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十四
結婚後、私は以前より忙しくなりました。
奈緒は政治活動を支えました。
講演に立ち、当事者の声を語り、私の政策を説明しました。
私たちは、理想的な夫婦として扱われました。
私は国会で質問を続けました。
桐谷が残した原稿も使いました。
彼の死後、共有フォルダを整理すると、未完成の質問案が大量に見つかりました。
医療、福祉、雇用、教育。
どの原稿にも、注釈が付いていました。
根拠不十分。
追加調査を要する。
別の解釈あり。
反対利益を検討する必要。
当事者事例から一般化不可。
私は、その注釈を削りました。
質問時間に入らなかったからです。
彼が生きていれば、反対したでしょう。
しかし彼は死んでいました。
死者は、原稿を修正しません。
私は彼の言葉を使い、国会で政府を追及しました。
動画は拡散されました。
制度は少しずつ変わりました。
私は評価されました。
桐谷の知識は、私の言葉として国民へ届きました。
私は、それを彼の遺志だと考えることにしました。
そう考えなければ、続けられなかったからです。




