。
しかもバックヤードに入ったとたん、意味のわからない質問をされる。
私はいつだって全力でマジメだ。 と言っても、寝坊してしまった事は反省しなければならない。それは謝罪する。……しかし!
「遅刻してすみませんでした!! ……でも笑われるのは心外です!」
明らかにたらし天狗が困り果てている。
『お前、どうしていつもそう、答えがとんちんかんなんだ? 遅刻の前にその顔は一体なんだと聞いてるんだよ』
「はぁ? 私だって知りません! まつげをつけたらこうなりました! 規則じゃなければこんなもの、頼まれたってつけませんよ!」
だいたい、ツケマツゲがなきゃ遅刻だってしなかったんだ。
慌てた上に初めてつけるものだから、具合が全くわからなかった。しかも腫れぼったい目に合わせて勧められた商品なので、フサフサ感がハンパなく、さらに大き過ぎて目からはみだしてしまい、結果パンダみたくなってしまった。(……無念)
お手本にしたツルちゃんのアイメイクからは、程遠い仕上がりとなってしまったが、言っても私は、ツケマツゲ初心者なのだ。どこかで妥協しなければ、永遠に出勤できないじゃないか。
……いや、後ろ向き発言は止めよう! これでも、苦心と努力の結晶なんだと、胸を張って言う!
『バカぁぁぁ! どんな言い訳してんだアホぉ!! 規則ってなんだ!!』
「な! アホじゃないです!規則はキソクです!!」
『はぁ?!! まだ言うか!! じゃあ、何の規則か言ってみろ!!』
「4階の就業規則でしょう!! わかりませんか!! 知らないんですか!!」
『知るかぁ!! そんなもん!!』
「はぁあ?! それでもフロアーの責任者なんですか!! 聞いて呆れますよ!!」
普段の私ならこんな暴言、死んでもたらし天狗に言えないだろう。しかし、多人数に笑われた怒りのせいなのか、なぜか積年の恨み辛みがここに来てドォ――――っと噴き出してしまった。
『な、 なんだとぉ!!!!』
たらし天狗がいきなり両手で私のほっぺたをつまむ。
左右に引っ張るから“イぃ――”の状態になった。……い、痛い。暴力反対!
『この口か! 上司に対して、この口がそんな失礼な事を言ってんのか!!』
さらに頬皮を伸ばし続ける。私の頬はリス並みに皮が伸びる。……が限界もあるのだ。
「ヒライぃ! ヒライぃ!」
名前を呼んでいるわけじゃない。 痛い!痛い!と訴えているのだ。
『平居さん!!』
こちらは正真正銘、名前を呼んでいる。
目線を向けると、小森ンモンロー主任が慌てた様子でこちらにやってきていた。
巨乳がゆれている。(呼び名はもちろん、そこからつけた)
『声が大きいです! み、みんなに聞こえてますから 』
瞬時に青ざめるたらし天狗。パッと手を離して慌てて口を塞ぐがもう遅い。売場で朝礼をしているみんなが、天狗のパワハラを証言してくれるはずだ。
にしても思いっきり引っ張るもんだからホッペがジンジンしてきた。頬をさすって天狗を睨みつけてやる。
『藤井さん。 あなたどういうつもりなの?』
え? 私?!! 私は悪くないでしょう!!
モンロー主任が鋭い眼差しを向けてくる。
『その顔! 何のつもりなの? ふざけてるの?!』
えええ?!! モンロー主任まで言いますか?!!
『小森、もういい。問い詰めても意味がないから……』
詰め寄ってくるモンロー主任の肩を、左手で止めるたらし天狗。
どうしようもないという顔を向けてくる。 む! ムカツク。
「なんですか! どういう意味ですか!」
『じゃあ聞くけど……そんな事、総務の就業規則の冊子に書いてあったか?』
声のトーンを落として、たらし天狗が聞いてくる。……って冊子には書いてなかったような……。しかし、ミドレンジが何度も念押ししてきたのだ。間違いない。
「で、でも! ツケマツゲは4階の規則だって教わりました!」
張り切って言った途端に、ため息をつかれた。 なぜだ?
