第11話 ☆平居郁人 ピーマンに苦しめられる
11時を過ぎたばかりの食堂は、人もまばらで閑散とした雰囲気だ。
そのせいか、見渡す必要もなく目的の人物を見つける事ができた。
好都合な事に目が合って会釈をしてくる。軽く右手を上げて返し、確認を済ませた。
さて、何を食べようか……。
メニュー見本が並ぶショーケースに足を向ける。
そういえば、あいつは何を食べているんだろう?
気になって振り返り、仰天した。
え! もう食べ終わったのか?!
見るとお弁当をバタバタと片付け、藤井が席を立とうとしている。
マズイ! そう思った瞬間、声が出ていた。
「藤井!!」
ここですれ違ったら俺が早く来た意味が無くなる!と焦ってしまい、思わず大きな声が出た。驚かせたのか、藤井の肩が跳ね上がる。周りの視線が集まるのも感じた。
「座って待ってろ」
若干抑えた声で、振り向いた藤井に指示を出す。
呼び止めておいて待たせるのは悪い。そう思って慌ててカウンターに行き、適当にAランチを頼んだ。
出てきたものをトレーに乗せ、清算を済ます。
藤井の座っているテーブルに腰を下ろすと、俯いていた彼女が顔を上げた。
……よかった。目の腫れがいくぶん引いている。
指摘は敢えてしないでおく。失礼ながら笑ってしまったのだ。
蒸し返されるのも気分が悪いだろう。
するとなぜか藤井がキョロキョロしだした。
どうやら周りの視線が気になるらしい。
「なんだ。俺との相席がそんなに嫌か?」
慌てたように首を横に振る。男と同じテーブルで食事を取るのが恥ずかしいんだろうか?
バカだな……上司と部下だろう。意識するほうがおかしい。
口を尖らせ怒って俯いている藤井が、なんだか女の子だな……と思いつつ、どう言う手順で仕事の説明をしようか考えた。
が、とりあえず手を合わせて食事を始めることにする。
……とにかく、所属の人員についてはちゃんと頭に入れてもらわないとな。
「時間が勿体ないから、食べながら仕事の説明をしていいか?」
驚いたように藤井が顔をあげた。
『よろしくお願いします』
テーブルにおでこがつきそうなほど、頭を下げる。
まあ、礼儀は正しいんだよな。
「とりあえず、ヤングカジュアルの部門についてだけど、3つあるのを知ってるよな?でその内の……」
あれ、藤井の視線がさっきから固定されて動かない。
「藤井?」
しかも、俺をまったく見ていない。
「ふ、じ、い!」
『はい?』
ようやく我に返る。
「聞けよ」 人の話しはさ。
『あ、あの質問いいですか?』
「え? もう?」 まだ何も説明してないんだけど
「何?」
『どうして野菜を除けるんですか?』
質問の意図がわからない。
ヤングカジュアルと野菜と何の関係があるんだ?
「は?」
『野菜が嫌いなんですか?』
そこまで言われて初めて気がついた。皿の上の肉と野菜が綺麗にわけられている。
……しまった。無意識にやってしまった。
普段はこんな子供っぽい事、決してしない。なのに考えながら説明しようとして、つい手元が疎かになってしまったのだ。……昔のクセが出るなんて、なんて恥ずかしいんだ。
というか大人の付き合いとして、お前もそういう事をわざわざ指摘するなよ。
「別にそんな事関係ないだろ……」
『関係ないですけど、おかしいじゃないですか』
おかしい? って、これ以上まだツッコむ気なのか?
「何がだよ?」
『野菜が嫌いなのに、どうしてAランチの野菜炒めを選ぶんですか? Bランチはハンバーグでしたよ……変じゃないですか』
「え? そうなの?」
その台詞に思わず、ショーケースの方向へ振り返ってしまう。
あ……しまった。これではまるで、俺がハンバーグを食べたかったみたいじゃないか!
顔が赤くなるのが自分でわかる。っていうか、そんなに俺を辱めて楽しいか?
子供っぽい食べ方をしたのは認める。けれどAランチを選んだのは、お前を待たせないために慌てたんだろ。その辺もっと気持ちを酌めよ。
その後は、ホントにどうでもいい会話の攻防戦が繰り広げられた。
俺は仕事の話をしたいんだ。どうしてこう、どうでもいい事でお前といがみ合わなければいけないんだ?
「……んだよ。俺の勝手だろ」
『だったらいいです。ご勝手にしてください』
明らかに怒っている。……なぜだ? 俺の好き嫌いがどうしてお前の地雷になるんだ?
なんだ? お前はベジタリアンなのか? 愛好家だから野菜を残す俺が許せないのか?
『余計な質問をしてすみませんでした。仕事の話をどうぞ進めて下さい』
と思ったら、いきなり突き放してきた。
たしかに俺は仕事の話がしたい。けれどこれはないだろう。これじゃあ、俺がわからず屋みたいじゃないか。こんな締め方は後味が悪い。というかお前だけ言いたい事を言ってずるいだろ。俺にも意見させろ。
「食べられないわけじゃないけど……。苦手なんだよ、この青臭いカンジが」
ってこんな事しか言えないのか、俺。 余りにも情けない。
くそぉ……大人になってもピーマンに苦しめられるとは思ってもいなかった。
打ちひしがれた俺をよそ目に、藤井がしまい込んだ弁当をもう一度開けだした。見るとその中身が減っていない事に少し驚く。
……なんだ? ぜんぜん食べてないじゃないか。
『平居さん。コレ食べてみて下さい』
すると藤井がAランチの白ごはんの上に、ピーマンと何かのソボロっぽい物を乗っけてきた。
……ねえ。人の話しを聞いてたかな? 俺はピーマンが嫌いなの。自分のピーマンを片すのも大変なのに、どうしてお前のピーマンまで引き受けなきゃならんのだ?
