↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こえ  作者: 水川かずみ
先生と遺書
PR
47/48

三十

「記録を、どうするつもりですか。」


 先生が私に尋ねた。


「先生が決めることです。」


 私は答えた。


 先生は少し笑った。


「私の記録だから。」


「はい。」


「私が送ったから。」


「はい。」


「では、消してください。」


 私は端末を見た。


「全部。」


「はい。」


「警察にも複製があります。」


「返却と削除を求めます。」


「事務所には。」


「残しません。」


 私はすぐに答えられなかった。


「なぜです。」


「書いた時の私は、死ぬつもりでした。」


「今は違う。」


「はい。」


「だから、なかったことにするんですか。」


「そうです。」


 先生は明確に言った。


「桐谷さんのことも。」


「私が語る権利はなかった。」


「でも、事実です。」


「事実だから残すべきだという考えを、私は信用していません。」


「先生は、私に読ませた。」


「間違いでした。」


「読んだ私の中からは、消せません。」


「分かっています。」


「なら、データだけ消しても。」


「それでも消してください。」


 私は腹が立った。


「先生は、また自分だけで決めるんですか。」


 先生は私を見た。


「何を。」


「何を残し、何を消すかを。」


「私の記録です。」


「中には、桐谷さんの言葉も、奈緒さんのことも、私のこともある。」


「だから消すんです。」


「それを、先生が決める。」


「では、誰が決めますか。」


「分かりません。」


「私たちで話し合いますか。」


「はい。」


「どこまで。」


 先生の問いに、私は詰まった。


「桐谷の家族にも見せる。過去の支援者にも確認する。事務所の職員にも、自分について書かれた部分を読ませる。全員の同意を得る。」


「そこまでとは。」


「では、どこまでです。」


 私は答えられなかった。


 先生は続けた。


「一つの記録に多くの人が含まれている時、誰が残すことを決めるのか。あなたは、私が一人で決めることを批判しました。では、全員で決められますか。」


「できないから、先生が決めていいとは。」


「言っていません。」


 先生は疲れたように息を吐いた。


「私は、消してほしいと頼んでいます。命令ではありません。」


「私が残すと決めたら。」


「止められません。」


「法的には。」


「法的にも争うかもしれません。」


「では、止めるんでしょう。」


「止めようとすることと、最終的に決められることは違います。」


 先生は言った。


「あなたはもう、私の記録を持っています。それを読んだ。複製も存在する。私が送った時点で、完全には戻せません。」


 届いた言葉は、戻らない。


 先生自身が、そう書いていた。


「では、なぜ消せと。」


「戻らないから、何をしても同じではありません。」


「少しでも減らす。」


「はい。」


「それで責任を取るんですか。」


「責任という言葉を、今は使いたくありません。」


 先生は言った。


「ただ、消したい。」


 それは、先生が初めて、理由を付けずに示した希望のように聞こえた。


 正しさも、配慮も、責任もなかった。


 消したい。


 私は、その言葉を尊重すべきだと思った。


 同時に、記録を残したいと思った。


 先生の告白は、現代の政治とSNSを示す重要な資料になる。


 政治家がどのように言葉を作り、専門家や当事者を使い、自らも映像に作られたか。


 公開すれば、多くの人が考えるだろう。


 先生を批判する人も、理解する人もいる。


 政治の見方が変わるかもしれない。


 それは公益と呼べるのではないか。


 私は、すでに題名を考え始めていた。


 峰岸修司、最後の告白。


 誰の言葉で政治をしていたのか。


 SNSが生んだ政治家の真実。


 私は自分の中に浮かんだ言葉を、慌てて消そうとした。


 しかし、思い付いた事実は消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。