十七
水野さん。
私はあなたが作った動画を初めて見た時、腹を立てました。
政府、答えられず。
完全論破。
私の言葉は、私が意図したより強くなっていました。
けれど同時に、嬉しかった。
私が国会で何時間話しても届かなかった人へ、あなたの三分は届いていました。
私は、あなたの編集を批判しながら、その力を必要としていました。
あなたを事務所へ呼んだのは、意味を変えない動画を作ってほしかったからではありません。
私がどのように変えられているのかを、近くで見たかったからです。
そして、できるなら、自分でそれを制御したかった。
私はまた、切られる側から、切る側へ回ろうとしました。
あなたは、私に似ています。
だから、この記録をあなたへ送ります。
あなたが私の罪を理解できるからではありません。
理解したと思った時、あなたも同じことをするからです。
私は桐谷を、理解できる人物へ直しました。
慎重な研究者。
正しいが、現実を動かせない人。
奈緒を愛しながら、伝えられなかった人。
私に裏切られ、死んだ人。
どれも事実です。
しかし、それらを並べることで、私は桐谷という人間を説明した気になりました。
説明できれば、私の罪も説明できます。
私は嫉妬した。
奈緒を得るために先回りした。
彼の誠実さを利用した。
彼が死んだ。
だから私は罪を負う。
この因果は、分かりやすい。
分かりやす過ぎます。
桐谷がなぜ死んだのか、私は知りません。
私の裏切りだけが原因だったのか。
研究者としての孤立。
職の不安定さ。
政策が言葉を変えていくことへの絶望。
奈緒への感情。
自分自身への嫌悪。
どれが、どれほど重かったのか。
本人にも分からなかったかもしれません。
それでも私は、彼の死を自分の罪として抱えることで、彼を自分の物語の中へ閉じ込めました。
自分が加害者であるという認識さえ、相手の死を所有することがあります。
私は、そのことに気付くまで長くかかりました。




