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全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<1> の章
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22/51

第21話 ☆平居郁人 腹黒インテリこのヤロウ!


『先月分の資料(データ)です』


3階、主任の田辺がレジュメを手渡してくる。


店の営業時間も終了し、各自が1日の終わりに向けて、または明日の営業に向けて、それぞれの仕事の手を加速させていた。


多くの人間が早く帰宅したいと願い、そして帰れない現状にジレンマを抱く時間だ。かくいう自分もその一人である。


……仕事が終わらない。


憂鬱になりながら、渡された書類に目を通す。


『酷暑が続きましたので、夏物の在庫処分が順調でしたが、秋物の出だしがよくありません。全体的には芳しくない傾向かと……。9月の予想気温も微妙なところです』


気温のグラフを上に載せてくる。最新の気象予報データだ。


「そうか……。うーん、今年もいきなり寒くなる年かもな……。秋にこだわらず、早めの冬服も考えておいたほうがいい」


『各部門に秋在庫の管理と、冬展開の内容をもう一度確認して置きます』


「うん。……頼む」


俺が言うまでもなく、田辺なら、すでにその指示は出しているのだろう。

これは言わば意思確認だ。上司を立てた形での。


だいたい、まだ月初めの1日だぞ……。

すでに先月のデータをまとめ上げて、傾向と対策を付け、必要な情報を添付して上司に報告するって……どんだけ仕事ができんだ、お前。


こうやって俺の仕事の負担を減らしてくれる部下もいれば、いらぬ仕事を増やしてくれる部下もいる。……うまく出来てるもんだな。感心するよ。


褒めて喜ぶ相手なら、ここで「ありがとう」の一言でも付け加えるのだが、田辺は逆にイヤミを返してくるので、あえて流して話を次に進める。


「ブランドの梃入れはどうなってる?」


「大丈夫です。改装に間に合わせます」


「頼んだぞ。……足並み揃えてオープンしたいからな」


『はい。……ところで平居さん。その3階フロアーの改装の件なんですが……』


うっ……。 ヤブヘビになった。


「……悪い。作業書だよな。応援要請もいるから急ぐよな。……明日の朝までに揃えておくから」


もう、まとめてるはずだったんだけどな……。くそ。


『幾分、余裕がありますから大丈夫ですけど……平居さん、何か急ぎの仕事でも入ったんですか?』


「ん? ああ、まぁ、予定外の物がね……。よくある事だよ」


『そうですか……。ちなみに、4階の新人が何かやっちゃったと、1階で噂になっていましたが……大丈夫ですか?』


え?……噂になってるのか、アイツ。

マズイな……フォローをいれとかなきゃいけない……。


『しかも、平居さんの怒号を初めて聞いたと言うレアな体験談が、女子社員の中で、早くも話題沸騰になっていますが……』


え!……マジか!  あぅぅ。 やっぱり、ちょっと声を張りすぎたかな……と懸念していたんだ。 


「まぁ……。ちょっとワケがあって」


『大声で怒りたくなるような……そんな理由があったと言う事ですね?』


「そ、れは……その」


そう言われると、あそこまで怒る事じゃなかったな……と改めて思う。


実は、直接清算を隠れてやってしまう社員は意外にも多かった。

この事象は、社員のモラルの問題以上に、社販システムの使い辛さに問題があり、本部はその改善を求められているにも拘らず、依然としてこの問題を放置したまま、上層部の体たらくぶりを露呈させていた。……ホントに情けない話だ。


話しは逸れたが、不備はあっても規則は規則。あんなに大胆に、かつ堂々と違反されたのは初めで、そこは俺の気持ちも考慮して欲しい。


とは言っても、佐野さんにやりこまれて、腹いせに怒鳴った理由の方が、はるかに大きい事も分かっている。それについては素直に反省する。上司として、やってはいけない八つ当たりをしている自覚が、少なからずあるからだ。 それでも……


「……いろいろあったんだよ」


言い訳がましいが、わざわざ田辺に言う必要もない。

これをネタに、コイツに突かれるのは非常に不愉快だからだ。


『いろいろ?……それは、佐野さんの、例のムチャ振り企画を押し付けられた……などが該当するのでしょうか?』


……ぐうの音もでなかった。


オマエぇ……全部知ってて、ワザと小出しにしてきやがったな。


佐野さんに完敗した事。藤井に八つ当たりした事。

気付けば全部まとめて、情けない気持ちが自分の中で増殖されていた。こうなると、上層部うんぬんと言える立場じゃないなと自嘲するしかない。 まさに自分も体たらくだ。


しかし、悔恨の培養をコイツに頼んだ覚えなど無いというのに、反省を促されている気がして腹が立ってくる。


知っていたつもりだが、相変わらず田辺の腹は真っ黒だ。

……ああ、もう!


「そうです! やられましたよ! 見事にね!」


半ば、なげやりな感じでそれを認めた。

田辺が “ 非常に驚いた!” という顔をする。

明らかな三文芝居である。……ムカツク事、この上ない。


キッ! と睨み返すと、相手は余裕の笑みを浮べてきた。


……どうにも連敗続きだ。 どうした、俺。

主任ごときに負けていて、大丈夫なのか?


