五
私は先生の墓参りについて知りたくなった。
知りたいと思ったことを、私はあまり恥じなかった。
政治家の過去を知ることは、動画を作る上で必要だと思ったからである。先生がなぜ政治家になり、何を信じ、誰の言葉を背負っているのか。それを知らずに、意味を変えない編集などできない。
私はそのように、自分の好奇心を説明した。
ある月の命日前日、私は先生に同行を頼んだ。
「なぜです。」
「先生を知りたいからです。」
「動画にしますか。」
「しません。」
「では、必要ありません。」
「先生は、私にどう変えたか分かっていてほしいと言いました。」
「言いました。」
「そのためには、先生を知る必要があります。」
「私を知れば、映像の意味が一つに決まるんですか。」
「少なくとも、近づけます。」
「何に。」
「先生の意図に。」
先生は少し黙った。
「政治家の意図を伝えるのが、あなたの仕事ですか。」
「違うんですか。」
「政治家がしたことを伝えるのではなく。」
「意図がなければ、したことの意味も分かりません。」
「意図は、後からいくらでも作れます。」
先生は窓辺へ歩いた。
「人は、自分がしたことを説明するために、自分の過去を並べ替えます。最初から今の自分になるつもりだったように。」
「先生もですか。」
「私が一番そうです。」
その言葉に、私は期待した。
先生が自分の過去を話すような気がした。
しかし先生は話さなかった。
「墓参りには連れて行けません。」
「なぜです。」
「桐谷は、あなたに見られるために死んだのではないからです。」
私は何も言えなかった。
死んだ。
私は、桐谷が亡くなっていることをその時初めてはっきり知った。
「いつですか。」
「もう十年以上前です。」
「病気で。」
先生は私を見た。
「それを知って、どうします。」
「どうもしません。」
「では、知らなくていい。」
「先生は、桐谷さんの言葉を額に飾っています。」
「そうです。」
「奈緒さんも知っている。」
「そうです。」
「先生が毎月墓参りをしていることも。」
「そうです。」
「それなのに、関係がないんですか。」
「誰が。」
「奈緒さんが。」
先生の顔から、表情が消えた。
「水野さん。」
「はい。」
「あなたは動画を作る時、関係のないものをつなげますか。」
「意味があると思えば。」
「意味があるかどうかは、誰が決めるんです。」
「私です。」
「そうでしょう。」
先生は静かに言った。
「あなたは今も、同じことをしています。」
私は恥ずかしくなった。
桐谷という死者、毎月の墓参り、奈緒さんの封筒、先生の拒絶。
私はそれらを一つの物語にしようとしていた。
まだ何も知らないのに。
「すみません。」
「謝らなくていい。」
先生はまたそう言った。
「人は、ばらばらのものに耐えられません。だからつなげます。原因と結果、被害者と加害者、正義と悪。動画だけではない。政治も同じです。」
「先生も、つなげるんですか。」
「それが仕事です。」
「では、なぜ私を責めるんです。」
「責めていません。」
「同じことをしているのに。」
「同じだから、怖いんです。」
先生は机へ戻った。
「いつか話します。」
「桐谷さんのことを。」
「私のことをです。」
「いつですか。」
「私が、話しても誰も救えないと思えた時です。」
私はその言葉を理解できなかった。
話すことで人を救うのが、政治家だと思っていたからである。




