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全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<1> の章
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15/51

第14話 ☆平居郁人 シンデレラの秘密


『あれ? 藤井さんってそんな変な顔してたっけ?』


「ば、バカ!! 失礼だろ!」


……これでも随分マシになったんだぞ!! バカ!!


相変わらずの口の軽さに、慌てふためいて太田に注意する。


藤井に婦人靴の責任者を紹介したのはいいけれど、太田は4階で一番の問題児と言われるだけあって、 いきなりダークな空気をこの場にぶちまけてきた。


『すみませんっス。 よろしくっス!』


しかも、口だけでなく、口調まで軽い。ホントになんとかならないものか……。

とりあえず、接客で使わないだけマシかと妥協しているのだが。


そんな太田に対して、明らかに藤井がウンザリした顔を向けていた。

太田が藤井に掛けたとんでもない迷惑を思うと、その顔は致し方ないかと納得してしまう。


ため息まじりに、自分の左手に視線を落とす。

……藤井は覚えているだろうか? いや……もう、とっくに忘れただろうな。


薄く残った親指の傷跡を見ると、藤井と交わした他愛も無い約束が、2年前の記憶を鮮やかに呼び起こす。


そう、POP室から届いたフェア看板の、まさかの色彩にド肝を抜かれたあの日。

忘れもしない……。それは、俺が何十年か振りに感染したインフルエンザを完治させ、久々に出社してから、間もなく迎えたセールの前日だった。


は?……コレは、いったい何だ?

何なんだ、この色使いは?!! 気でも狂ったのか?!!!


POPを確認してすぐさま、担当者の太田を呼び出した。

しかし、あろうことか風邪を引いて早退したという。


ふざけんじゃねーぞぉ!!!

殴り飛ばしに行きたい気持ちでいっぱいになったが、そもそも先に風邪をひいたのは自分である。しかもそんな事をしている場合じゃない。とにかくこの看板をなんとかしなければならない。


……仕方が無い。


売場の準備を他の社員に任せ、腹を括ってPOP室に向かった。

残っていたのはいつもの通り、藤井だけだった。


まずは事情を聞いた。落ち度は全てこちらにある事がわかった。

できればそのサンプルを俺にも見せてくれれば……と責めたくもなったが、あくまで担当者は太田で、アイツが俺に確認に来るのが筋だ。文句の付けようの無い状況だ。


普通なら、多少の事は我慢して、今あるPOPを使用すべきだろう。

しかし、緑色の下地にオレンジ色の文字で“シンデレラパンプスフェア”だ


……無理がありすぎる。

これでは、販売を促進するためのPOPが、購買意欲を奪い去り兼ねない。 


……とにかく頭を下げた。

納得できない事情はわかっていても、これしか出来ない。実際問題こんな看板、売場に飾れないのだ。しかも、これが営業部長の目に留まったりでもしたら、俺どころか、作成したPOP室にまでお咎めが行きかねない。


どうにかして作り直してくださいと何度もお願いした。しかし、こちらに落ち度は無い!の一点張りで聞く耳をまったく持とうとしない。 

そのうちあろう事か、藤井は企画の内容自体にダメだしをし始めた。なんの捻りもないこんな企画にPOPを作り直す価値があるのか? と言い出したのである。


さすがにこれは、売場担当としてカチンときた。

確かに企画力は大事な能力だ。だがそれだけでは売上げに繋がらない。

実際シンプルな企画の方が当たったりするのだ。必要なのはすべての力を合わせる事。品揃えを決める商談力。来店を促す広告力。購買意欲を高める売場作り。そして直接お客様の相手をする接客能力。どれが欠けても成功に繋がらない。


君たちだってその一員だろ? ……期待を込めてそう促す。

だが、藤井の顔はむくれたまま、ソッポを向いている。


仕方がない。これだけは言いたくなかったが、背に腹は変えられない。

そう思いながらずるい見方をした言い分を藤井にぶつけた。

今でもあれは卑怯だったと、反省している。





「じゃあ、聞くけど。君はこの看板を指差して、自分が作ったと胸を張って言えるのか? 俺が、この素晴らしく独創的な看板は藤井香織さんが作ったものなんです!って売場で宣言しても、君は平気なんだな?」


藤井のむくれた顔が、途端に泣きそうな顔に変わって俺を見た。


『私のデザインじゃない……もん』


「でも作ったのは君だ」


責任転嫁だって言うのはよーくわかっている。……しかし、頼む! 響いてくれ!


『……』


「……」


『……今夜中に作り直せるかわかりませんよ』


まさにその瞬間、心の中でガッツポーズをしてしまった。

藤井のPOPライターとしてのプライドに、心から感謝したのは言うまでもない。


頬を膨らませたまま、藤井が部屋の奥へ消えた。

すると、ドでかいスチレンボードがゆらりゆらりとこちらに向かってくる。 怪奇現象にびっくりしていると、ボードの向こうから藤井が顔を出した。


お、お前が運んでたのか……。


高さにすると180センチを超えている板だ。俺よりもでかいボードを、小さな藤井が運んできたかと思うと少しおかしくなった。 途端、藤井の眉間にシワが寄る。


『何、笑ってるんですか! 平居さんがコレを切るんですよ!』


「えええ!!!! 俺が?!!!」


『当たり前です。そちらのミスで作り直すんですから、手伝うのが道理だと思いますが!』


言ってることはわかるんだけど……お、俺?

