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こえ  作者: 水川かずみ
先生と遺書
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二十七

 警察は、先生の記録から所在につながる情報を探した。


 記録には、時刻と場所を示す直接の記述はなかった。


 自宅の端末は残されていた。


 交通系の記録も、ある駅で途切れていた。


 防犯映像を確認していると説明された。


 私は事務所の隅に座っていた。


 父の病院から着信があった。


 出なかった。


 今は先生の捜索に関わっている。


 警察から追加で聞かれるかもしれない。


 端末も預けている。


 私はそう考えた。


 どれも事実だった。


「電話、出た方がいいんじゃない。」


 奈緒さんが言った。


「今は。」


「お父様でしょう。」


 私は驚いた。


「どうして。」


「さっき、画面に出ていたから。」


「大丈夫です。」


「大丈夫なの。」


「すぐに命に関わる状態ではないと。」


「誰が言ったの。」


「医師が。」


「なら、信じるの。」


 奈緒さんの言葉に、少し棘があった。


「信じます。」


「お父様は。」


「治療を拒んでいます。」


「なぜ。」


 私は答えたくなかった。


 けれど、黙ることもできなかった。


「動画を見て。」


「どの動画。」


「政治や医療の。」


「夫の。」


「含まれています。」


 奈緒さんは黙った。


「直接、治療をやめろと言ったわけではありません。」


 私は急いで言った。


「別の制度の話です。副作用の隠蔽や、行政の問題を扱った動画で。」


「でも、お父様はつなげた。」


「はい。」


「あなたが切って、あの人がつなげた。」


 私は否定できなかった。


「父の責任です。」


 口に出した後で、自分の言葉に驚いた。


「見たものを、どう受け取るかは。」


「本人の責任。」


「全部ではありません。」


「では、どこまで。」


「分かりません。」


「そうでしょうね。」


 奈緒さんは窓の外を見た。


「私も、ずっと分からなかった。」


「何がですか。」


「私の話を聞いて、制度を変えようと思った人の責任と、私の責任。」


 奈緒さんは言った。


「私は、自分の弟に起きたことを話した。あの人は、それを国会へ持って行った。桐谷さんは、一般化できないと言った。それでも制度は変わった。救われた人もいる。困った人もいる。」


「先生は、自分の責任だと。」


「夫は、何でも自分の責任にしたがるの。」


「逃げずに引き受けているのでは。」


「責任を引き受けると、自分が中心になれるでしょう。」


 私は先生の記録を思い出した。


 自分が加害者であるという認識さえ、相手の死を所有することがある。


「では、どうすればよかったんですか。」


 私は尋ねた。


「知らない。」


「奈緒さんも。」


「知らないわ。」


 彼女は、はっきり言った。


「私は、知らないまま生きるつもりだった。」


 先生は、知らないままでは生きられなかった。


 だから、自分の罪を作った。


 自分の死の意味まで作ろうとした。


 しかし最後には、作れなかったと書いた。


「先生は、生きていると思いますか。」


 私は尋ねた。


「あなたは、どちらであってほしいの。」


「生きていてほしいです。」


「本当に。」


 私は答えた。


「はい。」


 けれど、答えた瞬間、自分の中に別のものがあることに気付いた。


 もし先生が生きて戻れば、記録は途中の告白になる。


 死んでいれば、遺書になる。


 物語としては、死んでいる方が完成する。


 私は、その考えを持った自分に吐き気がした。


 奈緒さんは、私の顔を見ていた。


「今、何を考えたの。」


「何も。」


「そう。」


 それ以上、尋ねなかった。


 尋ねられないことが、かえって苦しかった。

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