悲しくなって藤井を見てみると、キラキラした目で俺を見つめてくる。
明らかに「食べろ」……とその目が訴えていた。
1時間前まで同情していた土偶の目が、今はすごく憎たらしく思える。
食べるよ! 食べたらいいんだろ!
ごはんと一緒にほにゃららピーマンを一口食べた。
え?! これ……ピーマンか?
「旨い……」 自然に声が洩れていた。
その途端、はじけんばかりの笑顔で藤井が笑った。
……ああ、やっぱり女の子は笑っているほうがいいな。
怒った顔や泣いた顔よりずっといい。特に藤井は土偶だしな……。自然にそう思って自分も微笑んでしまった。
『好き嫌いは嗜好ですから仕方ないと思います。でも、調理の仕方で随分カバー出来るんですよ』
素直に感心する。
そういえば学生の頃、同じような事を俺にアドバイスしてくれた女性がいたな……。
記憶が蘇ってきて、懐かしさが込上げてくる。
『大切なのは食事に興味があるかないかです。頑張って働いている自分の体を労わってあげられるのは自分だけですよ。だからまず、食事の時間を大切にしてあげてください』
あれ?……もしかして俺、労われてるのかな?
だったら非常に申し訳ない。上司を心配する部下に対して、余りにも聞き分けのない対応だったと思う。
「そうだな……。少し反省する。これからは多少でも気をつけるよ」
ただし、俺だって心配してやる。
「だけど、そういうお前も全然食べてないじゃないか……」
藤井が痛い所を突かれたという顔をした。
それはそうだ、自分で残すなと言っておいて……だよな。
「体を労わってやれるのは自分だけなんだろ? 俺も残さないから、藤井も好き嫌いせずにちゃんと食べろ」
母親の愛情を無駄にするのはよくないと思うぞ。
『……はい。すみません』
意外な事に素直に謝ってきた。しかし、明らかに頬を膨らませている。
その様子が妙に気になった。
「俺も質問していいか?」
『なんでしょう?』
「藤井は実家から通ってるんだよな?」
『え? ……いえ、一人暮らしですけど』
「え、一人暮らし? じゃあ、それ自分で作ってるの?」
失礼な事に、頭から弁当は親が作ったものと決め付けていた。だけど藤井が料理するなんて、なかなか想像できない。
『はい……一応』
謙遜してモジモジしている藤井が妙にかわいく思えた。
コイツ、思っている以上に女の子なんだな。
「へぇ……ホント? すごいな。親が作ったとばかり思ってた。ってか、だったら何で残すの?」
『え、……っと。それは、あの……』
言いにくそうにしている。
多分、これから先の不安か何かで、食事が喉を通らなかったのだろう。
異動初日なんだから当然だ。実際、目の前で藤井が、頭を抱え込んで悩んでいる。
こういう時は無理に理由など聞かないほうがいい。そう思って話題を変えてやる事にした。
「でも、弁当作りって朝とか早起き大変だろ?」
『え? いえ、早起きなんてしてません。朝は苦手ですから』
即、否定。 って、じゃあその弁当は何なんだ?
『私、会社から歩いて7分のところに住んでいるんです。だから早起きする必要はありません』
これにはびっくりして固まるしかなかった。
「え、マジで? よくそんなトコ住んでるな……」
素直な意見がポロっと口をついてしまう。ここで止めておこうと思ったが藤井の目が先を促してくる。
「……POP室では平気だったかも知れないけど、売場ではあんまり言わないほうがいいぞ」
『なぜですか?』
「じゃないと便利な宿泊施設みたいに使われる」
俺も今の所に引っ越す前は、ここから徒歩で15分ほどの場所に暮らしていた。そのせいで終電をのがした先輩や、近くで酔いつぶれた先輩の溜まり場になってしまっていたのだ。新人の立場ではおいそれと断れないのである。まぁ、男だって所もあるけど……。あの頃、彼女のいる身で大変辛い思いを経験した。
かといって、毎日がドライブか?と言うほどの距離から通っている今も、どうかと思うけどな……。
「藤井の性格だと、頼まれたら断れないだろ?」
『……はい、多分ムリです。心配して頂いて嬉しいです。貴重なアドバイスありがとうございます。』
何がそんなに心に響いたのかよくわからないが、藤井がベストスマイルを向けてくる。
やっぱり笑顔は可愛いな……と、つい思ってしまう。
って、オイオイこらこら。邪念が過ぎるぞ。
「ん? いや、別に大した事は言ってない……」
悪しき感情に囚われないよう、視線を逸らした。が、やけに白々しく思えて逆に恥ずかしくなってくる。……マズイ。こ、ここはひとつ、世間話だ。
「まあ、とにかく藤井は、いいお嫁さんになるんじゃないか?」
ちらっと藤井を見る。……固まっている。
こういう事を言われ慣れていないのだろうか? ……通じていないようなので具体的に説いてやる。
「料理上手で、旦那のことも大切にしそうだ」
え? さっきの笑顔が一瞬で消え失せた。……ナゼだ? 褒めただろ、俺?! 褒めたんだよ! 俺!
『恐れ入ります』
藤井のその台詞のトーンで、彼女の周りにブラックオーラが満たされている事がよくわかった。
ヤバイ……どこだろう? 何がまずかったんだろう?
藤井の地雷が、まったくわからない。 ……困った。
と、とにかくこの空気には耐えられそうにない。
話題を変えて仕事の話をしよう。
読んで下さってありがとうございます。