ボードを持ち上げて作業台の上に置くのを手伝う。承諾する前に、これまた2メートルを超える定規と大きなカッターを手渡された。


『30センチの幅で、すでにラインを引いていますから、2本分切り出して下さい。私はその間にシートを印刷します』


手際よく指示を出してくる。……っていうか、ホントに俺がするの?


『あ、そのカッター、思っている以上によく切れるカッターなんで気をつけて下さい!』


……ハイ。 了解しました。


文句を言える立場じゃないので覚悟を決めて作業に取り掛かった。

しかし、人間は悲しいかな、気合だけではどうにかできない事もある。


「イっっ!……て」


『ひ、平居さん?』


言われた(はな)からやってしまった。左手親指から流血している……。

ボードを切るつもりが、なぜか定規を押さえていた自分の指を切ったのだ。

思えば、図画工作は5段階評価で2以上とった事がない。


図画もひどかったが、工作は救いようがないほどだった。俺は、自分で言うのも情けないが、致命的に手先が不器用なのだ。


嘆いていると、俺の血を見た藤井が、遠くで悲鳴をあげた。

慌ててどこからか、救急箱を持ってくる。


『平居さん! 大丈夫ですか?  ギャー!!! 血が、血が、溢れてますぅぅ!! ギョぇぇぇ!! 誰か! ダレかぁぁ!!』


床に落ちた血を見て、藤井が奇声をあげた。怪我をした俺よりも、完全に彼女の方がパニックに陥っている。両手を挙げて出口へ向かう藤井を、慌てて引き止めた。


「大丈夫だから! 藤井さん!!」


『だって、血が!! 血がぁぁ!!』


「落ち着いて!! 大した事ないってば!!」


外から人を呼んで来られたら、それこそ面倒な事になる。

慌ててハンカチを取り出し、傷口に当てて血を拭った。見ると、思ったとおり大した傷ではない。 藤井にも見せて、ひとまず安心させた。


『よ、よかった、思ったほど傷が深くないです……。 や、私、すみません! 取り乱してしまって、何だか恥ずかしい』


顔を真っ赤にして俯く藤井。

取り乱し方が尋常じゃなかったが、俺の事を心配しての行動だ。……やむを得まい。


「怪我をした俺が悪いんだ。 気にしなくていいよ」


『す、スミマセン。……て、手当てしますね。 左手出してください』


傷ついた俺の左手に、優しく添えられる小さな手。

熱を持った傷口が、さらに発火しそうな程熱くなる。


『消毒しますよ』


「イテっっ!!」

『ご、ごめんなさい!!……痛かったですか?』


数滴掛かった消毒液が、思いの外滲みて、鋭い痛みが腕に走った。情けないが、震えてしまいそうである。……しかし、俺も男だ。 平常心を装って、なんとか笑顔を向けた。


「だ、大丈夫。 これぐらいなんて事ない」


俺の笑顔に対して、藤井の眉間にシワが寄る。……え、何で?


「……って、イタイわぁぁ!! その量、ワザとだろ!!」


大量に振り掛けられた消毒液に、思わず抗議をいれた。

イタズラがばれた子供のように、ヘヘへと肩を竦めて藤井が笑う。


ようやくその顔に、笑みが戻ってきた。怒りよりも、その事に胸を撫で下ろす。

軽くなった気持ちのまま、そのイタズラに「仕方のないヤツだ」と微笑みを返した。


彼女の眉間に再びシワが寄る。しかも先程より深い ……え? だから、何で? 


俺のとっておきの笑顔は完全にスルーされ、黙々と治療が続けられた。

微妙な対応に、複雑な気持ちになる。


『……無理やり作業させて、すみませんでした』


絆創膏を貼りながら、藤井がポツリとつぶやいた。

そんな風に思われているとは知らずに、慌ててフォローを入れる。


「いや、俺こそゴメン。どうもこういった作業は苦手で……」


というか、藤井の足を完全に引っ張っているこの状況に、心の方がズキズキ痛みだす。


『とにかく、傷が深くなくてよかったです。……ホントによかったです』


藤井が顔を上げる。

上目使いのその目に、涙を浮べて訴えるように見つめられた。……ドキリとする。


『私、平居さんに作業を手伝わせたあげく、ケガまでさせました……。こんな事がみんなにバレたら……ああ、どうしよう。明日から、絶対にイジメられます。 うぅ……』


怪我をしたのは自分の責任だ。藤井は関係ない。

なのに、彼女がみるみる萎れていく。 ……困った。


多分、苛められると嘆いている相手は、大島や真木の事だろう。

現場でケガ人が発生すると、労災の関係で責任者が過剰な反応を見せる。

俺も同じ立場にいるので、その事情がよくわかっていた。


「大丈夫、この程度の怪我なら、怒られたりしないから」


藤井を安心させる為に、そう声を掛けた。 ……が、曇った表情は一向に晴れない。


『……でも、女子はそういう事にとても敏感なのです。 敵に回すと怖いんです』


ジョシ? 女子って……ああ、つまり、大島が怖いという事か? 

