第15話 ♪藤井香織 先輩なのに新人である
「は? 今なんと?」
聞こえてはいたが、思わず聞き返してしまった。
『だ・か・ら! その顔じゃ売場に立てないでしょ? だからここで化粧を直せって言ってんの!』
えーっと、すみません。いくつか疑問点があるのですが。とりあえず……
「あ、あの……。平居さんが、今日は売場に出るなって言ってましたが……」
それも“絶対!”って、念押しがありましたよ。
『はぁ!? 何、甘えた事言ってんの? 売場の人間が売場に立たないで何するの?』
……いや、結構、裏のお仕事を指示されていたじゃないですか。
「あ、あの、ですが……」
『とにかく、俺は1番に行ってくるから。たっぷり時間あるっしょ。ちゃんと見れる顔にしておくように。んじゃね、ちゃお!』
そう言って残りの疑問は解決されないまま、ミドレンジはお昼休憩へと行ってしまった。今から5分前の事である。
……マジか。嘘だろう。
バックヤードのこじんまりとした事務デスクの前で、途方に暮れている。
とにかく顔の件で言うなら、これ以上の修復は見込めない。お昼休憩で自分の出来る精一杯を尽くした結果だ。……売場に立てないと言われる事自体、心外である。
しかも、それ以外の指示を何も受けていないので、全くの手空き状態だ。
他の人の指示を仰ごうかと思い、売場に出ないよう細心の注意を払いながらバックヤードをうろつくことにする。
しかし、昨今の不景気のせいなのか、どこの部署も人員不足が顕著な状態で、とても素人新人が声をかけられる程のんびりした人物はいなかった。
バタバタと動き回っている人々の邪魔をしないだけでも苦労するありさまだ。
一瞬、たらし天狗の所へ行こうかと迷ったが、ヤツこそ一番忙しい人物だろうと推測し、踏み止まった。 と言うより、できれば顔を見たくないと言うのが本音だ。
結局、ここに居ても邪魔なだけなので、元いた場所で大人しく待って居ることにする。
事務所に戻ると、デスクの後ろに併設されたヤング服の在庫場で、段ボール箱と格闘している女子の姿が見えた。
私が入って行くと、気が付いたのか振り返って挨拶をしてくれる。
『お疲れ様です』
「お、お疲れ様です」
慌てて挨拶を返したが、すぐに彼女は自分の作業に戻った。
椅子に腰掛けて何をする訳でもなく、時間が過ぎるのを待つ。そんな私を彼女は訝しげな目で最初はチラチラ見てきたが、そのうち気にする事も無くなって自分の仕事に没頭し始めた。
やる事がないのでしばらく彼女を観察してみる。
まず、彼女はヤングカジュアル服を担当している社員だ。箱の中から洋服を取り出し、チェックしてラックに掛けているから間違いない。
しかも正社員だ。なぜならお肌がピチピチしている。年齢にしたら10代といってもおかしくないウルハリだ。パート社員はおばさんばかりなので、このピチ肌はありえない。かと言ってパートと正社員の着用義務がある制服を身に着けているので、アルバイトやメーカーさんであることはない。
そう判断した上でさらに観察してみると、微かに仕事に不慣れな匂いが残っている気がした。……多分、今年の新入社員ではなかろうか。
だとすると高卒なら19歳。短卒なら21歳。この見た目で四大卒はないだろうから。
……どっちだろうな。
そんな事を薄ぼんやり考えていたら、彼女と目が合ってしまった。
『あの……。何か?』
「す、すみません! ワタクシ、本日4階売場に配属されました、藤井香織です!」
急な問いかけに、思わず大きな声で自己紹介をしてしまう。……恥ずかしい。
『あ、そうなんですか。失礼しました。鶴田真菜です。今年入社したばかりの新人です』
おお!! やっぱり新人さんだ。何だか親近感が一気に湧く。
「あ、の、売場の配属は初めてなので、どちらかと言うと私の方が新人です。入社はずっと前なんですけど……」
『え? それじゃあ、事務の方だったんですか?』
「ま、まあ、そんなようなものです。 ハハハハ」
POP制作室については如何せん説明しにくい。同じ建物だ。そういう事にしておこう。
「ち、ちなみに今、何をしてるんですか?」
『え? これですか? 検品作業です』
おおおお! 売場の仕事っぽいぞ!
