十五
奈緒は、次第に講演で迷うようになりました。
同じ話を何度もするうちに、どこまでが自分の記憶で、どこからが講演用に整えた話か分からなくなったと言いました。
「最初に役所へ行った日、雨だったと思っていたの。」
ある夜、彼女が言いました。
「でも、写真を見ると晴れているの。」
「記憶違いは誰にでもある。」
「それだけじゃない。」
「何が。」
「弟が何を言ったかも、分からなくなってきた。」
「記録があるだろう。」
「記録にないところ。」
奈緒は机の上の講演原稿を見ました。
「私が話すたびに、みんなが同じところで泣くの。」
「それは、伝わっているということだ。」
「伝わるように話しているから。」
「悪いことではない。」
「でも、本当にあったことより、伝わる形の方を覚えてしまう。」
私は返事ができませんでした。
「一度、講演を休んだらどうだ。」
私は言いました。
「私が休んだら、この運動はどうなるの。」
「他の当事者もいる。」
「でも、みんなは私の話を聞きたいの。」
「無理をする必要はない。」
奈緒は私を見ました。
「桐谷さんにも、そう言ったの。」
私は黙りました。
「少し休めって。」
「言った。」
「落ち着いたら話そうって。」
「言った。」
「話さなかったのね。」
「話す前に、死んだ。」
「違う。」
奈緒は言いました。
「あなたは、話さなくて済む言葉を送ったの。」
私は怒りました。
「では、何と言えばよかった。」
「分からない。」
「分からないのに、私を責めるのか。」
「あなたは、いつもそう。」
「何が。」
「答えられないことを、相手の責任にする。」
奈緒は部屋を出ました。
私は追いませんでした。
追えば、また何かを決めなければならなかったからです。




