二十五
東京駅のホームには、夜の終わりに似た明るさがあった。
人は多かった。
けれど、昼間のような勢いはなかった。皆、どこかへ帰ろうとしていた。急いでいる者も、疲れている者も、同じ方向へ流れていた。
私はその流れに乗って、改札へ向かった。
先生の事務所までは、地下鉄で十数分だった。
端末には、小川さんから何度も連絡が来ていた。
今どこですか。
記録は開きましたか。
外部へ送っていませんね。
事務所へ来るなら、先に連絡してください。
私は最後の一文だけに返した。
今、東京です。
すぐに既読が付いた。
電話が鳴った。
「水野さん。」
小川さんの声は、いつもより低かった。
「先生は。」
「まだ見つかっていません。」
「自宅は。」
「奈緒さんが確認しました。」
「事務所には。」
「来ていません。」
「警察は。」
「動いています。」
私は地下鉄の案内板を見た。
「記録を読みました。」
電話の向こうが静かになった。
「全部ですか。」
「はい。」
「他に送っていませんね。」
「送っていません。」
「その端末を持って、事務所へ来てください。」
「先生が私に送ったものです。」
「事務所の内部資料が含まれています。」
「先生自身が送った。」
「それでも、公開できない情報があります。」
「公開するとは言っていません。」
「今は、それを信じるしかありません。」
小川さんは言った。
私は少し腹が立った。
「私を信用していないんですか。」
「信用の話をしている場合ではありません。」
それも、正しい言葉だった。
「奈緒さんは。」
「事務所にいます。」
「分かりました。」
電話を切った。
地下鉄へ乗った。
車内の窓に、私の顔が映った。
私は、自分が何か重大なものを託された人間に見えるだろうかと思った。
実際には、疲れた若者にしか見えなかった。
父からの音声メッセージを、もう一度再生した。
「お前。」
長い息。
「帰ってきたら、話そう。」
再生が終わる。
私は、返事をしなかった。
話そうと言った相手に、話さないまま移動している。
先生と同じではない。
状況が違う。
父は生きている。
先生は失踪している。
私は先生を助けるために来た。
そう考えた。
けれど、先生は来るなと書いていた。
私は、また理由を作っているのだろうか。
地下鉄が暗いトンネルを走った。
窓に映る私の顔は、どこへも行っていないように見えた。




