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全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<1> の章
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18/51

第17話 ☆平居郁人 白馬の王子に屈する


『困ったね……』


……ええ、とても困ってます。


『何にも浮かばないね……』


……考えてないからですよ。


目の前のイケメンが、のらりくらりとしている。

イライラする気持ちを必死に抑え、こちらも笑顔で応戦した。


……さっきからそうやって、俺からアイデアを引き出そうとしているんでしょうけど、その手には乗りませんよ。 自分の企画なんだから、ちゃんと考えて下さい。



約束の時間になったので、白馬の王子こと佐野マネージャーと、例のクリスマス企画の件で打ち合わせを行っているのだが、ごらんの通りまったく進んでいなかった。 後輩と言えど、こちらだってフロアー長だ。しかも2フロアー担当しているのだから、単純に言って仕事は2倍。忙しい身としては、勘弁して欲しいと嘆くばかりである。


もちろん、自分も提案をしていかなければ、話が前へ進まない事はわかっている。しかし、大切なのは、その妥協のタイミングだ。 時間の無駄だといって最初からホイホイ案を出せば、間違いなく佐野さんは、俺に企画を丸投げしてくるだろう。この人はそういう人だ。 


つまり、打ち合わせの流れを慎重に読まなければならない。

駆け引きはもう、始まっているというわけだ。



……にしても、つくづく勿体ない人だよな。


王子の横顔を眺めながら、改めて思う。


佐野さんは、断然モテ顔なのに、そのすべてを王子様キャラが台無しにしていた。

1階の女子社員が、『顔はいいのにね……』と、口を揃えて残念がっている。


……ホント、残念だ。


緩慢な空気のせいで、気付けば俺の思考も脱線していた。



『ちょっと商品でも見ながら考えようか』


そう言って、佐野さんが椅子から立ち上がる。向こうも痺れを切らしたらしい。

俺に1階の商材見せてもダメですよ。……ったく。



佐野さんの後について、バックヤードからフロアーに移動する。


1階は主に、コスメ商品を取り扱っていた。

海外ブランドコスメからドラッグストアコスメまで、取り扱い商材の幅は広い。

女性客が中心だが、年齢層で言うと10代から60代まで、ターゲットも広くなっている。


……まあ、クリスマスだから、自然に20代から30代の女性になるだろうな。


クリスマスイベントで、お金を掛けてもいいと思える世代だ。

そうなると、10代から20代前半を対象にしている4階と、多少のズレが生じてくる。

その問題をどう解消していくか……そこがポイントになるだろう。


そんな事を考えながら、佐野さんの後をついていく。

しかし、前を歩く彼は、やはり何も考えていない様子で、楽しそうに売場を散歩しているだけのように見えた。


……もう、真面目にやってくれよ。 


おもわず、本音がこぼれそうになる。


『やっぱり、クリスマスといえば口紅かな?』


なんの前触れもなく、ディ●―ルの口紅を手にした佐野さんが、ポーズを決めた。


は? 何してるんですか?! ……思わずこちらがうろたえる。


いまひとつ“やっぱり”の意味もわからない。クリスマスは口紅なんだろうか?

っていうか、そのキメポーズ。恥ずかしいので、そろそろやめてもらえませんか。


『ほら、キスしたくなる……的な感じ?』


佐野さんが極上スマイルを浮べ、ウインクしながら投げキッスまで寄越してきた。

なぜか俺に、王子様キャラをフルコースで振舞ってくる。……もちろん、俺にその気はない。喜ぶわけがない。いや、もう気分すら悪い。


目線を逸らして頭を抱える。 ところが


『はい、キミもどうぞ……』


そう言って、佐野さんに口紅を渡された。

はい? ……受け取って呆然とする。


……佐野さん。 いったい俺に、何を求めているんですか?


