十八
私が死のうと決めた理由を、あなたは政治的な事件に求めるでしょう。
実際、きっかけはありました。
私たちが支持した制度変更の後、重大な被害が起きました。
制度だけが原因ではありません。
行政の運用。
現場の人員不足。
予算。
家族の判断。
本人の状態。
複数の要因が重なっていました。
第三者委員会は、特定の個人に重大な過失はないと結論付けました。
制度設計上の改善点はある。
しかし当時の情報では、結果を予見することは困難だった。
それが報告書の結論でした。
私は記者会見で言いました。
「責任の所在については、第三者による検証結果を踏まえ、組織として必要な対応を取ります。」
その言葉を口にした瞬間、私は桐谷を思い出しました。
私はまた、適切な言葉を使っていました。
誰も誤っていない。
誰も直接殺していない。
誰も責任を負わなくてよいように、責任を正しく分配する言葉です。
私は、制度を作った。
専門家の意見を聞いた。
当事者の声を聞いた。
議会で審議した。
反対意見も記録した。
手続きを踏んだ。
それでも人が死んだ。
私は、今度こそ自分が責任を負わなければならないと思いました。
しかし、何について責任を負うのか、言えませんでした。
制度を作ったことか。
優先順位を決めたことか。
反対意見を退けたことか。
被害を予見できなかったことか。
政治家になったことか。
桐谷の言葉を使い続けたことか。
自分が誰の言葉を話しているか分からないまま、国民の前に立ち続けたことか。
私は、謝罪文を書きました。
何度書いても、誰かが作った言葉になりました。
深くお詫び申し上げます。
重く受け止めています。
再発防止に努めます。
説明責任を果たします。
全て、私が過去に批判してきた言葉でした。
しかし、他に言葉がありませんでした。
私は、ついに自分の言葉を見つけられませんでした。