「あの……。手伝わせてもらっては……ダメですかね?」
私の方が新人だが、先輩でもあるのでちょっとお願いしてみる。
『え! そんな。手伝ってもらうなんて悪いですから』
「そこを何とか! 上司がいなくなっちゃってする事が無いんです」
『えぇ! そうなんですか? ……と言われても。う――ん』
「戻ってくるまでの間。少しだけでも!……ダメですか?」
ここまで来たら、何となく引き下がれなくなる。懇願スタイルだ。
『いえ、私は助かりますけど……。いいんですか? そんな事して』
「指示もせずにいなくなっちゃう方がおかしいんです。ほっておきましょう」
『はぁ……わかり……ました』
不承不承ではあるが、ツルちゃんにOKをもらった。 よし。
という事で、初仕事をゲットしました。
ツルちゃんの説明に寄ると、商品自体の検品(ほつれやボタンなし等)はメーカー側が出荷する時点で終わらせているらしく、私たちがする検品は、入荷数及び、付いてる値札が伝票データとあっているかどうかのチェックだそうだ。……しかし
「すごい数の服だね。コレ全部するの?」
『新人の仕事ですから……』
……うわぁ。新人は大変だ。って私だ!
『藤井さんはヤング服の担当になられたんですか?』
気さくな感じで聞いてきてくれる。ちょっと嬉しくなった。
「ううん。 婦人靴の担当なの」
『え! じゃあ、上司って太田リーダーなんですか?』
「うん」
『ああ、なるほど。太田リーダーですか……』
……え? その反応って。
「太田さんってそんなカンジ?」
『そうですね……。そんなカンジです』
すごい。新人にまで苦笑いされてる。筋金いりだぞ、こりゃ……。
『婦人靴は福田チーフで保ってるて言われてますから……』
……そうなのか。今日残りの一日が、とても不安になってくる。
あ、ついでに他の人のデータも仕入れておこう。
「福田チーフって、どんな人なのかな?」
『え? あ、ええっと……うーん、直接話した事がないんですよね。 でも、噂で、とっても厳しい方だと聞いた事があります』
……うわぁ、マジか。 それはそれで辛いな。
それと、あと……
「小森主任は?」
『主任はとっても仕事ができる人です。今は新規メーカーの発掘に力を入れているみたいで、すごく忙しいんですけど、部下の指導もきちんとしてくれますし、売場の事もしっかり見てくれてます。……とにかくすごい人です』
……ずいぶん評価されている人なんだな。
ツルちゃんの語り口が熱を帯びているので、少し圧倒される。
これは小森主任を敵に回してはいけないな。早速、脳内情報をアップデートしておく。
「ちなみに……平居マネージャーはどんな人?」
聞くまでもないが、一応情報収集は大切である。
『平居マネージャーですか? ……あの、えぇっと……』
ん? なんだ? 急にモジモジしてどうしたの?
『一言では説明できないというか……何ていうか……素敵な上司です』
……掴みどころがよくわかりませんが、どうやらこんな所に隠れファンがいました。
たらし天狗の何がそんなに良いのか、直接ファンに聞いてみたいが、総務のあっちゃんの教えを守る事にする。喧嘩を売るような事になって、ツルちゃんに嫌われるのは得策ではない。
単なるピーマン嫌いのおっさんじゃん。……とか言ったら殺されそうだ。
頬を赤く染めているお嬢さんに向かって、絶対に言ってはいけない台詞だろう。
「鶴田さんっていくつなの?」
『18です』
わ! 若い……。
それじゃあホントにたらし天狗は、ツルちゃんにとっておじさまではないか!
でもそうなると、ちょっとだけツルちゃんの気持ちがわかるような気がする。
年の離れた上司ってカッコいいよね。ダンディだよね。
もちろん私にとってのダンディな彼は真木部長ですけどね。ふふ。
いかん、いかん。仕事中に妄想モードに入りかけた。慌てて自粛する。
よし。ツルちゃんのたらし天狗に対するラブモーションは応援する事にしよう。
ツルちゃんがんばれ! 私もがんばる!
勝手ながら同士の絆を結んでおくことにする。
読んで下さってありがとうございます。