ため息ひとつ吐いて、目の前の男を見上げた。


主任ごときと悪態をついたが、田辺は俺が認めた社員の中でも、特別な存在だった。

こうやってやりこめられるのも、意外と悪いことばかりじゃないと思っている。




田辺は、俺が初めて3階のフロアー長になった時、補佐役として選んだ相手だった。

まぁ、俺以上に仕事ができるので、補佐というよりも、ほぼ相棒(パートナー) と思っているけれど……。


有能なくせに出来ないフリをして、のらりくらりとやり過している田辺を、俺の相棒として口説き落とす作業はかなり大変だった。


当時の田辺は、とにかく出世に興味がないし、他人を信用しない男だったからだ。しかも、彼にとって俺は “ 同級生で後輩社員なのに上司 ” という、かなり複雑な立ち位置にいた。口説き落とした後も、ここまでの関係を築くのに、かなりの時間と労力を要したのはそのせいもあったと思う。


しかし、苦労した甲斐あって、今では誰が見ても、俺の右腕と呼ばれるほど、優秀な社員に変貌してくれていた。

誰もがその急速な変化に驚嘆したのだが、今日び、なぜか本人を賞賛するよりも、俺の教育の賜物だと誤認されている。


もちろん、コイツを教育した覚えなど俺にはない。あるとするなら、もともと隠していた本人の能力を、暴いてやった事ぐらいだろう。


ちなみに、身に覚えのない賛美の矛先が俺に向いているのは、田辺本人がそう仕向けたからだ。なぜそんな猪口才なマネをするのか、正直理解できないでいる。


俺は、褒められると素直に嬉しいタイプなので、褒められても嬉しくないという、田辺の天邪鬼的な発想が理解できないのだ。まあ、困らないので好きにさせているけれど。


なんにしても田辺が、今の俺にとって必要不可欠な存在であることに変わりはない。





にしても、その優秀さを、俺以外に向けて発揮してもらえると、ありがたいんだけどな……。


『めずらしいですね。平居さんが他人(ひと)に蹴り落とされるなんて』


む! まだ落ちてないわ! 蹴られたぐらいだ!

……前言を撤回する。 やっぱりコイツの変貌は、俺の癇にしか障らないようだ。


田辺が、眼鏡のズレを中指一本で眉間に押し戻しながら聞いてくる。


『で、なにか手伝える事がありますか?』


このインテリヤロウめぇ――。

ったく、回りくどい事をして、結局それが言いたかったんだろ!


「……今回はいい。おれの失敗(ミス)だし、自分で方をつける」


決して強がっているわけではない。

普通に考えて、1階と4階のコラボなのに、無関係な3階の主任に甘えるわけにいかないじゃないか。


『素直じゃないですね……』


「う、うるさいわ!!」 ……その台詞! お前にだけは言われたくない!!


だいたいその上から目線はなんなんだ!! これでも俺は、お前の上司だぞ!

そのインテリ眼鏡は伊達か?!! 歪んで見えるなら割ってやるぞ!!


憤慨していると、田辺がニコリと笑ってきた。


『わかりました。困ったときは遠慮なく申し付けてください』


な! 自分だけ大人の対応か? 俺だけ子供みたいじゃないか!!


「心配無用だ!!」


引きつりながらも笑顔で返してやる。


と同時に携帯の呼び出し音が響きだした。俺の社内フォンだ。

取り出して着信相手を確認する。


「西尾さん……だ」


嫌な予感がした。……こういうカンを、俺は外した事がない。


『本館長……ですか?』 田辺の顔にも不安の色が浮かぶ。


通話ボタンを押した。


「はい、平居です」


(平居か? お前、今日1階を騒がせたそうだな……)


……マズイ、フォローが出遅れた。


「申し訳ありません……」


(とりあえず、説明に来い。話はそれからだ)


ヤバイな。何でだろう……今日はすべてが後手後手にまわってしまう。


「すぐに伺います」



通話を終えて、盛大なため息をついてしまった。


『……大丈夫ですか?』


これは田辺の本気の心配だ。


「ああ……大丈夫。怒られるのは俺の仕事だからな……」


ただ、その内容がよろしくないけれど。


『……平居さん。差し出がましい事を承知で言わせてもらいますが、今回の人事、本当に4階のプラスになるんでしょうか? ……事の次第によっては、早めに切り捨てるという選択もお考えになられた方が……』


あぁ……お前までそう言うのか。

くそぅ……。俺、間違ったのかな……。


お前に言われると、途端に自信がなくなってくるよ。……ダメだな。


ブレブレの俺の心中を察したのか、田辺が意見を引っ込める。


『申し訳ありません。出過ぎた事を言いました』


「いや、うん。まぁ、とにかく営業事務所に行ってくる」


俺を信じろ……と言い切れない自分が情けない。

とりあえず席を立って3階事務所を出た。返事は自動的に保留になる。



第一営業部事務所は本館最上階にあった。

エレベーターのカゴが来るまでの間、田辺の言葉が頭を巡る。


“切り捨てる”……か。


場合によっては本気で考えなければならない事だ。フロアーマネージャーとして当然の責務である。……ため息が自然に洩れた。


今、考えるのはよそう。まともな判断ができるとは思えない。


思考を切り替える為、プライベートフォンを取り出してすばやくメールを打つ。

とりあえず、今日は仕事の(かた)が付きそうになかった。


“悪い。今夜は無理だ”


送信して数秒、返信が来た。


“了解”


短いメールである。お互い約束を反故にしても怒る間柄ではない。


……今夜、香坂は飲み明かすんだろうか? 


できれば俺も飲んだくれてしまいたい気分である。



……いやいや。 ダメだ! しっかりしろよ!

こんな不抜けた気持ちで本館長の前に立つわけにいかない。

あっという間に足元すくわれるぞ! 気の抜けない相手だろう!


両頬を平手で何度か打って、気合を入れなおした。到着したカゴに颯爽と乗り込む。


……とにかく今は、言い訳無用の謝罪だ。




読んで下さってありがとうございます。

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