見ると、藤井が異常に怯えている。 まあ、たしかに、アイツは怒るとすごく怖い。 


「うーん。 じゃあ、ここで起きた事は内緒にしよう」


『な、ナイショ?』


よく考えたら、俺もその方がありがたい。

工作していて手を切ったなんて、余りにも情けない失態だからだ。


「そう、報告はなし。……二人だけの秘密だ」


『そ、それってつまり、ダレにも言わないという事ですか?』


「藤井さんが言わない限り、俺は言わないよ。……約束する」


『ファンクラブの方々にも?』


「ファン? クラブ?……て、何だ?」


『い、いえ、ありがとうございます!!』


藤井が深々と頭を下げた。……途中、意味のわからない台詞もあったが、半分は自分の為の提案なので、良心がチクリと痛む。


「で、藤井さん。 ここからが重要なんだが……」


『え? ……は、はい。なんでしょうか?』


首を傾けて、尋ねてくる藤井。 

あまりの可愛さに、親指だけでなく、鼻からも出血しそうになる。

……イカン。 思わず咳払いをして視線を逸らした。


「あー、俺が手伝わなくても……催事のPOPは出来上がるのかな?」


始めから戦力になるなんて思っていなかったが、それを理由に断られては困る。

しかし、その心配は杞憂だった。

あんなに渋っていた藤井が、胸を叩いて高らかに宣言したのだ。


『お任せ下さい!! 平居さんにケガさせちゃったお詫びです! 頑張ってPOPを作り直します!』


何度も言うが、怪我をしたのは自分のせいだ。

なのに、そんな理由で藤井がやる気を出してくれている。……申し訳ない。

これこそまさに、「ケガの巧妙」と言うべきか。


それからの藤井は、信じられないスピードで看板とミニPOPを仕上げてしまった。

こうなると、最初から手伝いなんて要らなかったように思える。

もしかして藤井は、ワザと俺に手伝わせたから、罪悪感を持ったのかもしれない。


出来上がった物を受け取って、心から礼を言う。

何にしても、ホントに間に合ってよかった。



『あの、平居さん。……その、秘密……』


帰り際、俺のシャツの端をつまんで、藤井が確認をとってきた。

え、いや、そのしぐさ……マジでヤバイから、やめてくれ。


『ダレにも言わないで下さいね』


懇願する藤井の目に、俺の心臓が跳ね上がる。

……口が裂けても言わないだろうな。……と、なぜか確信した。


思えば、この日を境に、俺が依頼するムチャな願いを、藤井が一心に叶えてくれるようになった気がする。 信頼関係が築けたという事か……。


雨降って地固まる……だな。 素晴らしい。


しかし、こう考えると太田は、問題も多いヤツだが、全く役に立たない……というわけでもないようだ。


いや、ここはむしろ、感謝すべきなのか? う―ん。




『……さん! 平居さん!』


その、太田の声で我に返った。 記憶トリップの時間が長すぎたようだ。


『……大丈夫っスか?』


怪訝な顔で太田が聞いてくる。


「だ、大丈夫だよ。……何、言ってんだ」


『何って、こっちは挨拶してんスよ。なのに、新人と仲良くボォーっとしちゃって……。そういう、あえてのダブルシカト? 俺、傷ついちゃうんで、止めてもらってもいいっスか?』


え? 仲良く?

横を向くと、真っ赤な顔をした藤井と目が合った。


『なんスかぁ……お二人、特別な関係デモあるんスか?』


「ないわ!!」

『ないです!!』


見事に藤井とシンクロする。……余計に気恥ずかしい。


『そうっスか……。まぁ、気が合うんスね』


「そういう事はいいから!! ゴホン。 とりあえず、藤井の午後の作業だけど……」


そう言って、無理やり話を仕事に戻し、これからの事を簡単に説明する。

内容としては、バックヤードで行う単調な作業ばかりだ。


『了解っス!』


わかっているのかどうか半信半疑な返事に、俺だけでなく、藤井までもが不安げな表情になった。しかし、これ以上藤井に時間を割いてやることもできない。


「それじゃあ太田、頼んだぞ」


『お任せあれでっス!!』


……頭が痛い。本当に大丈夫だろうか?

半ば、運を天に任せる気持ちで事務所に向かおうとした。


が、大事な事を言い忘れていた。


「そうだ、太田。 今日1日、絶対藤井を売場に出すなよ!」


『え? 閉店時の見送りの挨拶もっスか?』


「も、だ!! 絶対だからな! 頼むぞ!」


『了解っス!!』


頼むぞ、ホントに……。

一抹の不安を抱えたままその場をあとにした。

お客様に迷惑さえ掛からなければ、今日は良しとすべきだろう。


それから先は、明日だ。




読んで下さってありがとうございます。

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