考えれば先ほどから、意味の無い対抗意識を燃やされていたような気がする。

それも仕事と違う方向で。 ……ボクの方が姫(小森)に相応しい!!……的な。 そういう無意味な争いに、俺を巻き込まないでください。


「口紅は構いませんが、ハイブランド商品は4階の商材と釣り合わないかと……」


まともな意見を返した。軌道修正しないとやってられない。

佐野さんが驚く。 ……いや、驚く事ではないです。真面目にやってください。


『なるほ・どー♪』


大げさな振りとともにオドロキの台詞を吐く。

は?……どうして台詞に音程がつくんです? オペラですか?


『それじゃあー、あちらのドラッグストアコスメかなー♪』


優雅にターンを決めて、フロアーを案内してくれる。

どうやらミュージカルと言った方が正しいようだ。


ってか、どっちでもいいわ!!


……はぁ。 もう、ため息しか出ない。


口紅を元に戻し、華麗なステップの後ろを、とぼとぼと付いて行くしかなかった。


女性社員の視線が痛いと思うのは、決して俺の気の迷いじゃないはずだ……。






『そういえばさぁ、平居君』


通路の途中で、急に佐野さんが振り返った。危くぶつかりそうになる。


「な、なんですか」


体勢を整えて、慌てて返事した。

しかし、佐野さんは俺との距離を敢えて縮めてくる。同じぐらいの身長なのに意外に圧力がかかった。

すると、佐野さんの笑顔がわずかにニヒルな笑みに変る。


……何か来る。


決して見逃してはいけない変化だ。一瞬で気を引き締める。

この笑顔は、絶対に良くない事を考えている顔だ。


『君、部下の教育に定評があるよね』


この台詞では全く先が読めない。 何だろう? 小森の事か?


『僕も見習いたいんだけど……』


そんな気など更々ないのはわかっている。 いったい何を考えているのか……。

神経を集中させ、その対応に注意を払った。 どんなミスも許されない。


『どうしたら、こういう事ができる部下を持てるのかな? 教えてくれる?』


そう言って佐野さんが体一つ分、右横へずれた。

視界が開けたその先に、信じられない光景が見える。


えっ……嘘だろう。


営業時間中にもかかわらず、藤井がレジで、制服のまま商品を購入していた。


な!……なにやってんだ、アイツ!


注意を促す為、自然に足がそちらへと向かう。 ところが、佐野さんに腕をつかまれた。


『おっと! どこ行くの? 僕との打ち合わせ中だよ』


うっ!……ヤバい。

我に返った時にはすでに遅かった。 佐野さんが笑顔を浮べたまま、強い力で俺を引き寄せる。


『……先輩に失礼だろ? ……違う? 平居君』


くぅ……。やっぱりこの人、頭が切れる。

口端をニヤリと上げた佐野さんが、よりいっそう顔を寄せてきて、耳元で囁いてくる。


『君の都合でまさか……やめたいなんて言わないよね? ああ、デモ……あの子の所に飛んで行きたいのかな?』


そのセリフに背筋が凍る。佐野さんが悪魔に見えた。


ああ、やってしまった。 あんなに気をつけていたのに。何やってんだ俺……。

悔しいけど……ここは負けを認めるしかないだろう。


「……いくつか案をお持ちします。私に時間を頂けないでしょうか」


『へえー。平居君が案を出してくれるんだ。 で、どれくらい待てばいいの?』


「三日ほど……」


『待てないよ』


なっ!マジか!……このくそ忙しい時にぃぃぃ。


『君なら、一日もあれば十分でしょ?』


はあ?!! 嘘だろ?!! 目を剥いて驚く。


『え? 無理なの? ええぇ ……まあ、仕方ないか。じゃあ、二日待ってあげるよ♪』


な! あげるぅ? くぅぅぅ……。

相手の上からの物言いが頭にくるけれど、言っても先輩だ。

下唇を噛みながら頭を下げた。


「……ありがとうございます」


『うん。それじゃあよろしくね。平居クン♪』


そういって満面の笑みで、佐野さんが右手の平を上に返す。

『どうぞ』の意思表示だろう。


「失礼します」


一礼して、問題児のもとへ向かった。







ホントにとんでもないタイミングで、とんでもない事をしてくれるヤツだ。

湧いてくる怒りをどうにか押さえつける。


売場で叱り付けるわけには絶対いかない。お客様の迷惑になる。

分かっているけど、どうにもハラワタが煮えたぎって仕方が無い。


……お前のせいで、下げたくも無い相手に頭下げなきゃならんわ、やらなくていい仕事は増えるわで、とんでもない迷惑を被ってんだ! ホントにどうしてやろうか!


