三十
「記録を、どうするつもりですか。」
先生が私に尋ねた。
「先生が決めることです。」
私は答えた。
先生は少し笑った。
「私の記録だから。」
「はい。」
「私が送ったから。」
「はい。」
「では、消してください。」
私は端末を見た。
「全部。」
「はい。」
「警察にも複製があります。」
「返却と削除を求めます。」
「事務所には。」
「残しません。」
私はすぐに答えられなかった。
「なぜです。」
「書いた時の私は、死ぬつもりでした。」
「今は違う。」
「はい。」
「だから、なかったことにするんですか。」
「そうです。」
先生は明確に言った。
「桐谷さんのことも。」
「私が語る権利はなかった。」
「でも、事実です。」
「事実だから残すべきだという考えを、私は信用していません。」
「先生は、私に読ませた。」
「間違いでした。」
「読んだ私の中からは、消せません。」
「分かっています。」
「なら、データだけ消しても。」
「それでも消してください。」
私は腹が立った。
「先生は、また自分だけで決めるんですか。」
先生は私を見た。
「何を。」
「何を残し、何を消すかを。」
「私の記録です。」
「中には、桐谷さんの言葉も、奈緒さんのことも、私のこともある。」
「だから消すんです。」
「それを、先生が決める。」
「では、誰が決めますか。」
「分かりません。」
「私たちで話し合いますか。」
「はい。」
「どこまで。」
先生の問いに、私は詰まった。
「桐谷の家族にも見せる。過去の支援者にも確認する。事務所の職員にも、自分について書かれた部分を読ませる。全員の同意を得る。」
「そこまでとは。」
「では、どこまでです。」
私は答えられなかった。
先生は続けた。
「一つの記録に多くの人が含まれている時、誰が残すことを決めるのか。あなたは、私が一人で決めることを批判しました。では、全員で決められますか。」
「できないから、先生が決めていいとは。」
「言っていません。」
先生は疲れたように息を吐いた。
「私は、消してほしいと頼んでいます。命令ではありません。」
「私が残すと決めたら。」
「止められません。」
「法的には。」
「法的にも争うかもしれません。」
「では、止めるんでしょう。」
「止めようとすることと、最終的に決められることは違います。」
先生は言った。
「あなたはもう、私の記録を持っています。それを読んだ。複製も存在する。私が送った時点で、完全には戻せません。」
届いた言葉は、戻らない。
先生自身が、そう書いていた。
「では、なぜ消せと。」
「戻らないから、何をしても同じではありません。」
「少しでも減らす。」
「はい。」
「それで責任を取るんですか。」
「責任という言葉を、今は使いたくありません。」
先生は言った。
「ただ、消したい。」
それは、先生が初めて、理由を付けずに示した希望のように聞こえた。
正しさも、配慮も、責任もなかった。
消したい。
私は、その言葉を尊重すべきだと思った。
同時に、記録を残したいと思った。
先生の告白は、現代の政治とSNSを示す重要な資料になる。
政治家がどのように言葉を作り、専門家や当事者を使い、自らも映像に作られたか。
公開すれば、多くの人が考えるだろう。
先生を批判する人も、理解する人もいる。
政治の見方が変わるかもしれない。
それは公益と呼べるのではないか。
私は、すでに題名を考え始めていた。
峰岸修司、最後の告白。
誰の言葉で政治をしていたのか。
SNSが生んだ政治家の真実。
私は自分の中に浮かんだ言葉を、慌てて消そうとした。
しかし、思い付いた事実は消えなかった。