『それ、誰に聞いた? どうせ太田だろ』
え? ……何だかすごく嫌な予感が。
『アイツ……。 碌なコト言わないな』
ま、まさか! たらし天狗が眉間にシワをよせて苦い顔をする。
『藤井さん。私の目に、つけまつげがついてるかしら?』
モンロー主任が目をパチパチさせる。 ……うぅ、ついて無い。
『就業規則にはこう書いていたはずよ。“女子社員は自然なメイクを心がける事。化粧品を取り扱う部門以外はあからさまな濃いメイクを禁止する”……あなた、ちゃんと読んだの? それとも、靴売場でつけまつげを売るつもりなの?』
うぅ。たしかにそう書いてあったような気がする。
でも悲しいかな、ちゃんと覚えていない。
しかし、それではミドレンジが嘘をついたと言うことになる。 つまり私は、まんまと騙されたということで……うぅぅ。 思わず拳を握りしめてしまう。
……み、ミドレンジめぇ!!!!
『藤井さん!! 太田君に怒るのは当然かもしれないけど、気付かない貴方もおかしいのよ。普通に考えたらわかる事じゃない』
握った拳に気づいたのか、モンロー主任が咎めてきた。
『小森!』
慌ててたらし天狗が止めに入ってくれる。
私も、そこまで言わなくてもいいではないかと思ってしまったけれど、それは自分の甘えた考えだと反省した。
小森主任の言っている事は間違いではない。 情けなくて悲しくなってくる。
私は多分、普通じゃないんだ。
天狗がさりげなく主任の前に出て、自分の後ろに彼女を下げた。
優しい声で言葉を紡ぐ。
『藤井、とにかくそのまつげを取っておいで。……太田にもちゃんと注意しておくから』
う、涙が出そうになるがグッと我慢した。
売場では泣かないって約束したから。
「生意気な口を利いて、すみませんでした」
とにかく頭を下げる。
『いや、俺達も言い過ぎた。次からきちんとしてくれればそれでいいよ』
思いも寄らない優しい台詞に、自分のした事が急に恥ずかしくなってくる。
天狗に優しい言葉を掛けられると余計に辛い。出来ないヤツだと怒ってくれる方がずっとよかった。……すごく反省しているのだから。
「申し訳ありませんでした」
居たたまれない気持ちになり、主任に向けても謝罪した。気まずい様子で目を逸らされる。 思わずため息をつきそうになった。
……あぁ、早々と小森主任に嫌われてしまった。
くぅぅ。ミドレンジめぇ。なんてことしてくれるんだよぉ。
心の中で泣いていると、急にたらし天狗が両手で私の頬を包んできた。
ビクッと体が跳ねる。
『つねったりして悪かったな……。ほっぺた、大丈夫か? 赤くなって……ごぶっ!』
両手で顔を上げられ、キスされるのかと思うぐらい顔が近づいた。
キラキラ顔の天狗に見つめられて、台詞を最後まで聞けなかったのだ。
思わずガラ空きの腹部に、グーパンチをお見舞いしてしまう。
ハッ! しまった!! 条件反射なのだ!!
気付けば傍らに、お腹を押さえてうずくまる天狗がいた……。
ぎょえぇぇぇぇ!!! ご、ごめんなさいぃぃぃ!! いや、わ、私は悪くないですよ!セクハラは断固拒絶します!
頭を抱えてオロオロした。
『ひ、平居さん!!』
慌てて、天狗の側に駆け寄るモンロー主任。
尋常じゃない目をこちらに向けてくる。 ……ヤバイ!
「いいいいい、今のはセクハラです! 平居マネージャーがいけないんですよ!」
天狗を指さし、とにかく釈明を試みた。 頑張って無罪を主張する。
『お、おまえ、セクハラって……。イテテテ』
再びお腹を押さえて苦しむ天狗……。
どうやら、朝、クッションを殴ったのがいけなかったようだ。
それが事前練習になって、凄いストレートパンチを生み出してしまったらしい。
ああ!……申し訳ないです。 ごめんなさい。 許してください。
口には出さないが、心の中でひたすら謝罪する。
しかし、このままだと犯行が凶暴過ぎて、正当防衛が勝ち取れそうに無かった。
つまり、これ以上ここに居ると分が悪い状況である。
「ま、まつげを取って出直してきます!!」
早々に宣言して、急いでその場から逃げ去った……。
それにしてもマズイ。
生意気な口を利いたあげく、セクハラ防御とはいえ、上司の腹をすごい勢いで殴ってしまった。
しかも、配属先のみんなに大爆笑されているし……。
なんて、前途多難な売場デビューだろうか。 ホントに泣きたいぞ!!
読んでくださってありがとうございます。