清算が終わった藤井の腕を思い切りつかむ。


振り返った藤井が “ぎょ!” っとした顔をする。


お前は……見つからないとでも思ってたのか!! ……益々、頭にくる。


「ちょっとこい」


怒鳴りたい気持ちをグッとこらえ、極力抑えた声で伝える。

ここはダメだ。せめて裏に連れて行こう。

力尽くだが、藤井の腕を引きずるように引っ張る。小さい体はいとも簡単に無抵抗で俺の後を付いて来た。


それと、忘れちゃいけないヤツがいる。これもまた頭を抱える人物だ。

携帯を取り出し、目的の携番を表示させる。


通話ボタンを押してから5秒、のんきな声が応答する。


(ハーイ。太田っス)


……殺ス。


「太田。 すぐに3階の事務所に来い」


(え? む、無理っスよ 今……)


「あぁん?! 今すぐ来い!!」


言い訳を聞く前に通話を切った。

これ以上アイツの声を聞いてたら、ここでブチ切れてしまいかねない。


バックヤードの扉を開けて、中に藤井を放り投げた。

強く投げ過ぎたのか、藤井がよろけて床に手を着く。が、構っていられない。


「オマエ!! 一体何やってんねん!! 」


溜まりに溜まった怒りが噴出した。


「ふざけとんのか!!!!」


もちろん標準語のフィルターなどかけてられない状況だ。


見上げてくる藤井の表情は驚きしかない。……ってどういう事だ?

怒られる事が自体が意外なのか? すると突然


『さ、サボってたわけじゃありません!!』


まったく見当違いな事を言い出す。


「アホ――!! んな事言ってんちゃうわ!!」


バカなのか? どうしてわからないんだ!! 


「あ――――あああ!! お前は、就業規則すら守れへんのか!!」


我慢がならなくなって、本人に認めさせる前に言ってしまう。

しかし、相変わらず藤井の顔は素っ頓狂のままだ。


その態度に、俺の怒りが頂点に達した。


「どうやねん!! はっきり言わんかぃ!!」


俺の声がバックヤードに響き渡る。自分でも驚くほどの音量になった。


何か言え!! この戯け!!

さらに心の内でも催促するが、待てど暮らせど、藤井の返答が無い。

ここで初めて我に返った。


え? もしかして……。まさか……。

いやいやあり得ない。新入社員だって就業規則を身に付けてから配属されるんだぞ。


しかし、明らかに目の前にいる新人は、怒られている理由がわかっていないようだ。


「お、お前。マジか……?」


わからなくてすみません。……そんな顔で見つめてくる。


って、えええええええ!!!! そこから?!!


思わず膝から崩れ落ちてしまった。

目の前の藤井が、生まれたてのピヨピヨ鳴いてるヒナに見える。


「ウソだろ……勘弁してくれ……」


とんでもないもの預かってしまった。……完全に真木に騙された。


托卵してくるなんて上等じゃないか!……とあの時憤ったが、本気で生まれたてのヒナを預けられるとは思っても見なかった。


新入社員より新人って……もう笑うしかないじゃないか。


そんな頭を抱える俺に対し、申し訳なさげに藤井が何度か謝ってきた。


怒られてる理由もわからないくせに……バカたれ。


力が抜けたせいか、怒りが急激に納まっていく。

落ち着いた気持ちを確認し、立ち上がって藤井に手を差し出す。


「乱暴にして悪かった。……大丈夫か?」


『は、はい……』


「事務所に行くから付いて来て」


藤井を従えて、従業員専用エレベーターに向かう。


とりあえず、イチから考えを改めないとダメだ。そう思うと知らず知らずのうちに深いため息がでてくる。

この先の不安で頭がおかしくなりそうだった。




読んで下さってありがとうございます。

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