六
私の動画は、再び短くなった。
先生が命じたわけではない。
選挙が近づき、事務所全体が再生数を求めるようになったからだった。
他党の専門家議員が、一分の動画で数百万回再生されていた。
元医師が厚生行政を追及する。
元官僚が官僚答弁を批判する。
農家が農政を問い、経営者が経済政策を断じ、元自衛官が安全保障を語る。
誰もが、自分の分野では明快だった。
政府側は、どの質問にも同じように見えた。
現状を説明し、課題を認め、関係者と調整し、総合的に検討すると答える。
動画の中では、質問者が生きていて、答弁者が死んでいるようだった。
私は先生の新しい動画を作った。
題名は、
当事者の声を無視する政府に、峰岸議員が迫る。
以前なら、完全論破としたかもしれない。
私は自分なりに抑えたつもりだった。
質問では、奈緒さんと同じ制度被害を訴える人の証言が読まれた。
先生は大臣に尋ねた。
「この方々の声を、政府はいつまで聞こえないふりをするんですか。」
大臣は答えた。
「決して、聞こえないふりをしているわけではございません。個別の事例については、それぞれの事情を丁寧に確認する必要があり、一律に制度上の問題と申し上げることは困難ですが。」
先生が遮った。
「また個別ですか。個別、個別と言っている間に、同じ被害が全国で起きているんです。」
委員長が時間を告げた。
先生は最後に言った。
「政府が数字にできない声を、なかったことにしないでください。」
私はそこで切った。
動画は一日で百万回を超えた。
コメント欄には、
これが本当の国会議員。
当事者の声を聞くのが政治。
官僚には心がない。
峰岸先生を総理に。
と並んだ。
私は少し誇らしかった。
先生が訴えたことは正しいと思った。
数字にできない声を、なかったことにしてはいけない。
その夜、編集素材を整理していると、委員会終了後の音声が残っていることに気付いた。
中継映像は終わっていたが、事務所が独自に収録したカメラは回り続けていた。
先生が席へ戻る。
後ろから、若い政策担当が近づく。
「先生、先ほどの全国で同じ被害という部分ですが。」
「何です。」
「現時点で確認できているのは、同一原因と断定できない事例を含めて十二件です。」
「分かっています。」
「全国で起きていると言い切ると、誤解が。」
「全国から報告があるのは事実でしょう。」
「報告があることと、同じ被害が起きていることは。」
「桐谷みたいなことを言うな。」
先生はそう言った。
若い担当者は黙った。
先生も、自分が口にした名前に気付いたようだった。
「悪い。今のは忘れてください。」
録音はそこで終わっていた。
私はその音声を何度も聞いた。
桐谷みたいなことを言うな。
それは、先生が桐谷を嫌っていたようにも聞こえた。
尊敬していたようにも聞こえた。
私は音声を削除しなかった。
公開もしなかった。
私の個人用のフォルダへ移した。
ファイル名を、
未使用
とした。
それから一週間ほどして、先生から呼ばれた。
「この前の動画ですが。」
「はい。」
「大臣の答弁を、もう少し長く入れられますか。」
「公開後です。」
「差し替えは。」
「できますが、再生数は落ちます。」
「構いません。」
「何か問題がありましたか。」
「被害事例のうち、制度との因果が薄いものが含まれていました。」
「先生は知っていたんですか。」
「可能性は知っていました。」
「それでも全国で同じ被害が起きていると。」
「言いました。」
「間違いだったんですか。」
「まだ分かりません。」
「では、なぜ差し替えるんです。」
「分からないことを、分かったように見せたからです。」
私は先生を見た。
「動画ではなく、先生が言ったんです。」
「そうです。」
「私の編集の問題ではありません。」
「そうです。」
「では、先生が訂正動画を出せばいいのでは。」
「出します。」
先生はすぐに答えた。
「再生されますかね。」
「されないでしょう。」
「それでも。」
「出します。」
先生は本当に訂正動画を撮った。
断定的な表現があったこと。
確認された事例の全てについて同一の因果関係が認められたわけではないこと。
ただし制度検証の必要性は変わらないと考えていること。
三分の動画だった。
再生数は四万回だった。
元の動画は三百六十万回を超えていた。
コメント欄には、
圧力に屈した。
峰岸も結局は既得権側。
細かい揚げ足取りに謝る必要はない。
先生が謝るなら政府は全員辞職しろ。
と書かれた。
先生は訂正動画を消さなかった。
元の動画も消さなかった。
「元を消さないんですか。」
私は尋ねた。
「消せば、訂正だけが残ります。」
「訂正したなら、それでいいのでは。」
「最初に何を言ったかも残さなければ、訂正にならない。」
「誤解する人が増えます。」
「もう増えています。」
先生は言った。
「届いた言葉は、戻りません。」
私は、自分が作った動画の再生数を見た。
三百六十万。
四万。
人は訂正より、断言を好む。
私はそう思った。
けれど、人という大きなもののせいにした時、私自身が何を好んでいたのかは考えなかった。




