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こえ  作者: 水川かずみ
先生と遺書
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42/48

二十五

 東京駅のホームには、夜の終わりに似た明るさがあった。


 人は多かった。


 けれど、昼間のような勢いはなかった。皆、どこかへ帰ろうとしていた。急いでいる者も、疲れている者も、同じ方向へ流れていた。


 私はその流れに乗って、改札へ向かった。


 先生の事務所までは、地下鉄で十数分だった。


 端末には、小川さんから何度も連絡が来ていた。


 今どこですか。


 記録は開きましたか。


 外部へ送っていませんね。


 事務所へ来るなら、先に連絡してください。


 私は最後の一文だけに返した。


 今、東京です。


 すぐに既読が付いた。


 電話が鳴った。


「水野さん。」


 小川さんの声は、いつもより低かった。


「先生は。」


「まだ見つかっていません。」


「自宅は。」


「奈緒さんが確認しました。」


「事務所には。」


「来ていません。」


「警察は。」


「動いています。」


 私は地下鉄の案内板を見た。


「記録を読みました。」


 電話の向こうが静かになった。


「全部ですか。」


「はい。」


「他に送っていませんね。」


「送っていません。」


「その端末を持って、事務所へ来てください。」


「先生が私に送ったものです。」


「事務所の内部資料が含まれています。」


「先生自身が送った。」


「それでも、公開できない情報があります。」


「公開するとは言っていません。」


「今は、それを信じるしかありません。」


 小川さんは言った。


 私は少し腹が立った。


「私を信用していないんですか。」


「信用の話をしている場合ではありません。」


 それも、正しい言葉だった。


「奈緒さんは。」


「事務所にいます。」


「分かりました。」


 電話を切った。


 地下鉄へ乗った。


 車内の窓に、私の顔が映った。


 私は、自分が何か重大なものを託された人間に見えるだろうかと思った。


 実際には、疲れた若者にしか見えなかった。


 父からの音声メッセージを、もう一度再生した。


「お前。」


 長い息。


「帰ってきたら、話そう。」


 再生が終わる。


 私は、返事をしなかった。


 話そうと言った相手に、話さないまま移動している。


 先生と同じではない。


 状況が違う。


 父は生きている。


 先生は失踪している。


 私は先生を助けるために来た。


 そう考えた。


 けれど、先生は来るなと書いていた。


 私は、また理由を作っているのだろうか。


 地下鉄が暗いトンネルを走った。


 窓に映る私の顔は、どこへも行っていないように見えた。

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