第13話 ♪藤井香織 最強戦士が参上する
ここまでの道のりはかなり険しかった。果てしなく売場が遠かったのだ。
しかし、紆余曲折あったけれど、ようやくこうしてスタートラインに立てたのである。
藤井香織! 只今売場に到着しました!
そういう清清しい気持ちで売場を案内してもらっていたら、たらし天狗にとんでもない人物を紹介された。
『彼が太田リーダー。婦人靴部門の責任者だ。会うのは初めてじゃないだろ?』
そういって引き合わされた部門責任者の顔に度肝を抜かれた。
まさかここで、貴方と再会するとは……。
彼の顔は、決して忘れられる人物のものではなかった。
いや、正しく言うと、今の今までスッカリ忘れていたんだけども……。まぁ、つまりは、記憶の奥から消し去る事が出来ないほど、インパクトの強い経験を彼にもたらされたと言いたいのである。
しかし、この男がリーダーに出世してるとはオドロキだ……。
「はい、何度か……」
とりあえず、一礼して挨拶をする。
にしても、せっかくたらし天狗が指導者じゃないって喜んだばかりなのに、選りに選ってコイツが直属の上司とは全く持ってツイてないよ。……トホホ。
すると紹介された男が、ぐぐっと顔を寄せてきて眉を顰めた。
ん? もしかして私の事を覚えていないんだろうか?
『あれ? 藤井さんってそんな変な顔してたっけ?』
腫れている目を見開いて驚いた。 口がパクパク言ってしまう。
『な、バカ!! 失礼だろ!』
とりあえず、私の怒りが爆発する前に、たらし天狗が叱りつけてくれた。
……ホントにこの男、相変わらず殺してしまいたくなる人物である。
食堂で、天狗に仕事の話をいろいろ教えてもらったが、一度には覚えきれないだろうという配慮から、程々の内容で説明が終了し、一旦別行動となった。
その後、慌てて更衣室のロッカーに飛び込み、手持ち少ない化粧品でひどい事になっている顔をなんとか補正してみた。……が、腫れは引いてきてはいるものの、瞼が完全に奥二重になってしまっていた。それによって顔全体の印象がどうにも腫れぼったいものになっている。といってもこれ以上の修正は素人には難しい。
うーん、諦めるしかないか。今日一日は仕方が無い……。
そうして、出来るだけの努力はして、たらし天狗と4階バックヤードで再び落ち合ったのである。
なのに変顔扱いするとは……。沸々と怒りがわいてきていた。
4階には失礼な男しかいないのだろうか? これから先、不安でいっぱいだぞ。
『すみませんっス。 よろしくっス!』
しかもカルい……。謝罪も挨拶も、何もかもが軽い。
あの頃と何も変わっていないこの口調に、2年前のちょうどこの季節に起きた“シンデレラ事件”を思い出さずにはいられなかった。
私にとっては、商品POP制作室に配属されて3年目も半分過ぎた頃だった。
もちろんその頃にはすでに、一人で依頼を受け、打ち合わせをし、POPの作成が出来るようになっていた。 一人前のPOPライターとして頑張っていたのだ。
あの日、やってきた新顔の依頼者を対応したのは私だった。
依頼書を見て不思議に思ったのをよく覚えている。
「あれ? 太田さんは3階の婦人靴担当なんですか?」
『そうっス。よろしくっス!』
余りに軽い口調にびっくりしたが、イマドキの学生気分が抜けない新人なのだろうと気にも留めなかった。それよりも疑問に思った内容が、私にはすごく重要だったのだ。
「あの、平居マネージャーはどうされたんですか?」
あの頃、婦人靴売場はまだ3階にあって、平居フロアーマネージャーの管轄だったのだ。
そう! あの傍若無人の依頼人……たらし天狗の管轄である!
もしかして……遂に依頼者卒業か?!!
POP依頼の仕事が、新人へと移行されたのか?!!!!
期待に胸を膨らませ、その答えを待った。
『あ、インフルエンザっス』
ガクっ。……インフルエンザって、またベタな病気だな。
『平居さん、予防注射の前に罹っちゃうトコロがすごいっス。流行前に取り入れちゃうっていうか……あの人何でもやる事が早いっス!』
そんな事本人に言ったら殺されますよ……。
そう思いながら、すごく残念な気持ちになった。
『で、すごく困ってるんスよ。1週間はお休みなんだそうで……だから俺が変わりに来たんスけど……POPの依頼なんてした事ないから、どうしたらいいっスかね?』
そう言いながらも、余り困っている様子には見えなかった。
依頼書もきちんと書けていたし、この時点で特に問題は見当たらない。
すばやく内容を確認した。
POPの依頼は、靴売場のフェア看板2枚と商品につけるミニアイテムが50枚だった。
量的には全く問題が無い。期限も2週間あるから余裕である。
「大丈夫です。問題ないですよ。受付でき……!!!!」
台詞の途中で目を剥いてしまった。
特に問題がないと思われた内容の細部に信じられない指定があったのだ。
「あ、あの……コレって?」
催事タイトルは “シンデレラパンプスフェア”
コンセプトとして、秋口から増える披露宴やパーティーに向けて、ちょっとお洒落なパンプスを集めました! ……的な内容になっていた。
それは全く構わない。あまりに捻りが無いけれど、それはこちらの問題ではない。
むしろそのようなコンセプトとタイトルにも拘わらず、指定されている色が緑色の下地にオレンジ色の文字だという事の方が大問題だった。
……正気か?
