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全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<1> の章
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24/51

第23話 ◆田辺真司 美味い酒と不味い酒を飲む


『誰か 待っていらっしゃるんですか?』


「……え?」


待ちわびたような空気を出しただろうか……バーテンダーの白野が、カウンターの向こうから声をかけてきた。

普段は放って置いてくれるタチなので、よっぽどだったのだろう。


会社を出てからなんとなく、真っ直ぐ家に帰る気になれなかったので、行きつけのショットバーで一杯飲んでいた。


「そんな風に見えましたか?……」


『すみません。……なんだか楽しげに見えたので』


そうか、案外顔にでるもんなんだな……。


「……賭けをしたんです」


『賭け?……ですか』


仕掛けは上々の出来だと思う。獲物が釣れるかどうかは疑似餌(ルアー)次第だが、最適な物を選んだつもりだ。……


「そろそろ結果がでる頃なんです。……どうだったのかなって」


『その賭け。何だかブラックな香りがしますね』


「白野さんって……結構失礼ですね」


笑顔で答えたが、これもブラックだったかもしれない。


『申し訳ありません』


彼も、申し訳ない雰囲気は全く無かった。

むしろ当ててやった感がありありだ。


『どうされますか……』


白野が尋ねてくる。

酔いたいわけじゃなかったので、ビアをグラスで飲んでいた。

それがいつの間にか空になろうとしている。……どうしようかと迷ったが


「同じものを……」


『かしこまりました』


もう少しだけ、こんな空気に身を浸しておきたい気分だった。




 ◆―◆―◆




気分が高揚しているのか、その後、なんだかんだと白野と話し込んでしまった。

こんな夜は自分でも珍しいと思う。三杯目のグラスも、間もなく空になりそうだった。



そろそろ帰らないとな……。


そう思ってチェックを頼もうとした瞬間、ドアベルが響いた。

鳴らした男に、おや?……と思う。


『いらっしゃい』


白野が、隣の空いている席にコースターを置く。


『あぁ、ごめん。ノンアルで適当に……』


平居が出された水を口に含んだ。今宵の彼はどうも不機嫌な様子だ。

つまり、成果は上々ということらしい。


「お仕事は?」


『ノドが渇いただけだ。飲んだら戻る』


……なるほど。一言、物申すということか。


「大変そうですもんね」


『しらばっくれやがって……』


「……何が、でしょうか?」


相手の顔が、かなりふて腐れている。少し、ひと悶着あったのかもしれない。


『……お前、わかってて小森にけしかけただろ』


言われた事は分かっているが、何の事か分からない振りをする。


『あいつに頼んだら、自分が担当するって……言い出すのを分かってたんだろ?』


かなりのご立腹だ。……これは、変に言い訳しないほうがいい。


「……怒っていますか?」


その途端、かなりの目つきで睨らまれた。

事務所で睨んできた目とは比較にならないほどだ。思わず目線を逸らしてしまう。


「……」


返す言葉が見つからない。


すると間を読んだのか、白野が平居の前にグラスを置いた。


『サラトガ・クーラーです』


平居が礼を言い、そのまま口につける。


『……ん? これは、ジンジャエールですか?』


驚いた様子で、白野に尋ねた。


『はい。ライムジュースをジンジャエールで割って、シロップを少し……』


ジンジャエールは彼の好物だ。

聞けば、ケース買いするほど愛飲しているらしい。


平居は時々、なんの躊躇いもなく、そういう子供っぽい一面を自分に見せてくる。

隠してもいいような内容に、こちらも戸惑うことが多かった。


そんな平居に「それ、三●矢サイダーでもよくないですか?」と、ジンジャエール好きを馬鹿にして笑ったら、『バカ!全然違うだろ!』と真面目に怒られた。


……天然なのか? と思うことも多々ある。

そういえば、白野はそれを聞いていて、陰で笑っていたな……。


『うん。……さっぱりしてて、すごく旨い』


平居が上機嫌な声でカクテルを褒め、バーテンダーとレシピ談義に花を咲かせる。

とても気に入ったようだ。

グラスが空に近づくに連れ、その場の空気も軽くなっていく。


その事にホッとしたのも束の間、白野が他のお客に呼ばれてしまった。

一礼して、この場を去っていく。




残された二人の空間に、再び重い沈黙が呼び戻された。

その重さに耐えかねたように、グラスの氷が冷たい音を響かせる。


何も言えないまま、ぬるくなったビアを、飲むでもなく、ただ持て余した。





『真司……』


不意に名前を呼ばれた。

覚悟して振り向くが、視線が合うことはなかった。



『次は…………許さない』


……本気の警告だと知る。 



「……わかりました」


襲ってくるこの気持ちが何なのか、自分にはよくわからない。

……が、すごく息苦しかった。




『ただ、小森は外すが、お前には甘える事にするよ……』


緊張した空気を壊すように、平居が何だか悔しげな顔で告げてきた。

その顔を見て少しだけホッとする。

すべてを拒絶されたわけではないらしい。


『明日の朝には作業書、デスクに置いておくから……後を頼む』


「……承知しました」


引き換えにという事だろうか? ……急がなくても間に合わせられる仕事なのに。


『白野さん。……これで』


平居がカウンターの上に1万円札を置く。

慌てて白野が釣りを用意するが……


『隣の男の分も入れておいて』


そう言って釣りを受け取らずに席をたった。







……今夜の自分はすべてにおいて行き過ぎたようだ。


残りのビアを飲み干して思う……後味が悪い。

今夜は一杯で止めておけばよかった。自業自得だが、美味い酒で終われなかった事を残念に思う。


さらに、後悔という言葉が自然に頭に浮かんできた。

自分にとって嫌われたくない相手が存在するという事を、今夜自覚させられるとは夢にも思わなかったからだ……。


……ホント、嫌な男と出会ってしまったもんだ。


ため息をつくと、嫌味な笑みを向けてくるバーテンダーを睨みかえし、そのままチェックを頼んだ。




読んで下さってありがとうございます。

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