トンでもない色使いである。シンデレラが泣いて怒り出すぞ!
『え? 何か問題アリっスか?』
「いや、この色指定はどうでしょうか……」
……気付いてくれ。間違いだと言ってくれ。
『あ、わかります? 斬新を狙ってみたっス』
……狙いすぎてるっっっつうの!!!
マズイ……とてもヤバイのがキタ……。
たまに、たま――にいるんだ。……こういう途轍もなく色オンチな人。
「こ、これはちょっと……作成するのは無理かと……」
やんわりと断ってみる。
『え、マジっスか? それなら数を減らしてもらっても構わないっス』
問題点はそこじゃないっス。……と即答したくなる。
にしても、いい加減その口調にもイライラしてきた。
ええい! はっきり言ってやる!
「いや、数の問題じゃなくて、色に問題があるんです」
『えええ!! ソコは譲れないっス!!』
なぜだぁ?!! ……頼むよ!! ソコだけでいいんだ!! 他は譲らなくていいからさ!!
「こういった内容は通常、薄いピンク地に金……もしくは赤ぐらいが妥当かと……」
『はぁ? そんなの全然おもしろくないっしょ! ダメっスよ。勘弁して下さいよ』
勘弁して欲しいのはこっちだよ!!
この企画でオモシロさを求めてどうするんだ! 求めるなら上品さだろ!!
少々、掛け合いも疲れてきたので、態度を引いてみた。
「どうしてこの色なんですか……?」
『俺の好きな色っス!!』
親指を立ててドヤ顔を披露する新人。
……もう、死んでくれ。 今すぐ……頼む!
思わず手を合わせて懇願しそうになった。……ダメだ。しっかり説得しなきゃ……。
「あ、あのね。 緑地にオレンジなんて使うのは、子供服か玩具だけです」
『そ――んなコトないっしょ! なんだぁ、おたくセンスないっスね』
“ド――――――ン!!” ……大噴火である。
センスが無いだと?!! ぶ!っっ殺シテやる!!
そこから先の展開は細部まで覚えていない。とにかく1歩も引かない同士で30分以上言い合いをしていた。
まったく、たらし天狗はどういう教育をしてるんだ!! と憤った事だけ覚えている。
そういうわけで、たらし天狗が送り込んできた最強戦士“ミドレンジ”(緑とオレンジが好きなバカ!から名付けた)と果てしない闘いを繰り広げていたのだが、時間をとても大切にするスージー大島主任にノーサイドを告げられ一旦幕を閉じた。
結局、依頼をこのまま受理して、サンプルを掲示して改めてもらいなさい。……という大人な判断で締めくくられたのである。
が、最強戦士は大人ではなかった。
気持ちの悪い配色のままサンプルを作ってみせたが、もともと色彩感覚が無いのである。
異常に喜び、これでよろしくっス!とのたもうた。 逆に追い込まれた訳である。
そうこうする内に納期の4日前になった。印刷を始めないと今度は作成が間に合わなくなる。……仕方がないので最後の切り札を使った。
久々に出社して来た天狗と、一度色味を相談して欲しいと、ミドレンジに頭を下げて頼みこんだのだ。……しかし、結果は玉砕だった。
ミドレンジが、平居さんは病み上がりで、しかも仕事が溜まっていて相談できる状態じゃない。催事の全権を任されているので心配するな……というような内容をいつもの軽い口調で告げてきたのである。
こうなるともうお手上げであった。
依頼者であるミドレンジを吹っ飛ばしてたらし天狗に直訴するには、こちらも責任者のスージー大島に動いてもらわなければならない。それには残り時間が無さ過ぎた。
覚悟を決め、作成部隊であるパートの皆様方の“絶対変!”と言う意見をも凌駕し、世にも奇妙なPOP作りを断行したのである。
気分は“もう知らん!”だ。
しかし、それが大親分の怒鳴り込みに繋がるとは努努思わなかった。
フェア前日の夜になって、たらし天狗がやって来た。世にも奇妙な看板を持って。
こんなモノは売場に飾れない! と、怒髪天を衝きまくっている。
その気持ちもわからないではない。しかしこちらは努力を尽くした。
ところがこれまでの経緯を説明しても全く納得してもらえない。とにかく言われた通りの物を作って納期も守った。しかも、サンプルまで作って確認までとるという、小規模催事では異例の対応をしているのだ。こちらにはなんの落ち度も無い!と訴えるが、こんなモノは売場に飾れない!の一点張りだ。融通が利かないにもほどがある。
そのうち在ろう事か、こんな色指定を許すこちらのセンスが無い事を責めてくるようになった。
子分が子分なら、親分も親分だ。まったくもって失礼千万。無粋の極みみたいなヤローである。
こんなヤツに絶対負けたくない!!
と言っても、やはり、相手は伝説のフロアーマネージャーだ。逆らえるわけがない。
結局根負けして、泣く泣くPOPの全てを一晩で作り直した。 ……あぁ、無念。
こうやって思い返してみると、この事件が決定打になって、たらし天狗の事が嫌いになったような気がする。
この世には仲を取り持つ人がいるというが、ミドレンジはその対極の“仲たがい”を取り持つ人なのだろう……。
ホントに嫌な思い出だ。
読んで下さってありがとうございます。




